新たなものづくり、3枚の名刺で「異能vation」
テクノロジーにファッションのような楽しさを
新しいものづくりのスタイルを広げるべく、会社を設立。
自分らしく働くために、働き方も開拓。
平成27年度の総務省「異能vation」プログラムの14人に選出。
出産を間近に控えたいまも、さまざまな挑戦を続けています。
――「ものづくり」を軸に、3つの名刺で仕事をしています
現在、私は3枚の名刺を持って仕事をしています。一つは「ものづくり系女子」という名刺、一つは昨年夫と立ち上げた会社の名刺、そしてもう一つはアパレル・セレクトショップの広報としての名刺です。
「やりたいことを全部やったらこうなった」と説明するしかないのですが、活動の核になっているのは「ものづくり」。なかでも3Dプリンターを使ったコンサルティングや情報発信が活動の中心です。
これまではメーカーの工場でしか扱わなかったような技術や製造マシンを個人や家庭のレベルに持ち込み、気軽に楽しむものづくりを「FAB(ファブ)」カルチャーとして提唱しています。「FAB」とはFabrication(ものづくり)とFabulous(すてきな)の頭文字から取った言葉で、米国のマサチューセッツ工科大学から世界に広がっている、ものづくりのムーブメントです。
――テクノロジーのセレクトショップ、はじめました
昨年立ち上げた会社は「FAB」を具現化するためのもので、「Little Machine Studio」というスタジオを開き、さまざまなメーカーのものづくりのマシンをそろえました。いわばテクノロジーのセレクトショップです。
FABカルチャーを発信するプレススタジオとして機能するとともに、デザイナーやクリエイターなどエンジニア以外の方にもマシンをご利用いただいています。一見難しいテクノロジーの世界をわかりやすく伝えたり、テクノロジーの世界に大衆感覚や女性視点を持ち込んだり。翻訳者のような立場で仕事をしています。
――そもそも丸の内OLになるはずが……
私は現在30歳です。就職活動時に「新丸ビルで働きたい」と思い(笑)、当時ものづくりベンチャーとして注目され、新丸ビルにオフィスを構えていた製造コンサルティングの会社に事務系総合職として採用されました。しかし、研修を終えて配属されたのはセールスエンジニア。丸の内OLの夢はあっけなく打ち砕かれました。
でも、この配属がすべてのはじまりであり、最初にして最大の転機だったと思います。配属前の新人研修は3カ月間、本社と工場を行き来しながら行われたのですが、車を1台支給されて自分たちで解体するなど、文系出身だった私には新鮮なことだらけ。大変でしたが、おかげで図面の読み方から3次元CAD(コンピューターによる設計)まで、ものづくりの基本を身につけることができました。
――せっかくやるなら楽しく、自分らしく!
セールスエンジニアとして担当することになった商品が、3Dプリンターでした。当時現場では「積層造形」と呼ばれていました。
せっかくやるなら楽しく自分らしく働きたいと思い、外回りをしない女子3人のインサイドセールスチームを結成。電話やメールによる迅速な対応でお客様のニーズをつかみ、1カ月で1000万円も売り上げることに成功しました。入社してまだ半年ごろのことです。
私たちは決してものづくりのプロフェッショナルではありませんでしたが、たとえばチェックリストづくりなどの小さな気配りや、細やかなフォローアップを心がけたことが、小口のお客様の心をつかんだのだと思います。うれしかったです。
――リーマン・ショックを逆手にとり、個人向け新サービスを提案
そんななか、リーマン・ショックの波が製造業界を襲います。発注が減りマシンが稼働していない状況を見た私は「それならば」と、今まで余裕がなくて対応できなかった「個人向けの3Dプリンターサービスをやりたい!」と役員会議でプレゼン。新規事業を立ち上げることになりました。
ただし、「今の仕事をやりながら」が条件となり、実質的に0.5人で新事業部をスタートしました。毎日終電後に徒歩で帰宅、土日も仕事、一番ストイックに働いた時代ですね。2年後にはなんとかサービスを軌道に乗せることができました。
――ものづくりと仕事を切り離すため、異業種へ転職
そんな過酷な新事業と並行して、プライベートではSNS(交流サイト)上で「ものづくり系女子」を名乗り、AKB48をモジって「CAD48始めます!」と宣言。それを機に、趣味や仕事でものづくりに関わる女子たちのゆるやかなコミュニティーができ、集まってくる情報を発信するようになっていきました。
当時3Dプリンターを語る女性はいま以上に珍しかったですし、アドバイザーとして意見を求められる場面などが増え、個人としてよりフラットに、より自由に発言したいと感じるようになり会社を辞めることにしました。
その後、別の会社でも働いたのですが、やはり活動と仕事の折り合いをつけるのが難しく、「ものづくり系女子の活動は自分個人のものとして完全に仕事とは切り離そう」と決意。異業種で職探しをすることにしたのです。
――セールスで養った伝える熱意が「広報」という仕事につながった
異業種に転職を決めたのはいいものの、4年間でやってきたことは、とにかく3Dプリンターの魅力を伝えることだけ。そんな時、アパレルセレクトショップの「広報」の募集記事を見つけました。
広報の仕事は魅力を伝えるという意味でこれまでの仕事に近いかもしれないと思い、募集要項に「ゴリ押しマネジャー募集」と書いてあったことにも背中を押され、まったく知らないファッション業界へ。いま私が持ち歩いている3枚目の名刺は、この会社のものです。
一次面接ではひたすら3Dプリンターについて話し、大失敗をしました。奇跡的に二次面接に呼ばれた時には「この会社と私の関係は……」「これまでとこれからをつなぐものは……」と考えを巡らせ、レーザーカッターを使ってそのショップの世界観をイメージするオブジェのようなもモノをつくって持参。晴れて採用となりました。
聞くところによると、「3Dプリンターのことをあれだけ熱く語れるなら、うちのことも熱く語ってくれそう」というのが採用理由だったとか(笑)。ラッキーとしか言えませんが、私はつねに「この人となら新しいことができるかも」と、楽しそうな予感を感じてほしいと思っているので、それは伝わったのだろうと思います。
――「さすがに無理かも」と感じても、思いをぶつけてみる!
しかし、その後もものづくり系女子の活動は広がっていき、両立に悩みました。思い悩んだら、素直にその気持ちをぶつけてみるのが私のやり方。「アパレルの広報という仕事の面白みも感じているけれど、ものづくり系女子の活動ももっとやりたい」という正直な気持ちを上司に話し、正社員から契約社員にしてもらいました。
さらに、「ものづくりの時間がもっとほしい」と週2日出勤の契約に変えてもらったり、「自分たちで会社をつくりたい」と起業して会社間の契約に切り替えてもらったりして、現在に至ります。
私の活動を面白がって理解してくれる人がいることが大きいとは思いますが、「この要望は通らないだろう」と思うようなことでも、熱意をもって伝えてみるものですね。
――働き方や雇用形態を変化させるのは自然なこと
自分らしく楽しく働き続けていくためには、働き方を提案したり雇用形態を変えたりすることは、むしろ自然なように感じます。「そんなことってやっていいの?」と思うようなことも、実は他の業界では当たり前、ということもあります。
建築デザインの仕事をしている夫と立ち上げた会社では、2人で取り組むものもあれば、それぞれが進める案件もあります。私はこのビジネスの世界でミュージシャンのような活動ができたらいいなと思っています。
作品ができたらアウトプットする。バンド活動をする時もあればソロ活動をする時もある。ミュージシャンが絵を描いたり、演技したりすることがあるように、普通のビジネスの世界でも皆がもっと自由に活動していけたらいいと思っています。
――数年先は想像できない。チャレンジを続けるのみ
私はいま妊娠8カ月です。初めての出産を前に、いつまで働けていつから仕事を再開できるのかなど、わからないことだらけです。でもこれまでの人生で自分の予想を裏切ることが次々と起こってきたので、それに比べれば出産は、とりあえず何カ月後かに人間の子供が出てくることが予想できますから(笑)。
先日お腹の子の4Dスキャンをとったので、3Dプリンターで形にしてみようかと思っています。数年先のことは、想像できません。1年後の自分が、今の自分では想像できなかったようなことをやっているといいなと思います。これからも毎日、チャレンジを続けていきたいです。
株式会社wip取締役/Little Machine Studio代表/Lamp harajuku広報
大分県生まれ。2008年から製造コンサルティングの会社で3Dプリンターのセールスエンジニアとして勤務。11年ごろ、SNSを利用して「ものづくり系女子」の活動を開始。12年、アパレルセレクトショップ「Lamp harajuku」の広報に。15年、株式会社wipを設立するとともに、デジタルものづくりマシンに特化した情報発信スペース「Little Machine Studio」を開設。著書に『3D Printing Handbook』(2014)。総務省の「異能vation」プログラムの14人に選出(平成27年度)。大分県立芸術文化短期大学非常勤講師。現在、第一子を妊娠中。
●取材後記
製造業で働いていた父親の影響で、小学生の頃から「日経ビジネス」を読んでいたという神田さん。情報にも敏感で、「ふだんから言葉の手触りや情報の性格、トーン、人となりを大切にしています。特にその情報や言葉が実体験から発信されている一次情報であるかどうかが重要で、一次情報にはお金を払う価値がある。そう思って情報をキャッチしたり、発信したりしています」。これには取材陣一同、思わず大きくうなずきました。
また、「この記事も、読んで終わり、ではなく、もし私に興味が湧いたら気軽に連絡してきてほしいです。もはや情報は一方的ではなく双方向でやりとりするものですから」とのこと。テクノロジーによって便利になった社会を、どう活用するか、どう楽しむ、どうつながるか。すべては自分次第。門戸は常に開かれているのですね。
神田さんの活動や「Little Machine Studio」の最新情報 http://w-i-p.jp/lms/
衣装提供:Lamp Harajuku http://lamp-harajuku.com/
[2016年4月7日公開のクラブニッキィの記事を再構成]