ザトウムシが造るミステリーサークルの正体
コスタリカ大学の後輩が、カリブ海側の熱帯雨林でザトウムシの行動について研究を始めたというので、そのフィールドを訪れることにした。日本に一時帰国する直前、1月半ばのことだ。現場にはブラジルからザトウムシの専門家たちも来ていて、新しい刺激をいろいろいただいた。今回は最新情報も含め、ザトウムシのことを少し書いてみよう。
さてザトウムシを細長い脚を持つクモだと思っている人は少なくない。ザトウムシはクモでも昆虫でもない。クモと同じく脚の数は8本だが、ハッキリとした違いがある。例えば、この表のような具合。
ザトウムシは、クモとちがって頭胸部と腹部の間にくびれがない。前から2番目の脚が他の脚よりも長く伸びていて、歩くというよりも、昆虫で言う触角のように周囲を探る役割を果たすものが多い。探りながら歩く様子が、ザトウムシ(座頭虫)の名前の由来なのだろう。最近の研究では、クモよりもサソリやカニムシなどのグループに近いとされている。
ザトウムシは世界中に分布していて、前回紹介したガガンボのような細長い脚をもつものが多いが、熱帯アメリカにはカニのようにガッシリとした体格でカラフルなものもたくさん生息している。これまでに6500種以上が記載され50近くの科に分類されている。日本にいないグループには、科の和名がないこともしばしばだ。
その中でもコスタリカでよく出会うのが、比較的カラフルなコズメティディ(Cosmetidae)科のザトウムシだ。以前住んでいた首都サン・ホセ近郊の街中にもいた(下の写真)。
今、ぼくが住んでいるモンテベルデの家の周りでも、幾種ものコズメティディ科のザトウムシを見かける。昼間は見かけないが、暗くなってから庭を歩くと、草木の上に出てきたり、地面を徘徊したりしていて、鮮やかな模様が懐中電灯の光に浮かび上がる。
ザトウムシは雑食性で、小型の昆虫やミミズ、生きもののふん糞や死がい、キノコや落ちた果実などを食べる。10年ほど前、キリギリスの仲間をおびき寄せようとして、タマネギの破片を林道沿いにまいておいたら、キリギリスではなく、ザトウムシとアギトアリがタマネギの汁を舐めにやって来ていたのを覚えている。
よく考えると、ザトウムシが虫などを捕食している場面には、これまでにそれほど出会っていない。それよりも、蜜に集まっているところに出会うことが多い。例えば、モンテベルデの家の庭では、ランの花の蜜にやって来ているところをよく見かける(次の写真)。
ビワハゴロモが放つ甘いオシッコ(排泄物)を舐めにやって来ていたのも印象的だった(次の写真)。
上の写真の「ミステリーサークル」に佇むザトウムシと出会ったのは2005年の11月、キリギリスの専門家である友人のピーター(Dr. Piotr Naskrecki)とカリブ海側の低地の森へ、カギムシという生物を探しに出かけたときのことだった。
ぬかるんだ場所や暗い川沿いを歩き、柔らかくなった倒木を動かして進む・・・毒蛇がわんさかいそうな場所だ。
カギムシは見つからなかったが、円形に積み上げられた土とその中に佇む1匹のザトウムシを見つけた。ミステリーサークル? オモシロそうだ。
調べてみると、パナマに「巣」を造るザトウムシがいることがわかったが、専門家によると、これとは違う種とのこと。やがて専門家の間で新種かもしれないという「うわさ」が巻き起こったが、数年前にそうではないことが判明した。
このザトウムシは、ポアッサ・リンバタという種だった。生態はほとんどわかっておらず、現在、ぼくの後輩が研究をしている。
このザトウムシのミステリーサークルのような「巣」は、雨をしのげる場所、たとえば倒木が重なり合うところや木の幹の表面などに造られる。巣を造るのはオス。直径3~4センチの円形に土を盛り、壁を造る。円の内側にも土を敷き詰める。そしてメスがやって来るのを待ち、交尾の後、「巣」の中に卵を産んでもらう。産卵後メスはどこかへ行ってしまうが、オスは引き続き「巣」の中に留まり、こどもたちが生まれてくるまで卵を守る。言い換えると、メスが産卵する場所をオスが用意して子育てをするということだ。
ふと2015年の世界の新種トップ10にも輝いたフグの仲間、アマミホシゾラフグを思い出した。奄美大島の海底に「ミステリーサークル」を造り、メスに卵を産んでもらうあたり、このザトウムシとよく似ている。
卵を守るということで言えば、2015年の半ばにモンテベルデのぼくの家の近くで新発見があった。別のザトウムシの仲間のオスが、卵を葉の裏で守っているところを学生の1人が見つけた(下の写真)。ブラジルから調査に来ていたザトウムシの専門家のグラウコ・マチャド博士によると、この亜科のオスが卵を守る習性は、これまでに知られていなかったという。
ザトウムシはぼくの専門外だが、その分野に詳しい人たちと連絡を取ったり、協力し合ったりすると、身の周りのワクワクがどんどん広がって楽しい。
ザトウムシの同定は、ビクター・タウンセンド博士(Dr. Victor Townsend)とグラウコ・マチャド博士(Dr. Glauco Machado)にお願いしました。ザトウムシに関する情報や協力をエミリア・トゥリアナ(Emilia Triana)とロサネット・ケサダ(Rosannette Quesada)に仰ぎました。ありがとうございます!
1972年、大阪府生まれ。中学卒業後に米国へ渡り、大学で生物学を専攻する。1998年からコスタリカ大学でチョウやガの生態を主に研究。昆虫を見つける目のよさに定評があり、東南アジアやオーストラリア、中南米での調査も依頼される。現在は、コスタリカの大学や世界各国の研究機関から依頼を受けて、昆虫の調査やプロジェクトに携わっている。第5回「モンベル・チャレンジ・アワード」受賞。著書に『わっ! ヘンな虫 探検昆虫学者の珍虫ファイル』(徳間書店)など。本人のホームページはhttp://www.kenjinishida.net/jp/indexjp.html
(日経ナショナル ジオグラフィック社)
[Webナショジオ 2016年3月8日付の記事を再構成]
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