数学への情熱支えに試練を克服 石井志保子さん
東京大大学院教授
代数幾何学の専門家だ。宇宙から丸く見える地球は拡大すれば平らになる。一般的に曲線や曲面は拡大すると直線や平面になるが、どんなに拡大しても直線や平面にならない「特異点」の研究で成果を上げてきた。理系の研究者の世界で女性は少数派。家にこもることが多い。でも「頭のなかでは大冒険している」とほほ笑む。
高校時代に特殊相対性理論に魅せられ数学者を目指した。「数学を学べば世界を司(つかさど)る仕組みが見える。最高にかっこいい」。20代に国家公務員だった夫と結婚、息子をもうけた。研究も母親業も夢中で取り組んできたが、順風満帆だったわけではない。
33歳で博士課程を終えると、就職に向け20カ所以上応募書類を送った。国際的学術誌に論文が掲載されるなど実績は積んでいたが、どこにも採用されず空白の4年間を過ごした。「世の中から拒絶されているような気がした」。よく聴いていたロシアの作曲家、ラフマニノフのピアノ曲はつらい気持ちを思い出すので今は聴けないという。
九州大の助手の職を見つけて働き始めると、週の半分は息子を東京に残して単身赴任した。東京工業大勤務時代に夫が静岡に転勤したときは東京へ新幹線通勤し、息子はカギっ子になった。「研究も子育てもどちらもとるなら、どこかで無理をしなければならない」。無理ができたのは、数学への強い情熱からだ。
1995年には女性科学者に与えられる猿橋賞を受賞した。「それまでは自分の研究をしていればよかったけれど、社会的な責任を考えるようになった」。子育て中で両立に悩む女性研究者は「好きな人と結婚し、子どもが生まれたこと自体が素晴らしい。それを思い出して」と励ます。
今は特異点を通る微小な曲線が織りなす空間の性質について研究を進める。一般向けの数学の本の翻訳を手掛けるなど、数学ファンを増やす取り組みにも熱心だ。概念はコンピューターセキュリティーやシステムに応用されることもある。風呂上がりにアイデアを思いつくこともあるという。次はどんなアイデアが舞い降りてくるか――未知の世界へ大冒険が続く。
(天野由輝子)
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