トラベル

  • クリップ

耳寄りな話題

ちまきvsかしわ餅 端午の節句の定番、東西差の謎

 

2013/5/4

 5月5日の端午の節句にはちまきを食べようか、それともかしわ餅か…。大阪出身の記者が楽しそうに考えていると、東京の友人が「えっ、ちまきを食べるの」と意外な表情を見せた。確かに両方を味わう関西に比べて、関東ではかしわ餅が圧倒的に優勢なようだ。「西はちまき、東はかしわ餅」が定番なのか。ルーツを探った。

 まず、約500年前に創業したという京都市の和菓子店「川端道喜」を訪ねた。名物の「水仙ちまき」を注文し

 5月5日の端午の節句にはちまきを食べようか、それともかしわ餅か…。大阪出身の記者が楽しそうに考えていると、東京の友人が「えっ、ちまきを食べるの」と意外な表情を見せた。確かに両方を味わう関西に比べて、関東ではかしわ餅が圧倒的に優勢なようだ。「西はちまき、東はかしわ餅」が定番なのか。ルーツを探った。

  • 室町時代創業という川端道喜の「水仙ちまき」
 まず、約500年前に創業したという京都市の和菓子店「川端道喜」を訪ねた。名物の「水仙ちまき」を注文し、ササの葉をむくと真っ白な葛菓子が顔を出した。弾力があってさわやかな味わいだ。

 節句を控え、注文が殺到しているという。店主の川端知嘉子さんは「大口の顧客は茶道の家元やお寺で、茶会やお寺の行事などでよく利用されています」とのことだった。

◇            ◇

 続いて老舗和菓子店「とらや」京都一条店に入った。4月下旬の店頭に並んでいたのはかしわ餅で、ちまきは5月から販売するという。広報担当者は「ちまきをきれいに巻くのに6、7年の訓練が必要なんです」と教えてくれた。

 食べ物としてどちらが古いのだろうか。国学院大学で民俗学の講師を務める服部比呂美さんに聞いた。「ちまきは奈良から平安時代、中国から伝来し、都があった近畿で広まりました。かしわ餅が普及したのは江戸時代のようです」

 中国の春秋戦国時代に存在した楚の国にちまきのルーツがある。詩人、屈原が5月5日に国の将来を心配して入水自殺し、あわれんだ人々が水中に投じた供え物が起源とされ、命日にちまきを食べる習慣ができた。そもそも5月5日を端午と呼ぶ風習も中国が発祥という。

  • カシワが東日本中心に自生していたことも関東普及の背景に(京都市上京区)
 一方、かしわ餅は東日本で生まれ、江戸を中心に流通したようだ。服部さんは「カシワの葉が新芽が出るまで落ちないことから、縁起が良く家系が絶えないように願う食べ物とされ、武家に重宝されたといわれています」と教えてくれた。カシワの葉が西日本にはあまり自生せず、東日本中心だったのも、関東で広まった理由の一つとみられる。

 もちろん、関東以外にもかしわ餅は存在していた。江戸時代、呼び名が定まっていない各地の伝統菓子にちまきやかしわ餅の名称だけがついて広まった可能性がある。服部さんに教えてもらった文化年間(1804~18年)に各地の風俗習慣を調べた「諸国風俗問状答」をひもとくと、東北や九州などで、ちまきやかしわ餅に似た菓子の記述がある。関西ではカシワの葉の代用としてサルトリイバラが多く使われたようだ。

◇            ◇

 古来、端午の節句に食べられてきたちまき。もっとも、近年は全国的にかしわ餅の勢力が増しているようだ。服部さんは「コンビニエンスストアの店舗網が拡大し、輸入品の葉で包んだかしわ餅が全国を制覇しつつある」と指摘する。

 食文化の地域差が薄れていく中で、伝統を重んじる関西ではちまきへの愛着が根強く残る。単なる食べ物でなく、厄よけの願いも込められる。

 京都では毎年7月の祇園祭にササの葉で作ったお守りのちまきが売られ、多くの人が買い求め一年間玄関先に飾るほど。今年は伝統と歴史をかみしめながら、節句のお菓子を味わってみてはいかがだろうか。

(大阪文化担当 安芸悟)

[日本経済新聞大阪夕刊いまドキ関西2013年5月1日付]

関連情報

トラベル