ソーシャルメディア 「書き込み」で職場に波紋
ネット上で気軽に情報を共有できるサービスの利用が急増するなか、社員の個人的な書き込みについて、企業が具体的なガイドラインを策定する動きが広がってきた。書き込みをめぐって職場がぎくしゃくしたり、トラブルに発展しかねない例が出てきたりしたためだ。ネット上で求められる新たなルール、常識とは?
上司から注意
「君の書き込みを削除してほしい」。ある日、東京都内の電機会社に勤める20代の男性社員は、上司から呼び出されて、こう注意された。
新商品の開発を任された社員は、発売後、自分のツイッター(簡易ブログ)に「私が手掛けた新しいタイプの商品が発売されました」などと書き込んだ。「宣伝になると思った」と上司に説明しつつ、削除。しかし「書き込みがどこまで許されるかもわからない……」と不満顔だ。
ツイッターや、フェイスブックなどの交流サイト(SNS)は、「ソーシャルメディア」と呼ばれる。様々な情報を手軽に多くの人とやり取りすることができるため、利用が急増。東日本大震災で改めて注目を集めた。
ただ、不特定多数が見ることを意識せず、不用意に仕事関連の情報を書き込むと、波紋が生まれる。多くの場合「情報をどこまで公開してもいいかという『常識』の違いによる」とソーシャルメディア研修などを手がけるループス・コミュニケーションズ(東京都渋谷区)の福田浩至副社長は話す。
常識は、人によって様々だ。学生時代からソーシャルメディアを使ってきた若い世代は一般に、情報発信に積極的。この4月には新入社員が「第一希望の配属でした」と部署名入りで書き込み、先輩社員が注意を促した職場もあった。
一方で「不慣れな管理職層も困る」というのは、都内の30代の男性会社員。出張中に他部門の部長から「出張か。じゃあA社訪問かな」と書き込まれた。書き込みは匿名ながら「取引先が見れば推測できるのではとヒヤリとした」という。
社員の個人的なソーシャルメディアの利用について「表現の自由があるため、会社として禁止するのは難しい」と情報管理が専門の岡村久道弁護士。企業は早急に利用ガイドラインをつくるべきだという。「自社にとっての営業秘密は何かなど、基準を明確に示す必要がある」。役員、社員からアルバイトまで徹底することが求められる。最悪の場合「不用意な書き込みにより情報漏洩や名誉毀損などで社員や企業が訴えられるリスクもある」。
こうした中、社内規定をつくる動きが広がってきた。ヤマハは2010年10月にソーシャルメディアのガイドラインを設けた。「これまでホームページやブログの社員利用ルールを定めていなかったが、ツイッターで利用層が一気に広がり社内規定が必要になった」(WEB・IT推進室長の鞍掛靖さん)
音楽業界の自由な社風に鑑み、実名・社名入りで利用するかは「個人に委ねる」。従来の法令順守の行動規範に加えて「会社の公式見解のように書いてはいけない」といった事項を明記し、「会社にダメージを与えた場合は、懲戒対象となることもある」とした。
NG例を明示
ソフトバンクでは孫正義社長が率先してツイッターを使い、社員にも利用を促す。秘密保持など適正な運用のため、ソーシャルメディアの利用マニュアルを用意。書いてはいけない文例を豊富に提示する。「売上高○兆円達成!」「明日、すごい発表があります」「販売マニュアルには『……』という記載があります」「芸能人の○○さん、来店なう!」などだ。
日本コカ・コーラは、10年10月にソーシャルメディアの利用方針を公式サイトで発表した。社の公認アカウントで見解を発信できる社員は「認定トレーニング」を受けた30人のみ。個人利用については、セミナーを開催。「個別のブランドについて否定的・中傷的な投稿を目にした場合、自分の判断で反論しない」といった心得を徹底している。
社員が利用基準を守っていても、社外の関係者や知人に望まない情報を書かれるリスクもある。製造会社に勤める40代の男性は、会食の翌日に同席者からツイッター上に「昨日はありがとうございました」と書かれ当惑した。会食日程が重なり「重要な締め切りがあるので」と断りを入れた取引先も見ていて「気まずくなった」という。
「ネットにおいても個人名を入れて状況を書き込むときは相手に許諾を得ないとトラブルになりかねない」というのは、メディアジャーナリストの津田大介さん。ソーシャルメディアの新常識を身に付けないと社会的信頼を失い、場合によっては法的責任を問われることにもなりかねない。
(編集委員 野村浩子)
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