女性活躍新時代 数値公表や「三つ星」認定で
日経BPヒット総研所長 麓幸子
「職場に労働局の担当者から届け出がまだ出ていないと連絡がきて慌てた」
「いろいろな思惑があって進まなかったが、ようやく行動計画が経営会議を通ってほっとしている。早く届けないと……」
2016年4月1日に女性活躍推進法が施行された。この法律により、従業員301人以上の企業は、女性登用について数値目標を含む行動計画の策定と公表および女性活躍に関する現在の数値の公表が義務付けられた(300人以下は努力義務)。301人以上の企業は、施行前日までに労働局への届け出を終了しなければいけないとあって、冒頭に紹介した声のように、企業の女性活躍担当者にとってはかなり時間に追われた年度末となったようだ。
この法律のポイントは、行動計画の策定と現在の数値の公表にある。つまり、企業の女性活躍の度合いをステークホルダーに「見える化」するということだ。男女雇用機会均等法が施行されて30年、この法律によって「女性活躍の見える化」時代に突入した。
認定制度「えるぼし」で「三つ星」企業も
女性活躍の認定制度も始まる。女性の活躍推進の取り組み状況が優良な会社は、厚生労働相の認定を受けられる。認定を受けると専用のマーク「えるぼし」を商品や広告、名刺、求人票などに付けて、女性活躍推進企業であることをPRできる。満たす評価項目の数によって、取得できる認定段階が3段階に分かれており、えるぼしマークの星の数で「一つ星」から「三つ星」まで表される。つまり、数値の公表や認定マーク等で、学生、消費者、取引先、投資家などなどさまざまな利害関係者に対して、「女性が活躍している会社はここです」とすぐにわかるように示すわけだ。
女性活躍に関する情報の公開先として、厚労省は、「女性の活躍・両立支援総合サイト」内に「女性の活躍推進企業データベース」(http://www.positive-ryouritsu.jp/positivedb/)を用意した。16年4月7日時点で、2709社が情報をアップしている。公表社数が少ないように感じるが、サイトには、新規登録が大変集中していて最短で2週間要するとのおわびが掲載されている。またYOMIURI ONLINEは施行当日の16年4月1日に、サイトに登録が集中したため、5280件が積み残されたと報じた。
「三つ星認定をもらえると思ったのにまだ連絡がない」と言うのはある企業の担当者。三つ星どころか、えるぼし認定はまだ1社もない。認定作業も登録同様に遅れているのだ。厚生労働省に聞いたところ、「人員を増やすなど対応しているが作業が遅れていている。認定をいつまでに出すと期日を明確に示せない」とのこと。この対応の遅れに対して「あんなに急かしたのにそれはないのではないか」「締切直前に集中することは予測できたのでは」との困惑の声が企業側から上がっている。
さて、この専用サイトでは、業種別、都道府県別、企業規模別に企業が見られるようになっているが、企業を横並びして女性活躍状況を比較して見られることにインパクトを感じる一方、難しさも感じた。
公表項目に頭悩ます企業
企業を取材していると、行動計画の策定よりも、公表項目を何にするかに頭を悩ませているところが目立った。女性採用比率、女性社員比率、男女の平均勤続年数の差異、1カ月の平均残業時間、女性管理職比率など定められた14項目から1つ以上選択し公表する。
厚労省は、公表範囲そのものが企業側の女性活躍推進に対する姿勢を示すものになり、求職者などの企業選択の要素となることを留意するよう企業に呼びかけている。大手企業では、できるだけ多くの項目を公表するようにグループ企業に呼び掛けているところもあるが、企業が慎重に公表項目を選ぶ裏には、数字がひとり歩きして間違ったように解釈されてしまう恐れもあるからだ。
例えば、同じ地域、同じ業界のライバル企業の場合――A社は、14項目すべてを公表している。かたやB社は5項目しか公表していない。厚労省の意向に沿っていうと、A社のほうが企業の女性活躍推進に真剣であるように思う。B社は社外にアピールしたい数字のみを選んだのだろうが、かえって公表されていない項目が気になる。しかし、女性管理職比率という、女性活躍の最も重要な項目では、A社は1%未満だが、B社は20%を超えている。この場合、ステークホルダーはどちらが好ましいと思うだろうか。
また、違う業界の会社間を比較する場合(就活生が複数内定をもらってどこに入社するかを決める場合など)は、注意が必要だ。女性管理職比率が高いほうが女性活躍が進んでいるとは必ずしもいえない場合があるからだ。
例えば、製造業C社は女性社員比率10%で女性管理職比率10%、金融業D社は女性社員比率50%で女性管理職比率が20%だった場合、女性管理職比率だけで見ると一見D社のほうが女性活躍が進んでいるようにみえる。しかし、女性を採用しにくい製造業において、女性比率が少ないながらも、きちんと育成登用して人材のパイプラインが構築されているC社のほうが進んでいるともいえる。
この法律には罰則規定はない。しかし、いろいろな利害関係者が企業を選ぶ時の判断材料のひとつとして「女性活躍」というものさしが使用できるようになるため、そこに、競争原理、市場原理が働き、そのものが企業の女性活躍を進めるインセンティブになるというのが政府の狙いだ。
しかし、専用サイトを見ると、公表項目が14項目あり、複雑である。どの項目を選ぶかは企業側が決める。伏せられた項目がある場合、その企業の女性活躍度合を推し量るのは、まるでパズルを解いているように悩ましい。企業にとっては「データベース」ではなかなか伝わらない自社の女性活躍の状況を違う形でより丁寧に伝える必要性が高まり、ステークホルダーにとっては、読み解く力、情報リテラシーも必要なようだ。せめて備考欄や、企業が自主的に掲載したい項目を書く自由記述欄は押さえておきたい。
「企業認定等」の項目には、次世代認定マーク「くるみん」や「なでしこ銘柄」が掲出され、それぞれの認定企業・選定企業について分かるようになっている。「えるぼし」認定については、「三つ星が取れそうだから近々申請する予定」「どんな企業が認定されるか見てから申請するかを決める」「この基準ではうちの業界は到底無理」といろいろな声が上がっているが、マークは他企業との差別化に効果を発する。取っておいて得なことは間違いなさそうだ。
日経BPヒット総合研究所長・執行役員。日経BP生活情報グループ統括補佐。筑波大学卒業後、1984年日経ホーム出版社(現・日経BP社)入社。1988年日経ウーマン創刊メンバーとなる。2006年日経ウーマン編集長、2012年同発行人。2014年より現職。同年、法政大学大学院経営学研究科修士課程修了。筑波大学非常勤講師(キャリアデザイン論・ジャーナリズム論)。内閣府調査研究企画委員、林野庁有識者委員、経団連21世紀政策研究所研究委員などを歴任。経産省「ダイバーシティ経営企業100選」サポーター。所属学会:日本労務学会、日本キャリアデザイン学会他。2児の母。編著書に『なぜ、あの会社は女性管理職が順調に増えているのか』『なぜ、女性が活躍する組織は強いのか?』『女性活躍の教科書』(いずれも日経BP社)、『企業力を高める―女性の活躍推進と働き方改革』(共著、経団連出版)、『就活生の親が今、知っておくべきこと』(日本経済新聞出版社)などがある。
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