「アフリカを狙え」日本アニメ売り込む脱サラ社長
編集委員 小林明
「鉄腕アトム」「ハクション大魔王」「科学忍者隊ガッチャマン」……。日本の人気アニメを次々とナイジェリアに売り込む仕掛け人がいる。JTBの関連会社を脱サラし、貿易会社「太陽インダストリーアフリカ」を立ち上げた伊藤政則(44)さん。欧米、アジア、南米などに比べて日本アニメがまだ浸透していないアフリカ市場の掘り起こしに日夜、汗を流している。
なぜアフリカでのビジネスに関わるようになったのか?
これまでどんな夢を抱き、それをどう実現しようとしているのか?
脱サラ社長が奔走するアニメビジネスの舞台裏を探った。
アフリカの子どもに夢を届ける
2013年3月13日。ナイジェリアの経済都市ラゴス。オレンジの民俗衣装に身を包んだ伊藤さんは、やや緊張した面持ちで調印式にのぞんでいた。提携先は「チャンネルズTV」。ラゴスに本社を置く、ナイジェリア3位の民放テレビ局である。提携の骨子は(1)日本アニメ専門チャンネルを現地に開局する(2)アニメ制作の専門学校を現地に開校する(3)ナイジェリア初の国産アニメ制作を支援する――など。
さらにその後の交渉で、「鉄腕アトム」のリメーク版を手塚プロダクション、読売テレビエンタープライズとともに共同制作する計画なども新たに盛り込まれた。
「日本人には幼年時代、TVアニメを見ながら努力や友情の大切さを学んだ経験がある。アフリカの子どもたちにも同じ夢を届けたい。そのスタートラインにようやく立てた」と言葉に力を込める伊藤さん。「アフリカはまだテレビ文化の創生期。日本アニメにナイジェリアのテレビ文化の発展をけん引してほしい」とチャンネルズTVのジョン・モモ社長も熱い期待を寄せる。
「名探偵コナン」の静野監督も協力
同プロジェクトには手塚プロダクション、タツノコプロ、トムス・エンタテインメントなど日本の有力アニメ制作会社のほか、「名探偵コナン」を手がけた静野孔文監督らも参画する意向。日本の経済産業省や総務省、外務省も「クール・ジャパン戦略の一翼を担うモデル事業」として支援している。
「英語も満足に話せない僕がどうしてナイジェリアでのビジネスに取り組んでいるのか? 何だか不思議な気持ちになるが、直接のきっかけは人との巡り合いと農業だった」。取材に応じてくれた伊藤さんは、これまでの道のりを感慨深げに語り始めた。
伊藤さんが初めてナイジェリアを訪れたのは2010年3月。チャンネルズTVとの調印式からちょうど3年前のことだ。
JTBの関連会社を01年に退社し、独立した伊藤さんは「幼いころからのあこがれだった農業に携わりたい」と一念発起。新潟県南魚沼郡湯沢町の農家に弟子入りし、泥まみれになりながら米作りに取り組んでいた。
「大地主から4反(約4000平方メートル)の田んぼを任され、水張りから、田植え、草取りなど米作りのすべての基礎をゼロから学び、1反あたりで6俵半ほどのコメを収穫できるようになっていた。そんなとき、ある紹介者を通じて日本在住のナイジェリア人の貿易商と知り合ったんです」
ナイジェリアに出合ったきっかけ
正直なところ、それまでナイジェリアには縁も関心もなかった。だが、その貿易商と会い、話をするうちに、ナイジェリアはアフリカ最大の1億7000万人の人口を抱える大国であり、アフリカの先頭グループとして大きな経済成長が期待できることが分かってきた。アフリカからの来日者数もナイジェリア人が最も多く、日本国内で大きなコミュニティーを形成しているという。
「一体、どんな国なのか。もっと知りたい。思い切って、現地に出掛けてみよう」。自分の目で無性に確かめたくなり、見聞を広げるつもりで、その貿易商とともに現地に飛び立った。
飛行機の窓から地上を見下ろすと、一面に赤茶けた大地が広がっている。「あの光景は今でも忘れられない」と伊藤さん。国内を視察すると、土地も農作物も痩せこけていた。都市インフラも貧弱で、住んでいる人もまだまだ貧しかった。だが、不思議と活気やエネルギーを感じた。「この国には、自分にできることがたくさんある」。現地へ何度も足を運ぶうちに、こう考えるようになった。
たどり着いた2つの"商材"
「何かビジネスのヒントはないものか」。熟考の末、たどり着いたのが2つの"商材"だった。一つがミズゴケと土を一定割合で混ぜた「土壌改良材」。もう一つが「日本アニメ」。「どちらもナイジェリアが豊かになるために必要なもの。土壌改良材で農業の生産高が飛躍的に上がるし、アニメは子どもにとって娯楽や教育になる」。伊藤さんの夢が膨らみ始めた。
チャンスをつかむ足場となったのは、現地の日本大使館や在日ナイジェリア大使館。頻繁に顔を出し、地道に人脈を広め、信頼関係を築いているうちに、土壌改良材については、現地の日本大使館を通じて、ビル&メリンダ・ゲイツ財団が支援するナイジェリアの国際熱帯農業研究所からの協力を取り付けることに成功。現在、土壌改良の効果を検証しており、商品化の見通しがつけば現地生産に踏み切る準備を進めているという。
一方、日本アニメの売り込みも熱意で道を切り開いた。現地では子ども向け番組が少ないし、大きな需要があるのは間違いない。だが、どう交渉を進めて良いか分からない。
「ナイジェリアの子どものために日本アニメを売り込みたい」。在日ナイジェリア大使館に何度も足を運び、熱心に働き掛け続けていると、その熱意に突き動かされた大使の計らいで、ナイジェリアの大手民放テレビ3社と接触することができた。3社のうち2社との交渉はあえなく頓挫。しかし、期せずして「日本アニメを中心にしたコンテンツビジネスの育成計画」を社内で温めていたチャンネルズTVとの交渉はとんとん拍子で進展。あれよあれよという間に、交渉開始からわずか5カ月で提携までこぎつけてしまった。
政府の支援を後ろ盾にチャンスつかむ
その過程では詐欺被害に遭いそうになったり、計画のスケジュールが一部遅れたりと、道のりは決して平たんではなかったという。だが「ナイジェリアと日本の両国政府に後ろ盾になってもらったのでとても助かった。おかげで日本の有名アニメ制作会社とのネットワークも急速に広がった」。伊藤さんはこう回想する。アフリカ諸国との友好関係を重視する安倍政権の外交姿勢も力強い追い風になったようだ。
「名探偵コナン」を手がけた静野監督の協力も取り付けた。
「ナイジェリアに日本アニメを売り込みたい。協力してもらえないでしょうか」。エージェントの宮平薫さんを通じて"ダメ元"で静野監督に依頼したところ、「未開拓市場のアフリカに日本アニメを広める手伝いができるなら喜んでお引き受けしますよ」と二つ返事で快諾してくれた。
13年5月には静野監督と一緒にナイジェリアに渡航し、チャンネルズTVの本社を視察。技術スタッフがCG技術を使って作った試作映像などもチェックし、「予想以上に技術レベルが高いことに驚いていた」という。静野監督は今後、アニメ制作の専門学校の講師として現地でナイジェリア人を指導するほか、ナイジェリア初の国産アニメ制作も支援する意向。手塚プロダクションや札幌マンガ・アニメ学院もプロジェクトに協力する姿勢を見せている。
こうして、伊藤さんはアフリカで日本アニメ輸出の仲介役を果たすことになった。
テレビ普及率は日本の1970年前後の水準
ところで、ナイジェリアのテレビ視聴状況はどうなっているのだろうか?
太陽インダストリーアフリカによると、テレビの普及率は30.77%。これは日本だとちょうど1970年前後の高度経済成長期の普及率に該当する水準。ナイジェリア国内で約1115万世帯が視聴している計算になる。今後、経済発展に伴い、テレビの普及率は大きく上昇する見通し。生活水準が上がれば、キャラクター商品の販売など関連ビジネスも広がってくる。
日本アニメは欧米、アジア、南米にはすでに浸透しているが、南アを除くアフリカ市場にはほとんど普及していないのが実情。国連の予測によると、ナイジェリアの人口は現在の1億7000万人から2050年には3億9000万人に急増し、インド(17億人)、中国(13億人)、米国(4億人)に次ぐ世界第4の人口保有国に浮上する見通し。子ども世代も多く、アジアの後に控える未来の有望な成長市場なのだ。
「現地に渡航するたびに、生活水準がグイグイと上がっており、国全体の勢いを肌身で感じる。日本の高度成長期と似た雰囲気だから、僕にはなんとなく懐かしい。活気あふれるナイジェリアの発展に貢献できたらうれしい」。スポ根アニメに夢中になっていた自らの少年時代と現在のナイジェリアを、伊藤さんは心の中で重ね合わせている。
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