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話し手を全力で支える分身 プロ通訳が考えていること 会議通訳者 高松珠子さん(前編)

2016/4/19

(写真:菅野勝男)

 政府要人の記者会見や外国人記者クラブ、国際会議などの場で広く活躍する通訳の高松珠子さん。高度な言語能力と洞察力や瞬発力、専門知識が求められるプロの通訳はどのようなことを考えつつ仕事に臨んでいるのでしょうか。通訳を使う際のポイントや、英語を使って相手の心をつかむ話し方のアドバイスもお聞きしました。インタビュアーは、自らもグローバルキャリアとして活躍する津田千枝さんです。

聞き手・津田千枝 本日はよろしくお願いします。高松さんは私の尊敬する女性の一人ですので、きょうはこのような機会をいただいて、大変うれしく思います。先日お仕事でご一緒した時に、「通訳の席は話し手の横がいい」というお話を聞いて、座る位置一つでも通訳の質が大きく変わるということを初めて知りました。そこできょうは、通訳と、通訳をお願いする側をつなぐ役目ができればと思い、機会をいただきました。

高松珠子(たかまつ・たまこ) 幼少期より大学卒業まで米国で暮らす。クラシック音楽関係の米系企業の日本駐在、サイマル・アカデミー パブリックスピーキング主任講師等を経て、フリーの通訳として活躍。日本外国特派員協会(FCCJ)名誉会員。(写真:菅野勝男)

高松珠子 通訳は、話し手の言葉を100%聞きとれないといけないのです。たった1つ聞き漏らした言葉によって意味が全く変わってしまうことがありますので、よくテレビで見るような話し手の後ろというのはあまり良い位置ではないんです。政治家同士の会談の席などでは、通訳が最初は後ろのほうにいても、だんだん前のほうに来ていることがありますね。一番いいポジションは話し手の隣です。

 会議通訳で、とても部屋が広かったり、テーブルがものすごく長かったりして、通訳が端っこに座らされることもあります。知人の通訳が、事前に会議の場所を見て、やりづらいので中央の方に座らせてほしいと頼んだところ、偉い人の前の席に座らせることはできないと言われたことがあったそうです。でも、通訳は偉い席に座りたいんじゃなくて、ただちゃんと仕事をしたいだけなんです。通訳というのは「無」の存在なんです。例えばCEO(最高経営責任者)の通訳をする時は、我々はCEOの分身みたいなものですから。

津田 通訳をお願いする側としても、話したいことが伝わらないのが一番もったいないことですね。まずは、しっかりと伝わる環境を準備することが大切なのですね。

高松 また、通訳する際は言葉だけではなく、細かいニュアンスが重要です。話し手の息づかいとか表情にもいろいろなニュアンスがこもっていますので、できるだけそれを感じ取りたい。よく、大きな会場で同時通訳するのを見ていると、話し手は米粒ぐらいにしか見えませんから、声だけで本当に理解できているのだろうかと思うことがありますね。

 聞いている人たちの表情が見えることも大事なんです。訴えていることがちゃんと通じているかどうか、言葉を変えるべきかどうか、退屈していないかどうかを把握できるように。

津田千枝(つだ・ちえ) 大手外資系通信社でセールスマネジャーを務める。シンガポールで8年間の勤務経験がある。香川県出身。(写真:菅野勝男)

津田 通訳というのは言葉だけではなく、表情やニュアンスや空気全てを敏感に感じとっていらっしゃるのですね。

高松 言葉だけではないし、コミュニケーション能力もとても重要ですが、特に今の時代は情報、基礎知識が一番重要です。知識がないと、何について話しているのか分からなくなってしまいます。

 例えば皆さんは日本語をお話しになりますけど、では脳外科手術の方法について日本語で話してください、専門用語も省いていいですよといわれても話せないですよね。専門領域の知識について、通訳はものすごく時間をかけて勉強するのです。

 これは知人から聞いた話です。ある日本の製造業が、海外の政府機関の監査を受けることになったそうです。そのための通訳を頼もうとしたけれどコストが高いと思ったのか、担当者が知り合いの大学の先生に通訳を頼んだそうです。英語が専門の先生なのでもちろん語学はできるでしょうが、その業界の専門知識はありません。その結果、その企業はより厳しい監査を受けなくてはならなくなり、数千万円のダメージを被ったそうです。実際は企業側に問題はなかったのに、通訳者が内容をよく理解できていなかったため、何かを隠そうとしているのではと監査する側が誤解したのではないかと。あり得る話だと思います。

■1時間の通訳には30~40時間の準備が必要

(写真:アフロ)

津田 高松さんはいろいろな方の通訳をされていますが、お仕事をお断りすることはあるのですか?

高松 通訳をする以上は絶対に断らないと決めています。それぐらいの気持ちでいないと、考えはじめてしまうとあれも不安、これも怖い、と全部断っちゃうと思いますよ。

津田 そうなんですね!

高松 例えば、アベノミクスの理論的支柱である内閣官房参与の浜田宏一さんの記者会見で通訳をしたときは、ご著書を読んでもほとんど分からなかったので、経済に詳しい方に基本的な講義をお願いしました。後で浜田さんはとても喜んでくださっていました。分からないからと断りはじめると結局すべて断ってしまうことになってしまいます。どんな世界でも奥は深くて専門用語は多くて、勉強しないと分からないですから。

津田 例えば1時間の通訳をするためには、どれぐらいの準備の時間が必要ですか。

高松 30~40時間です。だから、ペイしないですよ。よく、15分間の通訳なのに半日料金なのかと言われますが、15分しかなかったら不慣れな通訳だと「こんにちは、さようなら」くらいで終わってしまいます。首相の立ち話の逐次通訳だと、首相は15分のうちの4分の1、実質的には数分しかしゃべらないわけですから、その時間のなかでどれだけ要点を絞って実のある話ができるかなんです。

津田 1時間の通訳のために30~40時間の準備なら、15分だったらもう少し短いのかとついつい思ってしまいますが、そのようなことはないのですね。

高松 フィギュアスケートの世界みたいなものだと思いますね。実際の本番勝負は数分間の限られた時間ですが、その背後には膨大な練習と準備の時間があるわけです。事前に資料があるのなら、可能な限り早くいただけるほうがいいですね。

 特に大変なのは、専門家同士の業界の会議の通訳です。記者クラブの通訳などはまだ楽です。聞いている人はある程度、一般の人たちですから。ただ、記者クラブでもちゃんと仕事をするためには常にニュースを追っている必要があります。それだけで毎日4、5時間はつぶれます。何が出てくるか分かりませんから。

 今はインターネットが普及したのである意味、楽ではあるのですが、通訳の負荷は大きくなっているんです。ネットがあれば本当に際限なく勉強できますから。集中的に勉強しても、仕事が終わったらすべて忘れてしまうんです。疲弊してしまって。

津田 私たちが受験のために、直前に集中して勉強するような感じでしょうか。

高松 私には息子が2人いるのですが、成績はごく普通でした。私がちょうど通訳の勉強を始めたころに受験期と重なりまして。「お母さんはいつも受験勉強をしているみたい」と言われました。常に調べたり、勉強したりという状況が普通だと思っていたみたいです。その後、2人とも良い大学に行きました。常に勉強しなきゃいけないという環境に慣らされたんですね。

津田 環境は重要ですね。私の友人でTOEICで満点を取った人も、娘さんの受験期に一緒に勉強したと言っていました。

(写真:菅野勝男)

■日本人の本質を海外の人たちに理解してほしい

津田 さきほど、お仕事は断らないとおっしゃいましたが、いろいろな分野の専門的な勉強を短期間でこなしていくのは実にハードなことだと思います。その中でプロフェッショナルとして続けられているのは、何がモチベーションになっているのでしょうか。

高松 私は海外で育っていますので、海外で日本人がどう見られているか、特に日本人に対する悪いイメージを知っています。成人後に日本に来るまで、私も自分の家族以外の日本人全般にはあまりいい印象がありませんでした。でも日本に来てからは、日本人は一人ひとりちゃんと意見も持っているし、いい人たちなんだと思うようになりました。それを海外の人々にも理解してもらいたい、というのが一番のモチベーションですね。

 私は米国南部の田舎育ちなので、この世に通訳とか翻訳という仕事が存在することも知りませんでした。だいたい米国人は、世界中の人は上手下手はあっても英語をしゃべると思っていますから。価値観というのは子どものころにできてしまいますから、今でも心の中では別に憧れの仕事とは思っていないんですね。ですから喜んでもらえればありがたいし、何か役に立っているという実感がこの仕事の原動力だと思います。

津田 これまでにいろいろな方の通訳をされて、中にはやりづらいこともあったのではと思いますが、どのような気持ちで臨まれていらっしゃるのですか。

高松 さきほども言いましたが、通訳というのは話す人の「分身」なんです。通訳している間はいわば女優と同じだと思います。その何分かの間はこの人の代わりに、この人のためにということで頭がいっぱいなので。でも人間ですから時々は、クライアントになってくれそうな方がその場にたくさんいたら、うまいと思ってくれるかしらとか、後で名刺くださいと言われるかなと自分のことを考えはじめることもありますが、そうすると必ずつまずいてしまうんですね。

 失敗が許されなかったり、注目を浴びる場での本当に緊張する仕事もあります。そういう時はいつも5分前にトイレに行って鏡を見るんです。今どんなに悩んだって、5分後に突然知識が増えるとか、10歳若返るとかあるはずがないし、この1時間の仕事が終わったとたんに天災が起きるかもしれない。ですから、この1時間を一生懸命楽しんで、話し手が訴えようとしていることを一生懸命伝えよう、と思うと気が楽になるんです。

 自分の仕事がどう評価されるかなどと考え始めたら、そのストレスに耐えられないと思います。今の自分の緊張よりも話し手のプレッシャーの方が100倍大きいと思いますから、その人をできるだけ助けてあげたい、という気持ちも原動力の一つになっていると思います。

[明日の記事に続きます]

[協力:東京さぬき倶楽部(別館 花樹海)]

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