匠の技をメガネが伝授 熟練工不足、ITが補う
眼鏡や腕時計のように身につける情報機器「ウエアラブル端末」が工場で使われ始めた。ベテラン不足や工場の海外移転で、企業は技術を伝える新たな方法を模索している。
老舗電線メーカー、ジェイマックス兵庫工場(兵庫県加東市)。製造設備の前で立ち止まった木下智さんの眼鏡から、生産技術課の西山佳秀課長の「外側の部品を抜いて」という声が響いてきた。
この眼鏡にはカメラが組み込まれ、撮影した画像や音声を双方向でやりとりできる機能がある。木下さんが見ている同じ部品の画像を、工場内の離れた事務所にいる西山さんはパソコンで確認できる。西山さんは作業手順を示した別の画像を送り、指示をする。さらに木下さんはレンズ内に現れた画像を見ながら、部品を修理する仕組みだ。
同社は昨年、セイコーエプソンの眼鏡型端末を用いる新システムを導入した。工場は24時間体制で、夜間に製造設備が故障すると修理担当者が自宅から駆けつけていたが、自宅から現場に直接指示して修理ができるようになった。
技術伝承にも役立つ。兵庫工場長の松本雅博さんは「工程の注意点を見極めるには熟練が必要で説明が難しい」。同社は将来予想される40~50代の熟練技術者の退職に備え、複数の若手を効率的に指導し育成したい事情があった。
熟練技術者の不足は共通の課題でもある。ウエアラブルを用いた技術支援システムを開発する新日鉄住金ソリューションズ企画部専門部長の井上和佳さんは、「団塊世代が60代後半となり、熟練者不足に対応したい企業からの問い合わせが増えている」。企業向けセミナーや紹介などを週2回行うほどの盛況ぶりだ。
たとえば電気や水道といったインフラ産業や、印刷機器といった製造業など、幅広い業種にニーズが広がり始めている。「いずれも遠隔による現場の作業支援に対する関心が高い」(NTTデータのセキュリティビジネス推進室主任、谷沢幹也さん)という。
生産拠点のグローバル化も注目が集まる背景だ。「海外工場で活用したいという要望が多い」と話すのは、NEC技術戦略部シニアエキスパートの吉本誠さん。海外での設備故障には、日本から技術者の出張で対応しなければならず、設備の停止や出張費用など思わぬロスがかさむ。眼鏡型端末などを介して現地作業者とやりとりできれば、日本からの指示で修理できる。
日本ではこれまでウエアラブル端末は話題先行だった。急速に関心が高まっていることについて野村総合研究所上級研究員の亀津敦さんは、「工場は生産の自動化は進んだが、状況に応じた判断は熟練の勘が頼りで、IT(情報技術)化が難しかった」。ウエアラブルで熟練技術を伝え、データを蓄えて共有できればさらなる生産性向上につながり普及が進むとみる。
同社予測では国内での端末販売台数は企業と個人を合わせ2021年に490万台に膨らむ。ただ、一般的にシステム全体では数百万~数千万円の投資も珍しくなく、費用対効果が普及のカギとなる。
大手でも可能性を探る取り組みが始まる。パナソニック群馬大泉工場(群馬県大泉町)は3月、ウエアラブル端末を本格導入する。14年秋から続けてきた実証実験では、店舗用冷蔵・冷凍ケースなどを多品種少量つくる工程での生産性が1.3倍になった。
導入後は全員が音声専用端末を着け、作業に慣れない数人が画像を見られる端末を頭部に着用する。コールドチェーン工場長の筒井裕二さんは、「作業に必要な情報を取捨選択する必要がある。本当に使いやすいものを工夫しなければならない」と強調する。
ものづくりの現場で、開発や効率化を支える技術伝承の試行錯誤の中で新技術が注目されている。
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「スマートウオッチ使ってみたい熱が高まってきたから、なんか安いやつ買ってみようかな」。ネットでは腕時計型を中心に、個人向けウエアラブル端末に関するつぶやきが目立つ。
「トレーニングも計測できるのか」「ペットの気持ちがわかるウエアラブル欲しい」「胎動を観測できるウエアラブル腹帯がほしい」と、やってみたいことは色々ある。
ただ、興味はあっても「実際どこまで使うか微妙」「買ったお値段の分、活用できる気がしない」と、購入の決断にはまだ壁があるようだ。
「眼鏡型ウエアラブル、産業の方がニーズありそう」と、まず企業での広がりを見込む声も。個人向けは「あったら便利だけど、ないと経済的損失が大きいとか、そこまでのインパクトがない」と、冷静な分析もある。調査はホットリンクの協力を得た。
(大賀智子)
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