女性の起業、身近にヒント
ウーマンズ・イニシアチブ・フォーラム特集
基調講演 衆社会企業共同創設者、モモ・ホァン氏
ソーシャル企業は非政府組織(NGO)と営利企業の特徴を併せ持つ存在だ。NGOなどと同様、社会をより良くすることを目的に掲げるが、同時に持続可能なビジネスモデルを築く。
莫大な利益は求めない。大企業は企業の社会的責任(CSR)として利益の10%程度を社会に還元するが、ソーシャル企業やNGOの場合は30~100%。ムハマド・ユヌス氏が創立したグラミン銀行やフェアトレード企業などが代表例として挙げられる。
障害者、疎外しない
我々が2013年に創業した「衆社会企業」はソーシャル企業で、障害者など身体能力に制約のある人たちの行動範囲を広げるのが目的だ。例えば、多くの障害者らは人気のレストランなどに行けない。ちょっとした段差などが、障害者を社会から疎外するバリアーになっている。
これは実は障害者だけの問題ではなく、妊婦や体の弱った高齢者も同様だ。私自身、祖母と一緒に食事に行けないという経験をしたこともある。少子高齢化が進む日本や台湾、韓国などの東アジアでは障害者に優しい社会づくりが特に重要になっている。
衆社会企業はレストランやホテルなどの施設が障害者らにとって利用しやすいかどうかを調査。情報を提供するほか、改善を望む事業者へのコンサルティングをしている。専用アプリを使う調査項目は通路の幅、トイレの位置、従業員の態度、メニューの手ごろさなど90に及ぶ。障害当事者を調査員として活用し、雇用を生み出すのも特徴だ。
事業は台湾など11都市で展開し生み出した雇用は約300人分。認定した「フレンドリー施設」は約3000件ある。関心のある経営者には講習も提供。駅のバリアフリー音声案内、政府や地下鉄会社と協力し、携帯電話などにダウンロードできるバリアフリーの経路案内作成も始めた。
ビジネスとして成り立たせるための顧客は、政府や自治体、大企業などだ。NGOとも協働する。15年は香港やマレーシアに進出した。フィリピン、タイ、韓国や日本への進出も準備を進めている。
台湾では多くの障害者は路上で宝くじを売るか、物乞いをするといった選択肢しかなかった。彼らにお金を与えるのでなく、取り上げられていたチャンスと力を与えることで支援することが重要だ。
パネルディスカッション
「女性の起業、女性の視点」と題したパネルディスカッションは「カルティエ・ウーマンズ・イニシアチブ・アワード」アジア太平洋地区受賞者で衆社会企業共同創設者の黄孟淳(モモ・ホァン)氏、革製品のアンドゥアメット代表取締役社長・チーフデザイナーの鮫島弘子氏、マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社ディレクターのポール・マクナーニ氏が起業の背景、事業への思いを語り合った。司会は一橋大名誉教授の石倉洋子氏。
司会(石倉氏) 日本では「大企業の正社員になれば安泰」という幻想があったが、1つの企業にずっと勤めるという働き方は変わり、起業も選択肢になっている。
鮫島氏 革製品のファッションブランドを作って、製品を販売している。特徴は、素材調達から最終的な製造までエチオピアでしていることだ。日本ではあまり知られていないが、すばらしい品質の革の産地。今までは単に素材として輸出し、加工されイタリア製、フランス製といったブランドになっていた。エチオピアにきちんとお金が落ちる仕組みにしようと考えた。
マクナーニ氏 コンサルタントとして鮫島さんの事業にかかわった。途中、かなり難易度の高い問題が出てきたが、鮫島さんは「何のための事業か」という目的がはっきりしていて、状況を細かく尋ねればしっかり答えてくれた。実際に足を運んでよく調べているからだ。ニーズを深く知っている人は勝つ。
ホァン氏 起業する2年前、大学生だった時、今も我が社の調査員を務める障害者の女性と知り合い、現在の事業を思い立った。彼女のように、外出の機会が限られ、一般の人と違うライフスタイルを送る人が大勢いる。ちょうどスマートフォン(スマホ)が一般化した頃で、仲間と情報提供のアプリを作ろうということになった。
マクナーニ氏 障害者に有益な情報を提供するというホァン氏の発想はシンプルで、誰にでもできそうだが、2つの点でユニークだ。1つは客を「体の不自由な人」と狭く定めたこと。深く、細かいニーズに応えているからこそ「ぐるなび」「トリップアドバイザー」といった大手情報サイトでは手の届かないことができる。2つ目は障害当事者を雇ってコンテンツを作ってもらっていること。プロのライターに任せるとコストが高く、誰でも投稿できると情報はタダだが、信頼性や安定性を欠く。その間を取った。
司会 起業というとビジネスになりそうな業界、自分のスキルを生かせる事業といった考えから始めがちだ。
「目的は『生活の役に立つ』こと」鮫島弘子氏
鮫島氏 エチオピアを選んだきっかけはボランティアだった。新卒で化粧品メーカーのデザイナーをしていたが、「ファストファッション」へ移行していく時代。作った商品が3カ月~半年でどんどん破棄されていくのを見て、自分の仕事に疑問を持った。そんなときにアフリカでデザイナーの募集があると聞いた。「ごみ」ではなく、生活の役に立ちたいと期待して応募した。そこですばらしい素材があっても外国に安く買いたたかれている現状を知り、起業を思い立った。
「ニーズを深く知る人が勝つ」ポール・マクナーニ氏
マクナーニ氏 重要なのはむしろ、何のために起業するかという目的意識だ。インターネットの浸透で、身近で感じた素朴な疑問や観察からビジネスを始めることが可能になってきた。これまで200社ほど見てきて分かったのは、観察して見つけたニーズをずっと追いかけることが重要だということ。初期段階であれもこれも狙い焦点がぼやけると失敗する。
司会 起業ならではの困難はどう乗り越えるか。
鮫島氏 2011年からエチオピアと日本を行ったりきたりして準備し、12年に法人をつくった。エチオピアはアフリカの中でも特に貧しく、品質への目が厳しい日本で売れるものを作るのは大変だった。苦労の末、良い製品ができたが、次は注文に対して生産が間に合わない状態になった。エチオピアでは様々な原因で生産が止まってしまう。一時、新規受注をやめた。昨年になってようやくうまくいきはじめ、今は安定して販売を続けられるようにしようとしている。
ホァン氏 衆社会企業でも苦労はあった。事業拡大に伴う資本の調達や仲間同士のコミュニケーションなど。ただ目的さえ明確に持っていれば何が正しい道か判断できる。自分たちの場合は調査員の障害者の笑顔を守ることだ。
マクナーニ氏 事業を始め、拡大するには人数が必要。1~3人では難しい。鮫島さんの会社にはボランティアが4人いた。鮫島さんに情熱があるためだ。人数をそろえるという壁を越えるのにも、強い思いを持つことは重要だ。
「とにかく行動、アイデアを語ろう」石倉洋子氏
一橋大学名誉教授の石倉洋子氏に起業を希望する女性へのアドバイスを聞いた。
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大切なのは志を持った目的だ。自分がどんな世界でどう過ごせたらハッピーであるかを思い描いてみてほしい。例えば今回の登壇者ホァンさんの起業の原点は、足腰が弱った祖母と一緒に外食をしたいと思ったこと。その実現には今の社会に何が必要なのかを考えて、それを具体化したのが今の会社だ。大上段に構えなくとも、身近な問題に想像力を働かせればヒントはみつかる。
これから起業で成功するにはテクノロジーの知識も欠かせない。テクノロジーを使えば国境を越えて様々な人や市場とつながれる。選択肢が格段に増えるので事業を大きくしやすい。
アイデアを思い付いたら、いろんな人に話してみてほしい。起業セミナーなどが最近はよく開かれている。そこに参加してとにかく話してみる。すると、すでに誰かがやっていたことが分かったり、誰かの発想を追加してもっといいアイデアに育ったりするかもしれない。女性に限らず日本人は「正しい答え症候群」に陥っている。正しい解答・進め方が見つかるまで動こうとしない。今はスピードが勝負。考えているうちに時機を逸する。とにかく行動すること。人に話すこともその一つ。目的が明確ならば実現への手順は後でも必ず見つかる。
今ある多くの仕事は今後、人工知能(AI)に取って代わられるといわれている。例えば販売やコールセンター、受付などだ。これらは現在女性比率が高い職種。女性は男性以上に自分のキャリアを自分で考えなければいけない。自ら仕事をつくり出せる起業にもっと目を向けてほしい。
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