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企業変革というと、1人の偉大なリーダーが成し遂げるイメージがあります。たとえばクライスラー社のリー・アイアコッカなどはその最たる例でしょう。確かにトップのリーダーシップは重要です。ただそれ以上に重要なのは変革のための連帯チームを作り上げることです。どんな偉人でも独りでは大規模な変革を成し得ません。

ローランド・ベルガー 執行役員シニアパートナー 平井孝志氏

ローランド・ベルガー 執行役員シニアパートナー 平井孝志氏

変革のリーダーシップは、まずは2~3人によって始められるとコッターは言います。しかし、やがてそれが20人、50人と多くの人の参画につながることが大事で、そうなって初めて変革は実現すると主張します。

そうだとすると次の2点が重要になります。一つは、個人の力を過信せず、連帯チームを作ってエンパワーメント(権限委譲)し、彼らにリーダーシップを発揮させることです。もう一つはメンバーの選定を間違わないことです。特にエゴが強い人、批判的な人は決して参画させてはなりません。なぜなら、彼らはチームの相互信頼を傷付け、チームワークを壊してしまうからです。

企業変革は実現の過程で様々な障害に遭遇します。たとえば、経営資源や業務プロセスを分断する組織構造や、行動を制約する古い人事制度や情報システムなどです。

ただ、それ以上に問題になるのはスキル不足です。企業の変革後にはこれまでとは異なる新しい行動、技能、態度が必要になります。本来ならトレーニングなどを通じた事前準備が必要ですが、残念ながらほとんどの場合、準備不足です。

このような障害を乗り越えていくためには、連帯チームに留まることなく、全社員に権限が与えられる必要があります。全社員が自分で行動する力を持てば、変革実現はもう目の前です。権限委譲の際は変革にむけたビジョンが重要な役割を果たします。企業変革は、ビジョンを示す大きなリーダーシップと、それを実現していく小さなリーダーシップの両輪で成し遂げられるのです。

ケーススタディー 「エンパワーメント」に失敗する2つの要因

企業変革においては、自律して行動する力を社員に与える「エンパワーメント」にとりくむ中で、ビジョン構築とその浸透において失敗しているケースを数多く目にします。その要因は大きく2つあります。1つはその内容が不十分であること。もう1つは浸透のためのコミュニケーションが圧倒的に不足していることです。

1つ目の、ビジョンの内容が不十分になってしまう最大の理由は、なぜその変革が必要なのか、という「Why」が示されていないという点です。そのビジョンを実現することで、最終的にはその企業、あるいは顧客、株主、従業員にとってどのようなうれしいことがあるのかという理由が明確になっていない場合が多いのです。

そうなると決してビジョンは浸透していきません。逆に浸透しないほうが良いということさえあり得ます。コッターは、簡単なアナロジー(比喩)を用いて「Why」の存在の重要性を指摘します。それは次のような事例です。

昼食時に10人ずつのグループが3つ、公園に集まっていました。空には嵐の前触れが感じられます。それぞれのグループの中の1人が、それぞれに次のようなことを言いました。

グループ1「みんな立ち上がって移動しよう。さあ動くんだ」

グループ2「我々は今すぐ移動しないといけない。そしてリンゴの樹の下を目指そう。その際忘れ物をしないように気をつけて、走らずに整然と歩いていこう」

グループ3「もうすぐ雨になりそうだ。あのリンゴの樹の下にいって雨宿りしたらどうだろう。ぬれずに済むし、新鮮なリンゴをランチに加えることができるかもしれない」

グループ1と2は、専制的命令やマイクロマネジメントの現れであり、ビジョンと呼ぶことはできません。当然、グループ3のアプローチのみがグループを適切な行動に導くビジョンたり得るのです。なぜなら、そこには行動すべき理由と、その後に得られる成果が語られているからです。

2つ目の浸透不足も深刻な課題です。特に問題になるのがコミュニケーションの絶対量の少なさです。たとえば30分のスピーチ、1時間のミーティング、社内報への記事掲載をしても、おそらくその情報量は社内で行われているコミュニケーションの総量の1%にも満たないのが実情ではないでしょうか。これでは伝えている方は伝えている気になっていたとしても、受け手に響いているはずがありません。

ビジョン共有へコミュニケーションを何万回も繰り返せ

企業変革を成功に導くためには、何千、何万回のコミュニケーションが繰り返される必要があります。そうやって初めて頭だけではなく心で、変革に向けたビジョンが社員に共有されるのです。

以前、あるサービス業A社の企業変革のお手伝いをしたことがありました。サービス業であるが故に、その企業の顧客への提供価値は、社員の接客能力によって大きく左右されます。プロジェクトにおいては、企業変革の要となる社員の行動変革を大きな課題として取り上げました。

まずビジョンの策定という観点では、A社の存在意義にまで立ち戻った議論を行いました。特にA社側のプロジェクトリーダーとの議論は白熱したものとなり、話は大きく広がりました。最終的には、A社の事業は単なる顧客満足を提供するものではなく、顧客の人生を豊かにし、ひいては社会基盤の構築に大きく資するものであるというところにまで遡りました。

この議論を経て、自分達が事業を行うことに対する大きな意義付けがなされたのです。社会基盤の構築という考え方は、A社における行動変革のための確固たる「Why」になりました。その行動変革のビジョンに沿う形で、社員の行動規範が具体的に整理されていくことになりました。

この過程では、各事業部門の次代を担う若手人材にも参画してもらいました。これには2つの意味があります。1つには、社員の行動規範を現地現物の地に足のついたものにすることに役立つということです。もう1つには、いざ社員の行動変革を実行に移した際に、社内へのメッセージの浸透で中心的な役割を果たしてもらえるということです。議論に参画した分、彼らは頭だけでなく心でも今回の取り組みの重要性を理解しており、腹落ち感のあるコミュニケーションを行えるからです。

実行段階におけるコミュニケーションでは、多面的で密度の濃い打ち手を講じていきました。まずは、社長による全国支店の行脚です。数カ月かけて新しい行動変革のビジョンについて社長と社員の間で対話を実施しました。

次に、TVコマーシャルも実施しました。これは顧客に対して提供価値を約束するブランディングの側面と同時に、社員に対するメッセージでもありました。

さらには行動規範をまとめたブランドブックも作成しました。これは社員行動のバイブルになりました。そして、それに付随する細かな打ち手も数多く実施しました。たとえば、パソコンのスクリーンの壁紙を新たに作製したり、名刺のデザインを変えたり、社内ポスターを作製したり、表彰制度を設けたり、イントラネットに双方向の掲示板をつくったり、といった具合です。

コミュニケーションを組織の定型業務に落とし込む

より重要な施策としては、この行動規範を人事考課に結びつけたことが挙げられます。MBO(目標管理)の一環として、年初に行動規範に関する目標を立て、半年後と1年後にその到達度を測定し、上司との対話を通じて評価へ反映する仕組みを構築したのです。つまり、ビジョンのコミュニケーションを一過性の活動に留めるのではなく、企業組織の中の定型業務にまでに落とし込む工夫をしたのです。

その後、A社はしっかりとした組織能力を構築し、業績を大きく伸ばすことになります。A社側のプロジェクトリーダーは、当時課長職にあったのですが、10年の時を経て、今は専務取締役にまで昇進されました。そして、久しぶりにお会いした際には、あの時の地道な活動があったからこそ、今のA社があるのだと述懐されていました。

平井孝志(ひらい・たかし)
ローランド・ベルガー 執行役員シニアパートナー
東京大学教養学部基礎科学科第一卒、同大学院理学系研究科相関理化学修士課程修了、マサチューセッツ工科大学(MIT)スローンスクールMBA(経営学修士)。学術博士(早稲田大学)。ベイン・アンド・カンパニー、デル、スターバックス、ネットベンチャーを経て現職。消費財、ハイテク、グリーン関連業界など幅広い業界において、中期経営計画・ビジョン策定、営業・マーケティング戦略策定、組織改革などの支援をおこなう。早稲田大学ビジネススクール客員教授、慶應義塾大学特別招聘教授を兼務。

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

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企業変革力

著者 : ジョン・P. コッター
出版 : 日経BP社
価格 : 2,160円 (税込み)

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