ライフコラム

けいざい半世紀

結膜炎、PM2.5…「Vロート」が闘った半世紀

2014/5/1

 最初の東京五輪が開催された1964年は今の日本の原型を形作る交通インフラや新サービス、新商品が産声を上げました。東海道新幹線が開業、首都高速道路の整備が進んだのもこの年です。新コラム「1964年~ ニッポンの大いなる助走」は50年前のあのころをスタートラインとして次の50年、日本が駆けていく先を読み解きます。

大衆目薬の代表的商品「Vロート」シリーズは発売50年を迎えた

 オフィスで端末画面、通勤時にスマホ。街を歩けばやまぬ花粉に「PM2.5」も心配だ――。日本人の目はかくも毎日忙しい。今年は大衆目薬「Vロート」発売50年。開発したロート製薬は現在シェア40%を超えるトップ企業だ。日本人の目が闘ってきた半世紀を振り返った。

基本守りながら処方は時代に即応

 古くから日本人は薬好き。目薬も江戸時代には軟こうの形で全国に普及していたという。ただ1964年に発売された「Vロート」はそれまでとは全く違ったタイプの目薬だった。「ものもらいの治療など一つの目薬に一つの薬効が主流だった当時、充血にも疲れ目にも使えるマルチ型目薬」(力石正子・ロート製薬製品開発部部長)だからだ。

1964年のVロート。プラスチック製で四角形の容器と目にさしやすい形状を工夫した

 新幹線の開通、東京オリンピック、テレビの急速な普及といった高度成長期の中で日本人の働き方は変わっていき、目も酷使されるようになっていく。一方社会的な衛生状態は改善され、目の治療から健康維持を目的とする新しいタイプの商品もポツリポツリ出て来ていた。ロート製薬では創業2代目の山田輝郎社長が64年に研究開発本部を新設し「Vロート」を一家の常備薬として売り出した。ビタミンAのほかアスパラギン酸塩などを配合し、メントールなど目へのさし心地の清涼感にも配慮したという。

マルチ型目薬の商品化や斬新な広告戦略を打ち出した山田輝郎社長(当時)

 万能タイプが消費者に受け入れられ主力商品としてシリーズ化。基本的な部分は変えず時代に即した処方を施し現在まで続いている。70年の「子どもVロート」は体育の授業でプールに入った後の生徒を念頭に眼病予防のため開発した。73年の「Vロートクール」は清涼感を高め、79年の「新Vロート」は抗炎症成分を配合。91年の「新Vロートプラス」は眼精疲労対策に力点を置いた。パソコンやワープロなど画面を見ながら仕事をするビジネスマンが増えていたのが背景だ。ただ「におい」は変えていないという。目薬はにおいで使った感じが変わってくるためだ。もう一つ「Vロート」からのさし心地の清涼感も維持しているという。

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