愛する人がトランスジェンダーに 「リリーのすべて」
主演エディ・レッドメイン、来日インタビュー
著名な物理学者スティーヴン・ホーキングを演じた映画「博士と彼女のセオリー」で、アカデミー賞を受賞した英国俳優エディ・レッドメイン。「レ・ミゼラブル」「マリリン 7日間の恋」などでも知られる演技派の彼が今回挑んだのは、世界で初めて性別適合手術を受けた実在のデンマーク人、リリー・エルベという難役。徹底したリサーチと準備を重ね、見事リリーになりきったエディは、本年度のアカデミー賞にもノミネートされました。
3月18日より公開の映画「リリーのすべて」のPRで来日したエディにインタビューする機会を得ました。多くのトランスジェンダーの人たちと会って話を聞き、役作りしたという彼は、本作に主演することの責任や、俳優として演じる役にどう向き合うかなどを真摯に語ってくれました。
まずは、映画のストーリーを紹介します。
1926年、デンマークのコペンハーゲン。風景画を高く評価されている気鋭の画家・アイナー・ヴェイナー(エディ・レッドメイン)と、彼の最愛の妻で、肖像画を専門にしている画家のゲルダ(アリシア・ヴィキャンダー)は、結婚6年目でも新婚カップルのように仲よく暮らしていました。二人はお互いに助け合い、触発し合いながら、忙しい創作の日々を送っていました。
ある日、二人の運命が激変するきっかけとなる出来事が起きます。ゲルダが肖像画を描いているバレエダンサーのウラ(アンバー・ハード)がアトリエに来られないとき、ゲルダはアイナーに、彼女の代わりに足元のモデルになってほしいと頼みます。渋々ストッキングとサテンの靴を履き、白いチュチュを腰に当ててポーズを取るアイナー。
最初は気恥ずかしい思いをしたものの、これまで感じたことのない恍惚感がアイナーにこみ上げてきました。その瞬間から、アイナーは自分の内側に潜んでいた女性の存在を意識するようになります。
その後、ゲルダが遊びのつもりで、芸術家の舞踏会に女性として出席してはどうかとアイナーに提案。乗り気になったアイナーは女性の格好で、「アイナーの従妹のリリー」として舞踏会に出席します。
舞踏会でヘンリク(ベン・ウィショー)という男性に口説かれるアイナー。それを目撃したゲルダは不安になりますが、アイナーは自分の内面は女性である「リリー」だと強く意識するようになっていきます。
愛する夫アイナーを失うことを恐れるゲルダは葛藤しますが、愛しているからこそ一番の理解者となり、「リリー」が女性の肉体を得ようとすることへの協力を決意します。ゲルダは永遠にアイナーを失う寂しさを押し隠し、笑顔で励ましの言葉を贈るのですが……。
エディは、内面から女性になっていく主人公を秀逸に演じており、とても素晴らしいのはもちろんのこと、ゲルダを演じたアリシアも、複雑な心情を見事に演じきっています。
もしも愛する人が性別適合手術を決意したとしたら、相手を支え、応援することはできるだろうか。ゲルダのように深く愛し続けることはできるだろうか。そんなふうに考えながら本作を見ました。ゲルダとリリーの愛と絆を尊敬せずにはいられません。そして、誰も挑戦することがなかったことに命がけで挑んだリリーの勇気も、心から尊敬に値すると思いました。
実話を基にした珠玉のラブストーリー「リリーのすべて」。それでは、エディのインタビューをお届けしましょう。
1982年1月6日生まれ、イギリス・ロンドン出身。「博士と彼女のセオリー」でアカデミー賞、全米映画俳優組合賞、英国アカデミー賞、ゴールデン・グローブ賞の主演男優賞を受賞。主な出演作に、映画「美しすぎる母」「イエロー・ハンカチーフ」「HICK-ルリ13歳の旅」「マリリン 7日間の恋」「レ・ミゼラブル」「ジュピター」、TVミニシリーズ「エリザベス1世~愛と陰謀の王宮~」「テス」「ダークエイジ・ロマン 大聖堂」「愛の記憶はさえずりとともに」などがある。主演最新作「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」は2016年11月23日に公開予定。
――この映画は、リリーの勇気ある物語を伝える、とても意義深い作品ですが、エディさんはリリーを演じると分かった時、どのような役割や責任を担うことになると思いましたか。
脚本を読んで、リサーチを始めたときに、トランスジェンダーのコミュニティーの方々にとって、リリーとゲルダの物語がいかにアイコン的な存在であるかが分かったんだ。さらに、『ジュピター』の製作中に、監督の一人であるラナ(・ウォシャウスキー。トランスジェンダーであり、性別適合手術を経験)が、すごく情熱的にリリーの話をしていたこともあって、僕はとても大きな責任を担うんだなと感じて、奮い立たされたよ。
リリーを演じることが分かって、映画の製作に入るまで数年かかっているんだけれど、その間にもさまざまな年代のトランスジェンダーの女性たちから話を聞いたんだ。みなさん、それぞれの経験をオープンに話してくれて、より頑張らなければという気持ちになったよ。
――演じた後や、映画が公開された後、何か変わったと実感できたことはありますか。
『博士と彼女のセオリー』でスティーヴン・ホーキング博士を演じた時は、スティーヴンとジェーン・ホーキングに会うことができたんだが、演じることの責任の大きさをさらに強く感じた。今回も同様で、多くのトランスジェンダーの女性たちとパートナーに会って話を聞き、その中で特にロサンゼルスに住んでいるケイデンスとトリスターというカップルにたくさん話を聞くことができた。
二人からはたくさん得るものがあったから、彼女たちに完成した映画を見せるのが一番緊張したんだけれど、とてもポジティブなフィードバックをもらえて安心した。ほかのコミュニティーの方たちもよい反応だったんだ。リリーとゲルダの物語は、いろいろな形で描けると思うが、僕たちなりに力をつくした結果、よい反応を得られたのはとてもうれしかったよ。
――映画の中で、アイナーとして生きてきたリリーが、初めて女性の姿で舞踏会に行くことになったとき、彼女は赤くなりますよね。それをエディさんは、とても自然に演じていらっしゃいましたが、リリーの感情をどのようにとらえたのでしょうか。
トランスジェンダーの方々の話によると、子どもの頃から性別に違和感を覚えていた人が多かったようだ。僕はリリーもそうだったと思う。だから、彼女が初めて女性の格好をして出かけるとき、無意識に自然と赤くなったんじゃないかな。
話を聞いた人の中で、ハロウィーンが1年で最も好きだという人がいたんだが、それは女性の姿で出かけても、ハロウィーンなら気にされることがないからだよね。その人が女性の格好でバーに行ったら、男性が声をかけてきたそうだ。その時、アドレナリンがバーッと出てワクワクした気分になったと言っていた。
一方で、もしもトラスンジェンダーであることがバレたら、暴力を振るわれるかもしれないという恐怖も感じていたそうだけれど。そういった話を参考にすると、リリーが赤らんだのは、本来の自分になれるかもしれないという興奮から体が高揚したんだと思う。
――なるほど。アイナーとして暮らしているときのシーンと、リリーとしての自覚を持ってからのシーンの演じ分けは難しかったと思いますが、エディさんの演技は本当に素晴らしかったです。
(照れて笑いながら)残念ながら順撮りというわけにはいかなかったので、午前はリリー、午後はアイナーとしての彼女を演じるというときもあったよ。だから、それに対応できるだけの準備をして、リハーサルをして、撮影に臨むしかないんだ。
リリーを演じることはうれしいことだったから、どの段階のリリーでも演じられるようにしっかりと準備をした。(ゲルダ役の)アリシアは素晴らしい女優だから、彼女との共演シーンでは、演じていると考えずに、リリーにスッと入っていけたよ。どの段階のリリーにもスパッとアクセスできるように準備をするということが、今回のポイントだったと思う。
――今のお話を聞いていても、エディさんがリリーを演じることは必然だったと思うのですが、あえて質問しますね。本作のトム・フーパー監督は脚本を読んで、リリー役はエディさんしかいないと思ったそうですが、その理由は何だと思いますか? エディさんと監督との関係も含めて、ご自身で分析してみてください。
えーっ、それはトムに聞いた方がいいよ(笑)。僕が自分で答えるの?
(しばらく照れてから)トムが監督したTVのミニシリーズで、ヘレン・ミレン主演の『エリザベス1世~愛と陰謀の王宮~』(2005年の作品)に僕が小さな脇役で出演したんだが、彼とはその時以来の付き合いなんだ。それ以降、トムは僕が出演する芝居の全てに足を運んでくれたそうだ。
素晴らしいと思うのは、彼は芝居の感想をただ話すのではなく、キャラクターについて鋭い視点で掘り下げて話すんだよ。いつかまた一緒に仕事がしたいと思ってくれていたそうで、それが『レ・ミゼラブル』で実現したんだ。そして、今回につながったんだと思う。
順撮りできないし、撮影期間も短いという大きなプレッシャーの中、今までの彼と僕の関係性があるからこそ100%信頼し合い、多くを語らずとも、あうんの呼吸で撮りきることができた。そんな監督と一緒に仕事ができるのは、本当に素晴らしいことだ。
――ありがとうございます。そろそろお時間のようなので、最後の質問です。エディさんはホーキング博士やリリーなど、誰もが演じるのが難しいと思うような役に挑戦していらっしゃいますが、その原動力はどこから湧き出てくるのでしょうか。
役者というものは、役をもらえるだけでも幸運だと思うんだ。演じるだけで楽しいと思っていたことを、仕事にできるなんてすごいことだと思う。ホーキング博士やリリーは、自分にとって非常に興味深い人物だから、彼らを演じられるということは、夢を超えるような経験だ。
ホーキング博士役は、実は4~5人断った人がいたそうで、ジェームズ・マーシュ監督から僕のところに電話がかかってきて、「君だったらどう演じる?」と聞かれたんだよ。「僕だったらこう演じます」(その時の様子をジェスチャーで見せながら)とやってみたんだけど、何が正解なのか分からないから、すごく怖い経験だった(笑)。
みんなも同じかもしれないけれど、僕の場合は役をオファーされた時に「やったー!」って思うけど、その直後に「どうしよう、どう演じよう……」って怖くなるんだ。でも僕は、その恐怖心が自分自身を奮い立たせ、もっと頑張らなければと努力を重ねることにつながるタイプのようだ。
僕は怖がりのところがあるから、いつも恐怖心を持っている。失敗することもあると思う。映画を見た人が「エディ、大丈夫か?」と思うような演技をすることもあるかもしれない。だけど、トライし続けることが大切だから、努力を重ねていくしかないと思っているよ。
(ライター 清水久美子、写真 小野さやか)
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