海外転勤、共働き家族は… 実績・育児両立への道
「専業主婦になって付いていくつもりはないからね」。博報堂に勤務していた佐伯尚子さん(33)は、昨年11月に夫のタイ転勤が決まったとき、そう宣言した。2歳の子どもと日本に残り、やりがいのある仕事を続けるという選択。だが、今年1月に夫が出発すると「夫の不在が当たり前になり、お互いが必要でなくなっていく気がした」。
3月に休暇でタイを訪ねて、インターナショナルスクールを巡った。日本にはない、表現力を伸ばす教育方針の学校に子どもを入れられることが分かった。グローバル人材が求められる中で海外経験は自分にとっても必要。会社とも相談してタイで職歴が生かせそうな働き口を見つけた。
「実績を積めば再就職後も活躍できるはず」と、復職も見据えつつ退職。6月にタイに引っ越した。「海外でのビジネス展開には、その国の歴史や経済を知る必要がある」と、就職が確定するまで大学院に通う。
配偶者の転勤に同行する期間の休職を認める企業は増えてきた。公務員も同様の休職ができる法律が今年成立し、離職を防ぐ効果が期待される。ただ現状でこうした制度を利用するのは多くが女性で、休職期間中は働く意志はあっても働けない。退職していても同行する家族の就労を禁止する企業もある。本人にとってはキャリアが途絶えることになり、企業も結果的には優秀な人材を生かせない。
佐伯さんは、現地の日本人転勤家族の妻たちについて「能力や時間を持て余しているように見える。配偶者の赴任先でキャリアを積める仕組みが必要」と話す。自身は就労ビザを取得するつもりだ。
「これまで育ててくれたんだから、今度はこっちで面倒を見るよ」。化学メーカーの日本化薬に勤める青木静さん(30)は、夫の健太さん(31)の提案に耳を疑った。児童買春の撲滅に取り組むNPO法人かものはしプロジェクトの共同代表だった健太さんは結婚直後、カンボジア駐在代表に就任。以来3年近く、静さんは実家の支援を得ながらも、日本で子育てと仕事を1人でこなしてきた。
その夫からの意外な申し出。樹脂の研究開発一筋で来た静さんに「MBA(経営学修士号)を取得して、財務やマーケティングの観点も開発に取り入れては」という健太さんの提案だった。
子どもは夫とカンボジアで暮らし、妻は日本で仕事を続けながら夜間大学院に通う。そんな青写真を描き、来年4月に子どもを夫に託す。育児休暇中にカンボジアで暮らし「子ども連れに優しく、お手伝いさんも雇えて、豊かな環境」と感じていたことも、静さんの背中を押した。健太さんは「結婚したことが、互いの自己実現のためのプラス要因になったらいい」と話す。
従来の役割分担に縛られない方法で、海外転勤を乗り切る共働き夫婦の努力がある一方で、企業側も対策を練る。その最先端が配偶者も同じ場所で働ける仕組みだ。
「近いうちに子どもを欲しい。産んでから行かせてもらえないだろうか」。プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)ジャパンの下村祐貴子さん(33)は、2008年にシンガポールへの転勤を打診されたとき、上司に打ち明けた。数カ月後に妊娠が判明し出産。10年6月に、生後8カ月の子どもを連れて転勤することになった。
会社は同じP&Gの社員である夫も現地で働けるようポストを用意した。下村さんは「海外に住むのは初めてで子どもも小さかった。1人では無理だったと思う」と話す。
シンガポールではアジア全域の広報戦略を担う。「ブランドの根幹に触れる経験ができる」と満足する。目下は、2児の母である米国人上司の「2人目は早く産んだ方がいい」という後押しで、第2子を出産し産休中。半年程度で職場に復帰予定だ。
下村さんのケースは、P&Gでは決して特例ではない。女性や家族持ちを特別扱いするのではなく、全社員が海外赴任の可能性や自身のキャリア展望、プライベートの状況について上司と年1回以上面談をしている。配偶者や恋人が社内にいる場合は上司同士が情報共有をすることもあり、同じ場所で働くことを望む場合、できる限り対応する。
背景には「将来リーダーになる人材を失うのは大きなロスとの考え方がある」と人事部の丸谷奈都子さん(36)。配偶者が社外の場合でもできるだけ配置の希望をかなえる。「コストがかかるという理由だけで行かせないとはならない」と言い切る。適切なポストがなければ休職しての帯同も認める。
配偶者が海外転勤になっても夫婦が一緒に住み、子育てしながら双方が働き続けられる環境。それが実現できれば優秀な人材をつなぎ留めることにつながり、企業にはプラスだ。個人も自身の価値を高められるチャンスになる。海外転勤に同行し働ける仕組みは、人材の育成と活用のために企業が検討すべき方策といえそうだ。
(井上円佳)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。
関連企業・業界