日本人監督2作品登場 新たな表現の可能性示す
東京国際映画祭リポート(1)
第25回を迎える東京国際映画祭が20日、開幕した。東京の六本木ヒルズを主な会場としてに28日までの9日間、提携企画を含め、世界各国の約300作品が上映される。最高賞の「東京サクラグランプリ」を競うメーンのコンペティション部門には、過去最多の応募となる約1330本の中から15作品が審査で選ばれた。日本からは松江哲明監督の「フラッシュバックメモリーズ 3D」と奥原浩志監督の「黒い四角」の2作品がエントリー。開催2日目の21日には、両監督の作品が上映され、会場は映画ファンで埋まった。
先に登場したのが、奥原監督の「黒い四角」。SFの手法で描かれるラブストーリーで、舞台は現代の中国・北京。郊外の芸術村に住む、売れない画家チャオピンは、知り合いの個展で目にした黒く塗りつぶされた絵に触発され、自らも同じ絵を描く。翌日、チャオピンは空中を浮遊する黒い物体を目にする。物体に導かれ、たどり着いた先で、謎の男と出会う。記憶も名前も分からない男。しかし、チャオピンはどこかで、会ったことがあるような既視感を覚える。チャオピンの妹、リーホアもその男の面影を次第に追い始める。そして、物語は遠く、日中戦争の日本兵と中国人兄妹の記憶へと展開していく。
撮影は全編、北京で行われた。奥原監督は「北京郊外に行ったとき、荒涼とした風景が印象に残った。SFの世界だと感じたことがこの作品を撮るきっかけになった」と話す。荒野を「黒い四角」が浮遊していく様は、奇妙なリアリティーを感じさせる。
もう一つの出発点は「死者について描くこと」(奥原監督)だったという。もともと「(日本と中国の戦争には)興味があり、小説なども幾つか読んできた」。日中戦争時の不幸な両国の歴史を乗り越え、亡くなった日本兵が、実体を持ってよみがえる展開には「亡霊と愛は同じようなもの。人が消えても思いは残る」という監督の思いが凝縮されている。全編を通して、時代や国を超えた「愛」が通奏低音のように流れる。
松江監督の「フラッシュバックメモリーズ 3D」はこれまでにない3Dの表現を用い、喝采を浴びた。オーストラリアのアボリジニの楽器ディジュリドゥの奏者GOMAを追ったドキュメンタリー作品。2009年、GOMAは追突事故に遭い、記憶の一部が失われ、新しいことも覚えにくくなる高次脳機能障害をおう。作中では全編、GOMAのライブ映像を映しながら、背後にGOMAが撮りためてきたデビュー以来十数年にわたる過去の映像を重ね合わせる。3Dによって画面から浮き上がった現在のGOMAに過去の記憶がなだれ込む。なくした記憶や消えていく記憶が、現在のGOMAのものとして描かれる。
これまで3D映画といえば、ジェームス・キャメロン監督の「アバター」に代表されるように、映像の奥行きや迫力を表現するために使われるのが一般的だった。今作では3Dをレイヤーとして使い、異なる時間軸を多層的に表現するという新たな可能性に挑戦し、見事に成功している。
一般的なドキュメンタリーとは違い、当人や関係者のインタビューに頼らない。時代の経過を表すテロップと、GOMAやその妻の日記で、それぞれの状況は示される。観客は原初的な音を持つディジュリドゥの響きと合わさって、まるで催眠にかかったように画面に引き込まれていく。「実際に会うまでは、病気を抱えたミュージシャンというイメージだった」と松江監督。しかし、会ってみると、GOMAの音楽の力に魅了され、その音楽を前面に打ち出したいと思うようになった。「ライブの高揚感とGOMAさんの記憶、両方を伝えたかった。会っていなければ3Dで撮っていない」。新しい表現は記憶に障害を持つGOMAと出会ったことで生まれたといえる。
上映で初めて映画を見たというGOMAは、上映後のあいさつで感想を聞かれ、涙で声を詰まらせた。奏者として復帰はしたものの、現在でも脳に障害を抱え、昨日のことすら思い出せないこともあるという。映画の中で使用された過去の映像も覚えていないものもある。消えていく過去を背負うからこそ、映画では「今を生きる」というGOMAの強いメッセージが示される。松江監督は「3.11後、GOMAさんの姿勢が自分の支えにもなった。自分の中に残った言葉を映画の中で伝えたかった」と話す。そのメッセージが観客に伝わったことは会場の満場の拍手が示していた。
(文化部 赤塚佳彦)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。