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職場の知恵

続けること、やめること 中江有里さんが語る女性の決断

 

2013/3/6

 2013年1月30日に6年ぶりの小説『ティンホイッスル』を上梓した中江有里さん。「働く女性の決断」をメインテーマに据えた『ティンホイッスル』の舞台は、中江さん自身が今まで見てきた芸能界だ。マネージャー、大女優、新人、スタッフ、キーとなる登場人物はすべて女性。それぞれの方法で「生き直す道」を探す姿は、現在過去未来の「いつかの私たち」に重なる。中江有里さんが考えつづけてきた「女性の決断」について聞い

 2013年1月30日に6年ぶりの小説『ティンホイッスル』を上梓した中江有里さん。「働く女性の決断」をメインテーマに据えた『ティンホイッスル』の舞台は、中江さん自身が今まで見てきた芸能界だ。マネージャー、大女優、新人、スタッフ、キーとなる登場人物はすべて女性。それぞれの方法で「生き直す道」を探す姿は、現在過去未来の「いつかの私たち」に重なる。中江有里さんが考えつづけてきた「女性の決断」について聞いた。

■決断は「下したときがタイミング」

  • (この記事の写真:杉本吉駿、撮影協力 irving place)
 芸能界についてはずっと書いてみたいなあと思っていたんです。この仕事では、10代や20代の子達がたくさんいて、私もそんな一人だったわけですが、デビュー前に辞める人もいれば、仕事をして10代で辞めていく人もいる。しかも、気付いたら“消えている”という人がほとんどで、それに対して自分は取り残されている気分がありました。「あの人が辞めているのに、私が続ける理由」が分からないまま、ただただ続けていたんです。

 続けることも大切ですが、決断して辞めるのも大切。その人達は決して“消えて”なんかいない。彼女たち自身の人生を歩むために決断をしているだけで、当たり前ですが、どこかで彼女たちの人生を生きているんです。その彼女たちが、今どこでどんなことを思って生きているのか、ずっと気になっていました。

 一方で、私たちを支えてくれるマネージャー。黒子として私たちを支え続けてくれていますが、どれだけ頑張っても売れない子もいます。物としての“商品”であれば「売れなかったね」とその商品の生産をやめ、次の商品を作ればいい。でも、“商品”が人の場合、そうはいかないのではないでしょうか。「この業界で何年もの間費やした時間はこの子にとって無駄だったのではないか」「この子の次の人生はどうなるのだろうか」「売れないからといってこの子を見捨てていいのだろうか」――。支えるマネージャー、支えられるタレントの子たち。続ける人、辞める人。そういった人たちを書いてみたかった。

■やりたいことはとことん貫く

 誰でもきっと日々不安や悩みを抱えて生きてますよね。特に女性だと、結婚や出産などによって、ライフステージが一気に変わることが多い。自分の年齢によってやりたいことにブレーキをかけてしまうことさえありますよね。その時々で「本当にここが自分が今いるべき場所なのか」「この仕事は自分にとってベストなのか」と思い悩むことって結構あると思うんです。悩んだ結果、仕事を辞める人、何かを始める人、それぞれの決断がそこにはあります。その決断をどう下していくのか、そういうプロセスを書こうと思いました。女性が「生き直す」、つまり「再生」する様子を書こう、と。

 『ティンホイッスル』主人公の敏腕マネージャー藍子が、たまたま竹下通りで出会ったアイドル志望の女子高生と交わす会話は、どこか中江さんの決意のようなものを感じさせる。「『今』から抜け出したいから、アイドルになりたいの?(中略)もし、現実を抜け出せたとして、そのあとはどうする?」と聞く藍子に女子高生が答えて曰く「は、そんなの抜け出した後に考えるから」。藍子は、はっと我に返る。「あなたの言ってること、とても正しいわ。どうしてもこの現実が嫌なら、まず抜け出さなきゃね。後のことは後で考えればいいんだ。」

 私自身は、チャンスがあれば、とりあえずやってみるタイプです。やってみると、意外に後悔することって少ないんですよね。もし“失敗”しても、その“失敗”によって自分の実力が分かれば、それは必ずしも“失敗”ではないですよね。成功でもないかもしれないけど、学ぶことがあったわけですから。

 本の中でも「自分の意思を通すときには、人のことを必要以上に気にするな」と書きましたが、自分に対する戒めとして書いた部分があります。私はチャンスがあればそれに乗っかって何でもトライする方ですが、自ら動いて何かをやるほどではないんです。小さなことがついつい気になってしまってできないタイプ。でも、本当にやりたいと思うことができたときは、貫かないといけないですよね。人を気にしていると、結局はその決断やそこから導き出した結論が中途半端になる。その決断が、人を押しのけてしまうこともあるし、ときには傷つけてしまうこともある。でも、本当にやりたいことならとことん貫く。そして、それに対する恩は、自分が幸せになることや、世の中を幸せにすることで返せるはずと思って、やり抜きます。

 中江さんが10年前に脚本を書こうと思ったのも大きな「決断」だった。

 きっかけは、突然降ってわいた休暇だったんです。クランクイン予定だった映画が突然中止になり、ぽっかり2カ月空いてしまった。5年ぶりの映画で気合いも相当入っていたので、結構ショックでした。でも、この2カ月を泣いて過ごすのも嫌だと思って、書き始めたのが、ラジオドラマの脚本でした。

 小さな頃から、気付いたら何かを書いていました。テレビドラマが大好きで、中学生の頃流行っていたドラマ『男女7人夏物語』にはまりました。エンドロールに「脚本」という文字を見つけて「こんな仕事があるのか!」と思ってからというもの、物を書きつらねていました。もちろん、作品というような代物ではなかったのですが。

 ママゴト一つとっても、筋書きを決めて、役割を割り振るような子でした。「お母さん役はこの裏口から入ってきて」とか「この台詞はこんな風に言って」とか。やらされている方は「なんだ?」という感じだったかと思いますが、これが意外にウケたんです。自分が「こうしたらおもしろいはずだ」ということが、周りに伝わって喜んでもらえたとき、こんなにも自分が嬉しくなるのかと実感しました。それが、物を書くことやそれによって得られる喜びの原体験だと思います。

■児玉清さんに突きつけられた言葉

 書くことが好きという気持ちはずっと持ち続けていて、芸能界に入ってもインタビューなどで「いつか書いてみたい」ということは言っていました。でも、結局は日々の仕事でできずじまい。これではいけないと思っていて、たまたま空いたその2カ月でチャレンジしようと思ったのです。やりたいといっているだけではだめで、形にしないと誰も説得できないですよね。この脚本を仕上げることは、「私のやりたいことのプレゼンになる」と思って挑んだんです。やりたいことを具体性を持って人に見せなくては、と。

 そのときに書いた処女脚本『納豆ウドン』がBKラジオドラマ脚本賞で入選(現在は、最優秀賞に改称)。以降、意欲的に脚本、小説と手がけてきた。今回は、6年ぶりの挑戦となる小説だが、それを大きく後押ししたのは、ある人の一言だった。

 尊敬する児玉清さんから言われたんです。「君は、本当に何をやりたいの」って。ぐさっときましたね。10代20代ならまだしも、30代になってこの問いに答えられなかったんですよ。「私、確かに、なにやりたいんだろう」って思いました。その児玉さんからもらった問いがずっと引っかかっていて「やっぱり私、小説書かなきゃ」って思ったんですね。実は、結果としてそれが児玉さんと交わした最後の会話になってしまったんです。その問いに答えることができないまま、その5カ月後に児玉さんは亡くなられたんです。

 『ティンホイッスル』の中で、中江さんは「役」をつかむのは「うなぎ」に似ていると書いた。つかもうとしてなかなかつかめなくて、でも、つかもうとし続けることが大切。それは「役」だけでなく、幸せな生活ややりがいのある仕事にも通じることだ。

 続けることって本当に大変。スポーツでも1日休むと取り戻すのに3日かかると言われたり、たとえ今が完璧であっても怠れば明日には衰える。うなぎのようにどんどんすり抜けていってしまう。何かを続ける強さ、すごさってありますよね。

 私がいつも心がけているのは「今の自分が明日の自分を作っている」ということ。さらに、1カ月後、来年の自分も「今の自分」の積み重ねです。「来年の自分」のために「もう少し頑張ってあげよう」「少しだけ自分のご機嫌を取ろう」と考えます。「つかみ続けること」は時にしんどいのですが、きっとそんな自分も来年振り返ったとき、愛おしく大切に思えるのだと思います。

中江有里(なかえ・ゆり)
 女優・脚本家。NHK連続テレビ小説「走らんか!」ヒロインなど多数の映画、ドラマに出演。2002年「納豆ウドン」で第23回BKラジオドラマ脚本懸賞最高賞受賞。NHK-BSプレミアム「週刊ブックレビュー」司会(2004年4月~2012年3月)。著書に「結婚写真」(小学館文庫)。2013年1月に「ティンホイッスル」(角川書店)を上梓。

(日経ウーマンオンライン 染原睦美)

[nikkei WOMAN Online2013年2月13日掲載]

ティンホイッスル

著者:中江 有里.
出版:角川書店(角川グループパブリッシング)
価格:1,470円(税込み)


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