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本書では吉原先生が小耳に挟んだ「ポリコーとセンコーはやめておけ」という大変ショッキング(?)な話も登場します。要は「警官と学校の先生は、自分から頭を下げて人にものを頼むという経験のない人間である。そのため商売人にはとうていなれない」ということです。

おそらくもう一つ「ポリコーとセンコー(およびお役人および銀行員)」に共通するのは「ルールを奉って頭が固い」ということではないでしょうか。もちろんなんでもありというわけではないですが、「ルールですから」という言葉を盾に、顧客の便宜を図ろうという発想が乏しいこともまた事実でしょう。

慶応大学ビジネススクール 清水勝彦氏

慶応大学ビジネススクール 清水勝彦氏

翻って、みなさんはどうでしょう? 「ルール」あるいは「常識」という言葉に隠れて、本当にすべきことから身を隠したり、あるいは目的すら考えなくなっていたりということはないでしょうか? その方が楽だから。

ルールも常識も他の誰かが決めたものです。その意味でルールや常識に従うというのは実は「相手の土俵で戦う」ということに他なりません。

「自分の病状を説明する前に、この薬は前の患者に効いたからあなたにも効くはずだと医者に言われたらどう思うだろう」とハーバード大学のクリステンセン教授は指摘します。実は経営においてしばしば全く同じことが起こります。他社の成功事例を取り入れようという話です。「ベストプラクティス」「最新の経営手法」も同じです。そして、こうした「流行」は伝染病のように広まり、経営者の考える力(バカ力?)を奪います。

結局経営において「バカな」とは「人の言うことをうのみにしない」「自分で考える」ことと相当近いのではないかと思います。本書を貫くメッセージは「リーダーよ、楽をするな。自分の会社のことをよく見て自分で考えろ」ということではないかと思うのです。

ケーススタディー ドラッカーやジャック・ウェルチの教え

"Thinking is very hard work. And the management fashions are a wonderful substitute for thinking"(考え抜くことは大変な仕事だ。それに耐えられない経営者は、はやりに流されてしまう)とはドラッカーの言葉です。「ルール」「流行」あるいは「常識」が本来の目的から離れて伝染すること、あるいは墨守されることはもちろん問題なのですが、同じくらい問題なのは、それによって「ルールに沿っていれば結果がどうなろうと自分の知ったことではない。逆に、ルールを破って何かして失敗したら、自分の責任問題になる」として、考えなくなること、リスクを取らなくなることです。

繰り返しになりますが、ルールや常識が「生きている」うちはいいのですが、時代や顧客が変わるうちに、いつの間にか陳腐化します。さらに問題なのは、「流行」しているものが必ずしもいいものとは限らないことです。「成功企業が導入しているのだからいい手法に違いない」かもしれませんが、そのまま使って失敗するのは、症状を聞かずに薬を処方する医者と同じです。そう言われると「えっ!」となるのですが、いかにこうした「一般的」な「最新の経営手法」がはやり、またそれに対するニーズが多いのかは驚くほどです。

ちなみに、ジャック・ウェルチも「ベストプラクティス」を取り入れろと強調していますが、最後に「常に改善を加えていく」ことの重要性を必ず加えています。また、多くの企業がGE流の人材評価・選別を安易に導入しようとすることに警鐘を鳴らし、「選別を可能とする前提となる率直さや信頼を醸成するのに、GEでは10年の歳月をかけた」と指摘します。

因果関係と相関関係の違いは?

新聞でご紹介したクリステンセン教授はむしろ「イノベーターのジレンマ」で有名ですが、彼がハーバードビジネスレビューの別の論文で指摘している点は経営者やコンサルタントだけでなく、我々研究者にとっても重要な意味を持っています(ちなみにこの論文は、毎年KBSでケロッッグ、コロンビア、タックなどから来る交換留学生とKBS学生の双方が参加するUncertainty and Management in Organizationsというクラスで使っています)。

ここで指摘されている重要な点は、(1)因果関係を正しく理解することの重要性、そして(2)理論を常に進化させようとする姿勢を持つこと、そのためには(3)理論の限界を知ることの3つです。

特に「因果関係」については単なる「相関関係」と混同している経営者やコンサルタントが多いことにも触れています。

一般にAがBを引き起こすという因果関係(causality)を証明するには、次の3つの条件が必要です。

(1)AがBよりも前に起こっていること

(2)AとBには相関関係(correlation)があること(Aが起こればBが起こる)

(3)A以外にBに影響するものがないこと

AとBに相関関係がみられる場合、AがBの原因ではない可能性として、たとえば次のような可能性があります。

1.BがAの原因(reverse causalityなどと言われます。つまり、因と果が逆)

2.AとBがお互いに影響している

3.AもBも第三の変数の結果

4.単なる偶然

5.AはBの直接の原因ではなく、A→C→Bとなる

前提条件次第で効果は変わる

スタンフォード大学の大御所フェッファー、サットン両教授は、「われわれのクライアントは市場平均に比べ3倍の業績を上げている」というあるコンサルティング会社の主張に対して、「ほら吹きだ」と言い切り、「単なる相関関係にすぎない」「業績の良い会社だから大枚をはたいてコンサルティング会社を雇ったのでは?」「実際にその会社が業績に貢献したという証拠を見せろ」とかみついています。

もう一つ「よい理論」の重要な点は「こういう条件では成り立つが、こういう条件では成り立たない」という「限界」がはっきりしていることです。ジャック・ウェルチが指摘するように、多くの場合「ベストプラクティス」が成立するためには「前提条件」があり、それによって効果は大きく変わるのです。逆に「これをしたら、どんな会社でもよくなる」ということを言っている本などがあったとすれば、それはほぼウソです。我々は、どうしてもそうした「万能薬」「一般的な成功要因」を求めがちですが、経営にとってそれは「禁じ手」であることを知るべきです。

吉原先生は「常識破りの戦略」「非常識な戦略で活路を開く」といった点を強調されておりますが、もう一押ししてもいいのではないかというのが僭越(せんえつ)ながら私の意見です。つまり「良い戦略は常識破りでなくてはならない」「非常識の戦略でなければ活路は開けない」ということです。ここまでお読みいただいた方は、「常識」がどのような意味で使われているかも十分ご理解いただいていると思います。

こうした話を講演などですると、時々こんな質問があります。

先生、いい話をありがとうございました。やはり、自分で考えるということが重要なんですね。ところで、そうした「自分で考える」ことができている会社の事例をご存じでしたら教えていただけますか?

清水勝彦(しみず・かつひこ)
慶応義塾大学大学院経営管理研究科(ビジネス・スクール)教授
1986年東京大学法学部卒、94年ダートマス大学エイモス・タックスクール経営学修士(MBA)、コーポレイトディレクション(プリンシプルコンサルタント)を経て、2000年テキサスA&M大学経営学博士(Ph.D.)。同年テキサス大学サンアントニオ校助教授、06年准教授(テニュア取得)。10年から現職。近著に「実行と責任」「戦略と実行」(日経BP社)などがある。

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

「バカな」と「なるほど」

著者 : 吉原 英樹
出版 : PHP研究所
価格 : 1,404円 (税込み)

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