無保険者に医療を 米国の学生が挑む「無料」診療所
米国NPの診察日記 緒方さやか
「先月に続いて血圧が非常に高いままなので、生活指導に加えて、薬を処方した方がいいと思います」。私がこう報告すると、監督をしているナースプラクティショナー(NP)は皆を見回して、「例えば、どの薬?」と尋ねた。
「空腹時血糖値が102で、近い将来糖尿病になる可能性も考えると、ACE阻害薬が良いのではないでしょうか?」
「患者は40代女性で、妊娠する可能性もあることを考慮すると、ACE阻害薬は避けた方がいいと思います。 カルシウム拮抗薬の方が良いのでは?」
「カルシウム拮抗剤は、一番安くても1カ月15ドルほどかかるので、4ドルで済むヒドロクロロチアジドは?」
「ヒドロクロロチアジドじゃあ、血糖値がますます上がってしまいます」
「ACE阻害薬も4ドルで売っています。患者さんは本当に妊娠する可能性があるんでしょうか? パートナーがいるかどうか、避妊手術をしているかどうか、聞いてみては?」
「でも、ACE阻害薬だと、カリウムとクレアチニンを数週間後に調べなければいけないですよね。その血液検査は何ドルくらいかかるんでしょうか……」
彼らは全員、医師、NP、医師助手(PA)を目指すイェール大学の大学院生。毎週土曜日の「フリークリニック」では、いつもこのような熱いディスカッションが交わされていた。
学生たちによって運営されるこのクリニックでは、地域の診療所を毎週土曜日の数時間だけ開放し、貧困層かつ保険を持っていない人を無料で診ていた。主に、不法移民やホームレスの患者さんたちだ。公衆衛生大学院生たちが受付の担当係やスペイン語の通訳を担い、診察を担当するのは、医学生の3~4年生(メディカルスクールは4年間)か、NPかPA学生の2年生(NP/PA講座は2年間)たち。それ以外の学年の学生は、バイタルサインを取ったり、患者を診察室に案内したりして、いわゆるメディカルアシスタントの役割を担う。だから、NP学生が診察担当で、アシスタントが医学生であることも、その逆もある。
なにしろ学生なので、病歴を聞くのも診察をするのも時間がかかり、監督に相談してはフィジカルアセスメントをやり直したりするので、1人の患者さんに1時間以上かけるのもまれではなかった。学生として、手探りながらも一生懸命診察をする私たちを、患者さんたちは暖かい目で見てくれていたように思う。
監督をするのは、普段からイェールの学生を実習で指導している非常勤講師の医師かNPだった。普段はフルタイムで働きながら、学生たちの指導にあたってくれていた。もちろん、私のNPとしての実習でも患者さんを診ることができたが、振り返ると、2カ月に1回ほど参加していたフリークリニックでの経験の方が役に立ったように思う。他の学生たちとディスカッションをしながら治療方法を決めていくことこそが、何よりも良い学習経験になったのだ。予算がないため、よっぽどの理由がないとレントゲンなどの検査ができないので、フィジカルアセスメントの腕を上げなくてはいけない。
これはイェール大学にいた一人の学生が始めた試みであり、最初はボランティアだったが、助成金によって一部の検査の代金の立て替えや監督の給与が出るようになったと聞いた。ニューヨークの大学でも似たようなフリークリニックが始まり、見学に行ったことがある。こちらは、監督は医師かNPだが、学生たちは医学生だけだった。
このようなクリニックは、日本にも存在しているだろうか? もし作ったら、どのような形になるだろう?
医師の監督の下、医学生たちと看護学生たちが協力して、日曜日に医院を数時間開放し、無料でホームレスなどの人々の診療にあたる。病院と提携し、どうしても必要な場合の血液検査やレントゲン検査などの費用は、上限を設けて寄付してもらう。学生同士で協力し合うことで、職種間の壁を取り除き、将来のチーム医療につながる基盤ができるのではないだろうか。このようなハイリスクの人々を重症になる前に治療することで、救急車や病院の負担を減らすことにもつながるかもしれない。日本でもまったくの夢物語とはいえないと思う。
婦人科・成人科ナースプラクティショナー(NP)。2006年米イェール看護大学院婦人科・成人科ナースプラクティショナー学科卒。「チーム医療維新」管理人。プライマリケアを担うナースプラクティショナーとして、現在、マンハッタンの外来クリニックで診療にあたる。米ニューヨーク在住。
[日経メディカルオンライン 2014年2月20日付記事を基に再構成]
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