失恋したときは「ワンランク上の靴を二足買う」
美容ジャーナリスト・齋藤薫さんのエッセイを昔から好んで読んでいます。男であり、いい齢のオッサンである私に女性向けの美容もファッションも役立つものではありません。
しかし、彼女のエッセイをよく読むと性別も年齢も超えて響くところがあるのです。
それは彼女のメッセージが、日々の生活に疲れ、老いの宿命に肩を落とし、複雑な人間関係に立ちすくんでいる人たちに対し、「服」という極めて日常的なアイテムを通して、再び行動するための「きっかけ」をたくさん用意してくれているからです。
例えば失恋したとき。
齋藤薫さんは、「失恋前よりもワンランク上の靴を買うこと」と言っています。
失恋の傷や妬みといった負の感情を残さずに、「すくっとすがすがしく立ち上がる」ために靴を買う。
それも一足ではただの一張羅に見える。失恋を忘れるための衝動買いのように感じてしまう。だからワンランク上の靴を二足買うべきだと提唱しています。
人生における「服」を身にまとう意味
こうした辛い時期の立ち直り方については、男女の違いや年齢差はほとんど関係ありません。古い自分から脱皮するコツを、齋藤さんは靴を通して教えてくれているのです。
齋藤薫さんの多くの著作の中でも、この一冊はどこか違う匂いがします。どの本も示唆に富み、読み終わると前向きな気持ちになるものばかり。しかしこの本には「悟り」に似たものを感じるのです。
それは12年も前に書かれたエッセイを新書にしていることと無縁ではありません。齋藤さん自身がちょうど、「何を着ても似合わない」「着るものがない」と悩む時代に書かれているのです。
「おしゃれすることが幸せにつながらない」そんな負の感情を心に持ちながら書き進んでいます。
だから楽しく着飾るための服ではなく、なんとかして自分を取り戻す服、前へ進む一歩になるファッション論が展開されているのでしょう。
10年以上の月日を経て、齋藤薫さんはこの本を「不思議なことに書き直さなければならないところはあまりなかった」そうです。それだけ、その人が人生において服をまとう意味に肉薄している。私には立派な生き方の指南書に思えるのです。
この本を買い求めたら、ぜひあなたのパートナーにも読ませてあげてください。「彼との運命度はカジュアルの相性で決まる」「男も結局『頭のいい女』ガ好き」「一時間に一回、鏡を見ろ」など、男にとっても参考になる話が満載。
ふだん、何の気なしに見ているファッションの裏側に、停滞から抜け出そう、危機を切り抜けよう、立った岐路から一歩踏み出そうとする女性たちの思いが隠れていることをパートナーが知ることは、あなたにとっても悪い話でありません。
服で人生は変わる。変える転機を与えてくれるのがこの一冊です。
(文 ひきたよしあき)
博報堂クリエイティブプロデューサー。早稲田大学卒業後、博報堂に入社。クリエイティブ局で、CMプランナー、クリエイティブ・ディレクターを経て現職。明治大学で教鞭をとるかたわら、朝日小学生新聞にコラムを連載。年間約1000本のコラムをfacebookに投稿し、幅広い世代から圧倒的な支持を得ている。著書に「あなたは言葉でできている」(実業之日本社)「ゆっくり前へ言葉の玩具箱」(京都書房)。facebook:www.facebook.com/yohikita
[nikkei WOMAN Online 2016年3月28日付記事を再構成]
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