ストーブや火鉢とともに、暮らしから消えた焼きミカン
焼きミカン(4)
出張から帰ってきた日曜日の夜、自宅のパソコンで「焼きミカン(その3)」を読んだら、助っ人のヨシダ隊員(懐かしい呼び方!)に出張先での行動をばらされていた。
確かに京都で落語家と密会した。確かに作曲家F村徹とメシを食った。
でも越前ガニを食い倒したわけではない。作曲家F村徹は前日から福井県の某温泉地に泊まりカニを食いまくったらしいが、私はカニは食い飽きているのである。その日も足を2本食っただけなのである。エビも食傷しているから横目でチラとながめただけである。
情熱を傾けて食べたのは「福井名物 ソースかつ丼」であり、駅の立ち食いそばなのだった。
立ち食いそばは途中下車した武生駅構内の店で食べた。うまかった。つゆまで全部飲んだ。で、気がついたのだが、武生駅のそれはカツオだしで白ネギだった。武生は関西圏に近い。従って昆布だしに青ネギだと思っていた。また福井県に行く機会があったらあっちこっちの店で食べるなり、食品サンプルを観察するなりして研究しようと思う。
さて、VOTEの結果が出た。出たのはいいが困っている。寒いところほど「食べたよ」という回答が多いと予想していたのに、データをみるとバンラバラ。西日本型だの東日本型だのと言えるような傾向もない。地域的なばらつきが大きいのである。
「焼きミカンなんて知らないよ」という回答が100%、つまり全員が「NO」だった府県は岩手、茨城、群馬、山梨、福井、三重、滋賀、京都、島根、徳島、高知、佐賀、熊本、大分、沖縄。どっちかというと西日本に多いようだが、東日本勢も入っている。
三林京子さん(「ああ書けば、こう食う」が幼いころ「おかんみかん」をやっていた大阪はYESが19%で、東京は11%。ミカン産地の愛媛になると62%、和歌山は75%だった。
ところが全員YESと回答してきた県がふたつあった。どこだと思います? 意外にも秋田と宮崎なのである。東北と九州。これをどう考えたらいいのだろうか。それともなんにも考えなくていいのだろうか。フーンと言っていればいいのだろうか。よくわからない。メールの焼きミカン情報をみてみよう。
そうなんです。私が以前取材に行ったのも青森県の八戸市でした。でも今回のVOTEの結果だと青森は4人に1人しか焼きミカン派はいないのです。回答してくれた人たちがストーブ世代じゃないせいでしょうか。
メールではなく、VOTEの自由回答欄に書き込みした人が多かった。その中から関連するものを紹介する。末尾の地名は現住所。
▼名古屋から上京してきました。自分は焼いて食べますが、周りはだれ一人焼きません(悲)――東京
▼とんど焼きの時に皮のまま棒に突き刺して焼いて食べると風邪をひかない。岡山でもまったく同じことが言われています――多分、岡山
▼お正月の飾りなどを燃やす行事がありますが、その時にミカンやお餅を焼いていました――愛媛
▼焚き火の時に棒などにミカンを刺して焼いて食べましたねえ、そう言えば――愛媛
▼東播地方で、火鉢で焼いて食べていました。今でも私は、たまにストーブで焼いています――兵庫
▼兵庫県三田市に住んでいます。うちはダイニングに石油ストーブを使用しているのですが、その上で母親がいつもミカンを焼いています。母親の実家も近隣なのですが、こちらでは小さいころから普通に焼いていたようすです。
▼香川県の神社では、とんど焼きの時に皮のまま焼いているところが多いと思います。
▼体にいいと職場の人が言っていました――宮崎
▼我が家(高梁市)では、生まれた時から風邪を引いたら「焼きミカン」と決まっています――岡山
▼鹿児島出身の叔母が冬になるとストーブの上にミカンを置いていたのを覚えている――大阪
▼30~40年前は、さいたま市近郊では風邪を引いたら焼きミカンが常識でした――埼玉
▼大牟田市近辺では風邪の予防として七輪で焼いていたそうです――福岡
▼昭和30年代前半、福岡県糟屋郡で火鉢にかざして焼きミカンを食べておりました。
▼生まれも育ちも山口東部ですが、幼少のころより食べています。このごろはレンジでチンして代用しています。ちなみに山口中部生まれの主人は知りませんでした。
こうして書き連ねてみると、現在も焼きミカンを食べている人が少なからずいることがわかる。その人々は全国に散在し、特にどこそこが焼きミカン地帯とは言えないようだ。
もうひとつ言えることは過去形で書いている人が多いということだ。予想したことではあったが、焼きミカンはストーブや火鉢が生活から消えていくにつれて記憶の彼方に去っていった。「小学校の給食で出たミカンを教室のストーブで焼いていた」と、昔を懐かしがるような文面のものが3通もあった。
とは言うものの「焼きミカン」はどうも全国的に現在進行形のようなのである。お便りの中に「焼きみかんのど飴」の存在に関するものが2通あった。「焼きみかんのど飴」が売られているというのである。
▼以前、焼きみかんのど飴を友人からもらいなめました。普通のみかん味のど飴と差がわからなかったです――東京
▼コンビニのガムや飴のコーナーで焼きみかん味ののど飴をみかけた――愛知
さっそく調べてみると、カンロが「焼きみかんのど飴」を発売していた(現在は販売していません)。「初期の風邪に良いと言われる『焼きみかん』をのど飴に取り入れ、香ばしくまろやかに仕上げました。濃厚な味わいです」と同社のHPにはある。濃厚な味だそうだが、物足りない人はこの飴を焼くともっと濃厚な味が楽しめる……わけないか。
こういうお便りもあった。
▼子供のころには近所の喫茶店で「みかんエード」なるホットみかんジュースがアタリマエのようにメニューにありました。かれこれ30年前のことで、現在は存在しておらず非常に残念――愛知
ちなみにこの方は焼きミカンがとても好き。でも家はファンヒーターとエアコンだからミカンが焼けない。そこで焼きミカンをしたいがために2000年問題にかこつけてストーブを買い直したそうだ。2000年問題がこんなところに顔を出すとは思ってもいなかった。2000年問題かあ、なんか騒いだなあ、あのころは。
Martinさんも愛知県の方ですか? ホットコーラを飲んだ後で「みかんエード」なんか注文してたりして……。でも炭酸飲料の炭酸飛ばしてどうすんですか。ビールもお燗します? いや、それにしても新たなる焼きミカン人間がこうして誕生しているとはうれしい限りです。
お餅問題が残っている。データを見るとこちらもバンラバラだ。「絶対煮る(焼くという回答ゼロ)」は福島、石川、福井、滋賀、島根、岡山。反対に「絶対焼く(煮るという回答ゼロ)」が山形、茨城、沖縄、秋田、徳島、佐賀、高知。
各都道府県別の詳細データは地図が完成してからじっくり見てほしいが、お便りを読んでいると、あんまり雑煮の餅が各地でバンラバラのせいで、あっちこっちで論争が起きているようだ。
▼今年の正月、友人で集まって雑煮などを作りましたが、それぞれ出身県がバラバラで、作り方でいちいちもめる羽目になりました。私の出身地は北海道でして、餅は焼きます――岩手
▼こちらでは角餅を焼いてから、汁で軽く煮るって作り方ですが、関西出身の彼は「絶対に丸餅をそのまま煮る。焼いた餅なんかまずそうで食えん」と言い、年末に論争になりました――神奈川
▼夫が東京人なので、夫の主張に従って焼いたお餅を雑煮に入れましたが、本当は焼かずにそのまま入れたお餅をぐちゃぐちゃ食べるのが好きです。かく言う私は愛知県出身――東京
机をたたいて議論する男たち、言い争う恋人たち、忍ぶ妻……。お餅って意外に罪深いものである。
次回のテーマは「焼き飯VSチャーハン」。あなたは「焼き飯」と言うか「チャーハン」と呼ぶか。その境界線は列島のどの辺りを走っているのだろうか。そこまではすでに調査した例がある。この「新日本奇行」ではさらに一歩進め、具材と味付けが呼び方にシンクロしているかどうかまで踏み込んで調べたいと思う。
(特別編集委員 野瀬泰申)
[本稿は2000年11月から2010年3月まで掲載した「食べ物 新日本奇行」を基にしています]
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