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ハイヒールにスーツ姿で働く母に憧れ 西野麻衣子さん

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NIKKEI STYLE

 ノルウェー国立バレエ団で、25歳にして同バレエ団初の東洋人プリンシパル(バレエ団のトップバレリーナ)に昇りつめた西野麻衣子さん。ダンサーとして頂点にいる32歳で妊娠、33歳で出産を経験し、出産後はやめてしまうバレリーナも多い中、そのわずか7カ月後に屈指の難役といわれる『白鳥の湖』で主役を演じ切り、トップへ復帰。不屈の精神を持つ彼女に大きな影響を与えたのは、ロンドンに単身留学する15歳まで一緒に大阪で暮らした両親が共に働く姿でした。舞台の上で華麗なお姫様を演じつつも、自ら「大阪のおばちゃん」というほどその素顔は朗らかでパワフルな西野さんに、インタビューしました。

ノルウェーでは1年の育休を夫と分け合える

―― 妊娠から復帰までを追ったドキュメンタリー映画『Maiko ふたたびの白鳥』が日本でも公開されました。映画はキャリアと出産の間で揺れる姿を描いています。

ノルウェーの作品ですが、日本での公開を願っていたのでうれしいです。私は女性がもっと活躍するために、日本にもう少し変わっていってほしいと思っています。2020年に東京オリンピックが開催されますから、国際的な祭典の場にふさわしく、もっとインターナショナルにならないと恥ずかしいと思うんです。私は世界を舞台にしてきて、いつも日本人であることを誇りにしてきました。だからこそ、もっと国際化してほしい。そのためには女性がちゃんと輝ける場所にしていかないといけないと思います。だからこの映画は特に男性に観てほしいです。

―― 出産経験のあるバレエのトップダンサーはとても珍しいそうですね。出産後は夫のニコライさんが5カ月の育児休暇を取ったそうですが、ノルウェーでは自然なことですか。

ノルウェーでは共働き夫婦が多く、有給で取れる1年間の育休期間を夫と分け合うことができる制度があります。男性も女性も働きますから、男性は働く女性をサポートしなければならない状態にあって、それがノーマルです。日本では能力ある女性が大学で専門的な勉強もしてきて、自分を輝かせる場所があるのに、子どもができたら家庭に入ってしまうのはもったいないと思います。

―― ご両親が共働きだったそうですが、お二人の背中を見てきたことが、西野さんの考えの根底にあるのでしょうか。

もし母が働いていなかったら、私の考えも違っていたかもしれませんね。母はいわゆるキャリアウーマンでしたから、働きながら母親役も果たす姿を近くで見てきました。だから自分も母親になった今、頑張れるというのは、もちろんあります。

ハイヒールのコツコツという音が廊下から聞こえてきた

―― 映画では「スーツを着て働きに出る母をかっこいいと思った。私の自慢であり、理想の女性像だった」と話していますね。

子どものとき、小学校、中学校で授業参観があると、主婦のお母さん達は時間より早く来て教室で待っているんです。でも、うちの母は仕事をしていたので、いつもちょっと遅れて来る。そのときに、ハイヒールのコツコツという音が廊下から聞こえるんですよね。そうすると、同級生たちに「あれ、西野のお母さんやろ」って言われて鼻が高かった。当時、スーツやハイヒールで学校に来るお母さんはいなかったので、子ども心に「うちのお母さん、かっこいいな」と思っていたんです。

もちろん、小さいころは朝早く両親が家を出ていって、夜まで祖父母と帰りを待つ日々を寂しいと思っていました。でも、どんなに疲れて帰ってきても、母はすごくおいしい夜ごはんを作ってくれた。仕事をしていても家のことには手を抜かない母だったので、何かが足りないという思いはなかったですね。母としては一日中、わが子と一緒にいたいと思っていたでしょうが。

―― さっそうとしたスーツ姿から、母親が子どものために何かを犠牲にしているのではなく、自分の意志で自分の人生を生きているということを感じとっていたのでしょうか。

そうですね。私が幼稚園のときに描いた絵では、父はもちろんスーツ姿で、母もスーツにハイヒール姿。その絵、今でも残っているんです。まず、他のお母さんと服装が違うというところで、かっこいいという強い印象があったんでしょうね。私も、母のような輝いている女性になりたいという憧れがありました。それが今、バレリーナとしてバレエに打ち込む姿を見て、息子からかっこいい親だと思われたいという気持ちにつながっています。

―― 映画では、妊娠中レッスンをすることや産後もプリンシパルを続けることについて、身重の体を心配したお母さんに「そこまでする必要があるのか」と言われ、西野さんがつらい表情を見せる場面がありましたね。

憧れてきた母に「トップはもういいんじゃないの」と言われたのは、一番ショックでしたね。何でそんなこと言うの?と思い、だから、映画でも涙を流していたシーンがありました。ただ、私のことを心配して出た言葉というのはよく分かっていましたし、私はプロのバレリーナであるけれど、母親としては新米。母は、出産、育児がどれだけ大変かを経験から分かっていたからこそ、そういう言葉を発したんだと思います。

ただ、キャリアウーマンである母と、バレリーナである自分では、体への意識がまったく違う。そういった葛藤を乗り越えて、それでもやりたいと思えたのはプロとしてのプライドですね。これまでの人生で、何もかも犠牲にして達成してきたことを、子どもができたという理由でやめることはできませんでした。子どもができたからバレエを諦めるのは、この世界ではよくあることです。でも、私にとってバレエは人生そのものだから切り離せなかった。今日の私があるのは、バレエがあるからと100%言えます。何かのために諦めるなんてできないんです。

両親の関係と、私達夫婦の関係は似ている

―― お母さんが働く女性のお手本だとしたら、お父さんから教わったものは何でしょう。

理想の旦那様像でしょうか(笑)。父は言葉数こそ少ないですが、とても優しい人。家事も何でもできる人です。私と母は性格がとても似ていてにぎやかなので、父はいつもその陰に隠れてしまうんです。

もし父が何もできない非協力的な人だったら、私の家庭観、仕事観も違ったでしょうね。15歳で英国ロイヤルバレエスクールに留学したいと相談したときも、父は最初こそ驚いたけれど、私の意志が強く、本気だというのをすぐに察してくれました。父の理解がなければ、ここまで来ることができませんでした。

―― ニコライさんとお父さんは似ていますか。

似ているところがありますね。両親の関係と、私達夫婦の関係は似ていますし。夫はすごく優しくて、私のことをよく理解してくれます。育児も家事もたくさん助けてくれます。ここでも私の夢はかなっていますね。

『Maiko ふたたびの白鳥』
全国の映画館にて順次公開中
監督:オセ・スベンハイム・ドリブネス
出演:西野麻衣子
(2015年/ノルウェー/70分/英語・ノルウェー語・日本語)
配給:ハピネット/ミモザフィルムズ
公式サイト:http://www.maiko-movie.com/

(ライター 牧口じゅん)

[日経DUAL 2016年2月18日付記事を再構成]

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