人生後半戦は、納得のしどころ探し
酒井順子さんインタビュー(2)
――子育てしながら働くワーママが増えるなか、仕事の場では、子どもの急な病気などで休む人のフォローや残業など、子どもがいない女性にどうしてもしわ寄せがいきがちです。特に40代の女性にとっては、「お互いさま」とも素直に思えず、損な役回りに不公平感が募るという声も聞きます。
酒井 短期的に見るとそう感じてしまうかもしれません。ただ、子どもを持つ立場での「お互いさま」はないかもしれないけれど、今後、自分が病気をしたり、親の介護などの際にサポートしてもらう場面はあるかもしれない。長いスパンでギブ・アンド・テークを考えていけば、「私ばっかり」という不満も出づらいのでは。互いがそれぞれの背景に思いをはせつつ、助け合えればいいですよね。
――上司の采配も問われますね。管理する側はどんなことを心がけておくべきでしょうか。
酒井 子どものいない女性にもそれぞれの事情や生活があるのだから、都合のいい対象として仕事を押し付けないように気を配ることでしょうね。子持ちと子ナシは互いに気を使いながら共存しているので、そこにうかつな発言をして亀裂を生んだりしないように心がけてもらえれば。
自分にとっての「納得のしどころ」を見つける
――子どもがいないことで肩身の狭さや生きづらさを感じている女性たちが、人生の後半戦を自分らしくハッピーに生きるためには、どんなことを意識すればいいでしょうか。
酒井 結局は「自分にとっての納得のしどころ」を見つけることだと思います。ゆっくり回り道をしながらでも、「これもアリだな」というところに落ち着いていく。でもそれは、子持ちの人も同じです。子どもがいることでたくさんの苦労もあるけれど、これでよかったと思えるように、もがきながら子育てしていくのではないでしょうか。
――「納得感のある生き方」を見つけるヒントはありますか?
酒井 自分の納得感や落としどころも、年齢や時代、状況によって変わってくるので、「こうでなければ」とカッチリ決めすぎないほうがラクでいられる気がします。子どもの有無にかかわらず尊敬できる人はたくさんいます。そういう人から生き方を学ぶのもいいと思います。
能動的に動いて自分なりのスタイルを探すのもひとつの手。いろいろと模索する中で、自分はどんな人間で何に向いているのかが分かってきます。例えば私は、30代から途上国の子どもたちを支援していますが、自分に合った関わり方に気づきました。
――活動に参加するきっかけは何だったのですか?
酒井 ひと言でいうなら「罪滅ぼし感覚」でした。少子化が問題視されている時代に生き、本来なら子供を産み育てている年齢にもかかわらず、何もしていない自分に対して感じていた罪悪感を、せめて経済的な援助をすることで薄くしたいと思ったんです。人は大人になると、「誰かの役に立ちたい欲求」が生まれるといいますが、そうした気持ちもありましたね。支援している子供に会いにラオスを訪れたこともあります。
――そうなのですね。ご自身のなかで何かが変わりましたか?
酒井 もちろん子どもは可愛いし、やりとりを重ねることで心は和みます。でも同時に、直接的な手段で彼らの寂しさを癒やしてあげるといったことには向いていないと気づきました。それが分かってからは、あくまで金銭的な支援、社会に対しては納税という形で間接的に支えていこうと思うようになりました。皆がそれぞれ、自分に向いていることをやればいいというのが私の考えです。
――いろいろトライしてみることで、自分なりの答えがみつかるということですね。仕事で後輩を育てることで、そうした気持ちが昇華される人もいます。
酒井 そうですね。私の場合は誰が相手でも、「育てる」ということが向いていないようです。仕事で「編集者さんを育てるべきだ」と言われても、できることといえばせいぜいおすし屋さんに連れていくくらい。でも、果たしてそんなことで育つのだろうかと(笑)。だから、普通にお付き合いさせていただくなかで、何かを学んでもらえるのならばそれでいいかと。
――「何かしたいけれど、自分にできる貢献が何なのか分からない」という人はどうすればいいでしょうか。
酒井 次世代を作るとか、社会のために役に立つとか、そんな大きなことじゃなくていいと思うんです。ゴミを拾うとか、おいしい料理を作るとか、小さなことで自分の周りの人を喜ばせることから始めるとよいのでは。大切な人や周りの人に気分よく過ごしてもらうことで、次第に自分のなかで満足感が広がっていくんじゃないでしょうか。まずは半径3メートルくらいの人のことを考えられればいいと思います。
――この先、子どもを持たない女性が安心して老後を過ごすためには、どんな力を磨き、どういった準備をしておくべきでしょうか。
酒井 まずはやっぱりお金。子育てをしていない分、確実に浮くお金はあるわけですが、それを旅行や買い物などでつい浪費しがちです。老後のことを考えて、毎月コツコツお金をためておくことは大事かと思います。
コミュニティーをつくって、同じ立場の人と協力体制をとっておくことも必要。私の場合、子どものいない同世代の友人たちとは「なるべく近くに住みたいね」と話していて、実際に同じ区に住んでいたりします。皆で集まってピラティスをすることも。近所づきあいが希薄な世の中ですが、ご近所さんともなるべく交流するようにして、リンゴがいっぱい届いたらおすそ分けしたり、ゴミの係を引き受けてみたり。「ここに中年の子ナシ女性が住んでいます」と分かってもらうことで、災害時の不安も和らぎます。「経済力、情報収集力、コミュニケーション力」を持っているかどうかが重要になってくるでしょうね。
――孤独な老後を避けるためにも、友人同士や地域のコミュニティーなど「横のつながり」を持っておくことが大事ですね。
酒井 結局、どんな立場であっても不安やリスクはあるんです。『負け犬の遠吠え』の反響で意外に多かったのは、「結婚しているけれど子どものいない私は、勝ち犬・負け犬のどちらになるのですか?」という切なる声でした。独身子ナシ女性たちはそれなりにコミュニティーがあるし、開き直って楽しんだりしているけれど、既婚子ナシ女性はママトークにも参加できないし、周囲からいろいろ言われやすく、居場所がなくて辛いんだと知りました。
ママたちだって、産んだら産んだで新たな悩みが出てくるんです。子供が1人だけというのはヒエラルキーの一番下で、2人産まないと本当のプレッシャーからは解放されないとも聞きました。さらに、2人以上でも子供の性別によってヒエラルキーが分かれるなど、子持ちの世界も微妙なグラデーションがあります。そうした点では、子ナシ同士はシンプルで比較的平等だから、気持ち的にはラクなのかなと。
――立場が違えば悩みも違うし、抱えるリスクも違う。得られなかったものが良く見えてしまうのは、人間のさがかもしれません。一歩引いて視野を広く持つことで見えてくるものもありますね。
酒井 子育てをしていない間に、人として積んだ経験はたくさんあるはずです。自信を持って、けれども謙虚に生きていければいいですよね。
(ライター 西尾英子)
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