アメリカでは「産んだ翌日に退院する」のが普通
米国NPの診察日記 緒方さやか
今回は米国での出産体験記という形で書きたいと思う。日本の事情とは、大きく異なる部分もあるからだ。
産休に入って間もない39週目のある日の朝、定期的におなかが張る感覚で目が覚めた。助産師に一応電話したが、「破水か出血しない限りは、陣痛が3~4分おきに60秒以上持続するようになるまで、できるだけ気を紛らわせて過ごすように」と予想通りの答えが返ってきた。ちょうど米国大統領選挙の日でもあったので、その過程を追いつつ、わずかなおなかの痛みは無視することにした。
その日の夕方にはおなかが張る感覚は3~4分おきになったが、ほとんど痛みがなく持続時間も短かったため、オバマ派の友人らと選挙結果を見るためにパーティーに参加した。結果が出た後は友人たちと抱き合って喜びながら歓声を上げ、喉をからして夜遅く帰宅した。幸い、気を紛らわすには最適の夜だった。
病院の廊下で踊ったワルツとルンバ
翌朝は7~9分おきの陣痛で目が覚めた。昨日と違ってかなり痛みがあったが、 妊婦ヨガの教室で練習したリラクゼーションのイメージを頭に思い浮かべれば、乗り切れる程度ではあった。昼頃に助産師のオフィスに行くと、子宮口が5cm 開いており、その日の夜が吹雪の予報だったこともあって、そのまま入院となった。助産師からは、「あなた、落ち着いていてあんまり痛くなさそうに見えるから、病棟に着いたら後回しにされないよう、受付によく言うのよ」と言い聞かされた。L&D室(分娩室)は個室で、大きな窓から徐々に荒れてくる空模様がよく見えたことを覚えている。
助産師からは「お産を早めるために人工破水にするか」と聞かれたが、私は待つことを選んだ。その代わり、「廊下を歩いて、重力でお産を早めましょう」との助産師の言葉に従って、夫と廊下で社交ダンスを踊ることにした。看護師やドゥーラたちの声援を受けながら踊ると気が紛れる。だが、踊りながらも陣痛は来る。陣痛が来るたびに立ったまま夫に寄りかかり、「あー」と声を出して乗り越えた。私が気後れしないよう、夫とドゥーラも同時に声を出してくれるので、廊下には三重唱が響いていた。
ワルツとルンバの効果があったのか、1時間後には8cmまで子宮口が開いた。だが、ゴールの10cmには遠い。「赤ちゃんの下降を助ける」というフェンシングのポーズやスクワットなどをドゥーラが教えてくれたが、それでも10cmには到達せず、仕方なく人工破水を受け入れることにした。
私は自然な分娩にこだわっていた。あらかじめ助産師に提出していた「出産予定書(Birth Plan)」には、会陰切開などの処置は必要がない限り避けたいこと、痛み止めの薬は私自身が言い出すまで、医療者側から触れないようにしてほしいことなどの希望を書き連ねておいたほどだ。ちなみに、「出産予定書」は米国での出産時に必ず書くものではなく、助産師から書くように指示されたものでもない。ドゥーラや夫と相談しつつ、自分が望むお産の形を考えて書き、「カルテに入れてください」と頼んだのだ。納得できるタイミングまで人工破水を待ってもらえたのも、助産師が出産予定書から私の希望をくみ取ってくれたからだと思う。
なぜ、自然な分娩にこだわったのか。米国では無痛分娩が主流であり、帝王切開の率も高い。だが、世界では何億人という女性が麻酔なしに出産し、この世に新しい命を産み出している。「その神秘を完全な形で経験してみたい」という強い思いがあったのだ。また、私がお願いしたドゥーラから、「出産の痛みは、虫歯の痛みなんかと違って、赤ちゃんに会うという素敵な目的のある痛みなのよ」と聞いたことも、そんな私の考え方を後押しした。普通、米国の病院で出産する場合、お産の最中に気が変われば、 硬膜外麻酔による無痛分娩を希望できるので、「まあ、とりあえず薬なしでやってみよう」という気軽さもあった。
あとは、ヨガを数年やってきたので、ヨガ呼吸でどれだけの苦痛に耐えられるのか試してみたい、という動機もあった。
出産2日後、赤ちゃんをチャイルドシートに乗せ車で小児科へ
破水後は痛みが一気に強まって、午後7時に薬も会陰切開もなしで無事赤ちゃんが生まれた。
振り返ってみると、 お産に一番役に立ったのは、出産準備クラスで習ったことではなく、マタニティーヨガでつらいポーズを取ったり、氷を手に握ったりして痛みを擬似的に発生させ、瞑想などで90秒耐える練習だった(もちろん、医療提供者として、出産について最低限の知識はあったからだと思うが)。
さて、米国では出産した後が早く、翌日の夜には退院となった。「自分の家で休むのが、一番体にいいのよ」 と看護師に言われたが、正常分娩の場合、保険会社が支払う入院費用は2日間だけという米国特有の事情も透けて見える。日本では出産後5日程度入院し、入院中に子供の健診も行っているはずだ。だが、出産翌日に退院する米国では、その次の日には自分で新生児健診に行かなければならない。母に「アメリカって、大変ね」と絶句されつつ、生後2日の息子を苦労してチャイルドシートに入れて車に乗せ、夫と小児科医院まで連れていった。幸い小児科の待合室で病気をうつされることもなく、今のところすくすくと育ってくれている。
婦人科・成人科ナースプラクティショナー(NP)。2006年米イェール看護大学院婦人科・成人科ナースプラクティショナー学科卒。「チーム医療維新」管理人。プライマリケアを担うナースプラクティショナーとして、現在、マンハッタンの外来クリニックで診療にあたる。米ニューヨーク在住。
[日経メディカルオンライン 2013年4月18日付記事を基に再構成]
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