古代の都支えた湖畔の製鉄炉
古きを歩けば(49) 源内峠遺跡(大津市)
大津市郊外、緑豊かなびわこ文化公園の片隅にそそり立つ楕円形の塔の群れ。一見オブジェのようだが、ここ源内峠遺跡で見つかった7世紀後半の製鉄炉を復元したものだ。
■地の利を生かし鉄・瓦供給
一帯には7~8世紀の製鉄や製瓦陶に関わる遺跡が集中し、瀬田丘陵生産遺跡群として国史跡に指定されている。この時期は飛鳥京や藤原京、平城京をはじめ恭仁京、紫香楽宮、大津宮など宮都が各地に相次いで造営された。北に東国へ続く東山道が走り、西には木津川経由で大和へ通じる瀬田川が流れる同丘陵は、地の利を生かして宮都造営の現場に必要な鉄や瓦などの物資を供給する古代のコンビナートだった。
源内峠遺跡もその一つ。15年前の発掘で製鉄炉跡が4基見つかった。いずれも粘土を積んで築かれ、いずれも長さ2.5メートル前後、幅30センチ前後、高さは推定で1メートル余り。近江で製鉄が始まった初期段階の遺跡と考えられている。
原料となった鉄鉱石(磁鉄鉱)も出土。「伝統的なたたら製鉄は通常、砂鉄が原料ですが、古代近江の製鉄は鉄鉱石を用いるのが特徴です。近江に鉱山があったのでしょう」。調査を担当した滋賀県立安土城考古博物館の大道和人さんが説明してくれた。当時の採掘跡こそ見つかっていないが、続日本紀などに「近江の鉄穴」に関する記述が登場するという。
継続的に25~50年間製鉄
この炉に砕いた鉄鉱石と木炭を投入して点火し、側面に並ぶ小穴からふいごで空気を送り込んで温度を1200~1400度まで高める。不純物(鉄滓=てつさい)を炉外に排出し、最後に炉壁を取り壊して、底にたまったケラ(鉄素材)を取り出したと考えられている。
同遺跡では25~50年の間、継続的に製鉄を行った形跡があった。大道さんは「発掘では鉄滓が約15トンも見つかりました。炉は他にもあったとみられ、鉄滓は全体で50~100トンはあるのでは。当時、国内最大級の製鉄所だったのでしょう」と話す。
源内峠遺跡から約2.5キロ北東の立命館大学びわこ・くさつキャンパスには木瓜原(ぼけわら)遺跡がある。製鉄や鍛冶、梵鐘(ぼんしょう)の鋳造、土器の生産などの多様な工房が集積し、8世紀前半を中心に操業していたことが20年前の発掘で判明。同大学の施設内のロビーには梵鐘を鋳込んだ跡の遺構をはじめ、様々な出土品が展示されている。
運動場には地下室が設けられ、製鉄炉の遺構を発見時の状態で保存している。炉の構造は源内峠遺跡のものと基本的に同じ。取り壊され廃棄された炉壁の破片が、地表に顔を見せている。学校や地域などのグループ単位で同大学BKCキャンパス事務課((電)077・561・2617)に申し込めば見学できる。
日本に鉄器が普及した弥生時代は、鉄素材を朝鮮半島などから持ち込んでいた。国内で製鉄が本格的に始まったのは古墳時代後期との見方が強く、6世紀ごろの製鉄炉跡が中国地方を中心に各地で見つかっている。
■近江などで試行錯誤し技術完成か
近江の製鉄技術は渡来人がもたらしたと考えられているが、朝鮮半島に先立つ事例はなく、その由来については様々な見方がある。源内峠遺跡の炉をみると、最も古い炉は石の多い地面に粘土を張って基底部としているが、次の時期になると底にこぶし大の石を充てんしている。さらに次の段階の炉は木炭を敷いてあった。大道さんは「炉の温度を下げないよう、断熱性を高め地面の水気を遮断するために試行錯誤を続けています。完成した形で持ち込まれた技術ではなく、近江などで鍛冶炉の技術をもとに編み出されたのでは」とにらむ。「製鉄は当時の朝鮮半島や中国大陸でも先端技術。機密扱いで、外に漏れることはなかったのでしょう」。
炉の復元は地元住民ら約30人で組織する「源内峠遺跡復元委員会」によるものだ。歴史遺産を生かしたまちづくりを目指して7年前に結成。当時の炉の築造方法を探るため、1年以上を掛けて粘土積みで1基を復元した。「乾燥レンガを積んだり、粘土にわら(スサ)を混ぜて強度を増したり、何度も失敗してはやり直しました。先人たちも同じように試行錯誤したのでしょうね」と代表の松田文男さんは話す。
昨年にはコンクリートで3基を復元した。展示用で、時期による基底部の違いなど、炉の構造が一目で分かるよう工夫した。最近は周辺の歴史マップ作成やウオークイベントといった活動にも力を入れている。「だんだん参加者が増え、自分たちが実は地元の歴史をよく知らなかったことに気付いて、ますます関心を持ってくれます」。これまでの取り組みが無駄ではなかったと、松田さんらは感じている。
(文=編集委員 竹内義治、写真=大岡敦)
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