女性管理職の比率、数値目標は必要?
あえて掲げません
東京海上日動火災保険は女性社員の育成・登用に積極的に取り組んできた。3月時点の女性管理職比率は約6%で、社内から2人の女性執行役員が生まれている。だが同社はあえて、4月以降も女性管理職の短期的な数値目標を設定しないと決めている。
「数字はあくまで結果」
「数値目標を掲げてしまうと、達成のため、あるいは女性だから管理職に登用されたとの誤解が生じかねない。本人にも周りにも望ましくない」と大場肇常務は話す。「数字はあくまでも結果。数値目標に主眼を置くのでなく、女性リーダーの育成など課題をどう解決するかに注力すべきだ」
2004年に東京海上火災と日動火災が合併した際に「一般職」を廃止。転勤を伴う「全国型」とそうでない「地域型」を設け、地域型の社員でも管理職に就けるようにした。13年には中堅社員向けのリーダーシップ養成研修を新設。性別にかかわらずリーダーになれる社員の育成に力を入れてきた。
「着実な育成策に注力」
なかでも注力するのが、各職場で根付く職場内訓練(OJT)だ。永野毅社長主導で進める「期待」し「鍛え」、「活躍する機会と場を提供」する「3つのK」を基に、上司が部下の成長に合わせてきめ細かく指導する体制を整える。結果、昇進する女性社員が自然な形で増え、女性管理職は04年の8人から16年4月には202人になる見通し。課長代理などの「準リーダー層」の女性は04年の173人から16年4月には436人に増える。
87年に一般職で入社した東東京支店次長の三浦時子さん(49)は「常に一歩頑張れば達成できるという役割を与えられて鍛えられてきた」と振り返る。「きちんとステップを踏んで経験を積んできたことは自信になる」。4月から、部長クラスの支店長への昇格が決まった。「不安はある」と話すが、「これまでの経験をいかして部下を理解し、全員の活躍の場を作れるリーダーになりたい」と力を込める。
同社は人材育成をさらに強化するため、4月から人事制度を改定する計画だ。ただ、数値目標を立てない場合、企業が強い意志を持って取り組まないと、なにも変わらない可能性はある。大場常務は「経営トップが繰り返し狙いを発信し続け、社員の意識改革を促す必要がある」と指摘する。
もちろん設定します
「このタイミングで部下を持つ管理職になるとは思っていなかった」。2月に5人の部下をまとめるグループ長に昇格した日本航空(JAL)空港企画部企画・安全推進グループの江尻祐子さん(42)はこう打ち明ける。現在は長男(3)の子育てで長く残業はできない。前任者の男性社員はトラブルが発生すると世界中の空港に飛んでいた。間近に見ていただけに、「育児中の自分に務まるのか」と悩んだ。
吹っ切れたのは「君がやれること、できることをやっていけばいい」という夫の一言だった。「前任者と全て同じでなくてもいいことに気がついた。部下に任せられることを任せれば、彼らの成長につながる。周りの力を引き出し、チームとしてレベルアップできるリーダーになりたい」と意気込む。
「全社員の意識高まる」
JALは女性幹部の育成に力を入れる。23年度末までにグループの女性管理職比率を20%以上にする目標を掲げる。4月には初めて女性の代表取締役が誕生する予定だ。植田英嗣執行役員は「会社が今後も発展するために、女性の活躍が経営戦略上不可欠というのを示さなくてはならない」と話す。そのなかで「数値目標は全社員の意識を高めることにつながる」と期待する。
「社会変えるチャンス」
江尻さんは「男性へのデメリットはあるかもしれないが、女性にとってはチャンスと映る」とみる。「女性の活躍は話題になっては消えてきた。中長期の目標作りは今度こそ社会が変わるきっかけになるかもしれない」
ただ、女性を積極的に登用する流れを受けて、管理職に昇進した女性への風当たりが強くなっている面もある。
キリンビールマーケティング近畿圏統括本部近畿圏流通第1支社流通1部の村山わかな担当部長(40)は「数値目標があったから管理職になったと思われたくない」と話す。村山さんは1998年の入社以来、比較的女性が少ない営業を担当してきた。昇進は「出世したいというよりは、これまでの経験をいかし、自分がさらに成長するためのステップ」と位置付ける。
「日本社会は具体的な目標を掲げないと変わらないのかもしれない」と思う。「管理職として後輩の女性社員のロールモデルになれるよう、精いっぱい頑張るのが私の役割」と考えている。
世界的に低い割合
日本の女性管理職比率は世界と比べ低い。「状況を変えるには、ある程度トップダウンで数値目標を設け、課題を『見える化』すべきだ」と日本女子大学現代女性キャリア研究所の大沢真知子所長は話す。
もっとも、達成のために実力のない女性を管理職に登用するのは本末転倒という声は根強い。法政大学の武石恵美子教授は「数値ありきではなく、自社の取り組みを進めるための目標設定を」という。女性の育成が遅れている状況を改善する仕組みを作るなど、対策が不可欠だ。
リクルートワークス研究所の石原直子Works編集長は米国の積極的差別是正措置では権利回復の過程で少数派を優遇することに違法性はない点を挙げ、「不平等を解消するには、女性を成長させる機会をまず与えるのが優先だ」と話す。
(岸田幸子)
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