難民問題見つめた「火の海」に栄冠 ベルリン映画祭
映画評論家、斎藤敦子
難民問題を見つめたイタリアのジャンフランコ・ロージ監督のドキュメンタリー「火の海」に栄冠――。20日閉幕した第66回ベルリン国際映画祭を映画評論家の斎藤敦子氏が報告する。
去年のカンヌに続き、今年のベルリンを制したのも難民をテーマにした作品だった。最優秀作品賞にあたる金熊賞のジャンフランコ・ロージ「火の海」は、シチリア沖の島ランペドゥーサを舞台にしたドキュメンタリーで、アフリカからの難民船を救助する沿岸警備隊の活動と島に生きる人々の暮らしを多層的に描く。
ロージにとってはベネチア映画祭金獅子賞の前作「ローマ環状線、めぐりゆく人生たち」に続く大賞受賞となる。人間に対する愛情と確かな観察眼が光る秀作で、批評家の評価も高く、低調だった今年のコンペでは出色の作品だった。
審査員大賞のダニス・タノビッチ「サラエボに死す」は、第1次世界大戦勃発のきっかけとなったオーストリア皇太子暗殺百周年を記念する式典で、久しぶりに活況を呈するサラエボの名門ホテルを、借金まみれで機能不全に陥ったボスニア・ヘルツェゴビナになぞらえた風刺喜劇。タノビッチの出世作「ノー・マンズ・ランド」の延長上にある作品ともいえる。
今年のベルリン最大の話題は、上映時間が長いことで知られるラヴ・ディアスの新作がコンペに選ばれたことだろう。その「悲しい秘密への子守歌」は、19世紀末のフィリピンの独立革命時、友人家族の間で革命・反革命に別れて争い、翻弄される人々の姿をスタンダード・サイズ、モノクロームで描いた8時間7分の超長編。これを英雄が活躍する歴史絵巻にはせず、市井の人々の側に寄り添って、個々の悲しみの物語とする。ディアスの作家主義が結実した佳作で、新たな視野を開く作品に与えられるアルフレッド・バウアー賞受賞は納得だ。
ミア・ハンセン=ラブの「未来」は50代後半の女性教師がサルコジ政権の教育改革と学生気質の変化に戸惑いながら、老母の介護、夫との別居、子供の独立などを通して老境に直面する姿を描いたもの。名女優イザベル・ユペールの抑えた演技が光り、ハンセン=ラブに監督賞をもたらした。
女優賞はトマス・ヴィンターベアの「コミューン」で、倦怠(けんたい)気味の夫婦生活に刺激を求め、相続した大邸宅を開放し、複数の家族で共同生活を始めたものの、自ら破綻をきたす妻を演じたデンマークのトリーヌ・ディルホムに。男優賞は、親の決めた結婚を目前にした青年が、年上の女性と恋に落ち、自立を決意するチュニジアの新人モハメッド・ベン・アティア「へディ」のマジド・マストゥラに。ベン・アティアは新人監督に与えられる最優秀長編デビュー賞も受賞した。
ポーランドの新鋭トマシュ・ワシレウスキの「ユナイテッド・ステーツ・オブ・ラブ」は、東西の壁がなくなり、変動する1990年代初めのポーランドを舞台に、女性校長、ロシア語教師など4人の女性それぞれの愛憎関係を描いたもの。劇作家でもあるワシレウスキの精緻な人間観察が脚本賞に結びついたものだが、人間を見る目の冷たさが気になった。
中国の楊超「長江図」は、1か月あまりをかけて長江を遡る運搬船を舞台に、船長と港港で遭遇する女との関係を幻想的に描く。雄大な長江(揚子江)の映像を美しく切り取った名撮影監督李屏賓への芸術貢献賞は納得で、この賞を始め、メリル・ストリープを長とする今年の審査員の裁定は、これ以上ないほど平等で公平だった。
[日本経済新聞夕刊2016年2月23日付]
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