子どもの門限厳守に有効、謎の「三好メソッド」
立川吉笑
はじめまして。立川談笑の一番弟子、立川吉笑(きっしょう)です。2010年11月に入門したので、今は6年目。自分で創った落語を演じることが多い、若手落語家の一人です。昨年12月に『現在落語論』(毎日新聞出版)という初めての本を出版させていただいたり、落語以外のジャンルの方とコラボイベントを開催させていただいたり、落語会だけでなくいろいろなことに挑戦しています。
先週から始まった師匠・談笑と弟弟子である笑二との「まくら投げ」企画。早速トップバッターの笑二から高速のまくらが飛んできて驚いていますが、何とかキャッチして、次の師匠へうまくトスできればと思っています。
第1回のお題は『学校にいた、すごいアイツ』。
大学は1年で中退してしまったので小中高の同級生にどんな"すごいアイツ"がいたかなぁ?と考えてみて、そういや自分自身もそこそこ"すごいアイツ"だったんじゃないかと気付きました。
私の何がすごいかというと、ズバリ名字がヘンなのです。
名前は「真樹(まさき)」と普通なのですが、名字はなんと「人羅(ひとら)」といいます。出身地である京都に多い名字かといったらそういうわけでもなく、今のところ身内以外の「人羅」に遭遇したことはありません。
今でこそ「人羅」という特徴的な名字は、他人の記憶に残りやすいからラッキーだなぁと思いますが、学生時代は嫌で仕方ありませんでした。
社会の授業で第2次世界大戦についての項目が始まったら、必ずみんながニヤニヤしてこちらを見てきます。
コンビニでバイトしていた時、名札に書かれた「人羅」の2文字を見たお客様に「ハイルヒットラー」といじられることも日常茶飯事でした。いまだに何と切り返すのが正解なのか、わかっていません。
中学の入学式、ただ名字が人羅というだけで……。
「このクラスに人羅っていう調子に乗った名前の奴がいるらしいな」
と、怖い先輩方に呼び出しをくらったこともあります。
卒業式の日、僕のところに群がってくる大勢の後輩たちを見て、自分にもモテ期がきたのかと浮かれていたら、みんなが欲しがるのは第2ボタンなんかじゃなくて「人羅」というちょっと悪そうな刺繍の入ったジャージーなのでした。数年後、たまたま中学校の前を通ったら会ったこともない男の子が「人羅」と刺繍されたボロボロのジャージーを着てランニングをしていました。
同級生からしたら「人羅」という名字の自分自身が『学校にいた、すごいアイツ』なのかもしれないと思いつつ、誰か印象的な友達はいたかなぁと考えると、何人か浮かんできました。
丹精を込めて作り上げた泥団子をついには食べようとしたU君、夏休みの自由研究でブラックホールの存在を証明しようとしたK君、のぼり棒を上下してたらいつの間にか朝になっていたS君、おばあちゃんとかじゃなく、見ず知らずの人によく懐いた「赤の他人っ子」のT君……。
そんな猛者を抑えて、やっぱり一人挙げるとしたら「門限の鬼」こと三好君は外せません。
学生時代、誰しも親から門限を指定されたことでしょう。人羅家の場合は小学校低学年は午後5時、高学年は6時、中学校は6時30分、高校は8時から9時くらいという指定だったと記憶しています。
友達の家で漫画を読みながら、また、たまにはゲームセンターなんかで悪友と遊びながら、日が暮れ始めるとソワソワして門限を気にしたものです。
急いで帰宅したものの、すでに5分ほど門限を過ぎてしまい、鍵がかけられた玄関ドアをドンドン叩きながら
「もう絶対、門限を破らないから!」
と玄関前で泣き叫んだことがある方も少なくないはずです。
子供なのだから、いくら守らなきゃと思っていても門限を破ってしまうのは当然だと思います。そんな中、門限の鬼である三好君は小中高の12年間、一度も門限を破ったことがない記録保持者なのです。
一緒に遊んでいるのに三好君は必ず門限を守り、一方で自分は何度も門限を破ってしまいました。ある時、どうして三好君だけはいつも門限を守ることができるのか不思議に思い、直接聞いたことがあります。
「どうしたら門限を守れるの?」
という僕の問いに、三好君はこう答えました。
「ピンポイントで門限を守ろうとするから失敗してしまうんだよ」
のちに我々の界隈では「三好メソッド」と呼ばれるようになった、彼の門限厳守方法を初めて聞いた僕は脳天を撃ち抜かれる思いがしました。
確実に門限を守りたいのであれば、門限だけを守ろうとするのではなく、門限の前にいくつもの守るべき期限を設ければよいのだと。そしてその期限の数は増やせば増やすほど、よりスムーズに門限を守れるようになるとのことでした。
三好君の門限は6時でした。つまり6時に家の玄関ドアを開ければ良い。
6時に家の玄関ドアを開けるために、まず三好君が設けたのは5時55分に団地の敷地内に入れば良いという「団地限」でした。
C棟に住んでいた三好君は5時55分に団地へ帰れば、そこから5分以内に自宅まで辿り着くことを知っていたのです。
さらに三好君の逆算は続きます。5時55分の「団地限」を守るために、5時52分の「交番限」、5時49分「お肉のヤマオカ限」、5時44分「千倉のおっさん限」、5時32分「愛想笑い限」と、このようにいくつものオリジナル期限を設定しました。設定したオリジナル期限の数は最後の、午前7時18分「朝起き限」まで合わせるとその数なんと108個。
ピンポイントで門限だけを守ろうとする我々と、その門限を守るために朝起きる期限まで設けた三好君とでは、どちらが門限を守る確率が高いか言うまでもありません。
あれから15年以上たった今でも、僕の中に「三好メソッド」は生き続けています。
門限こそ無くなったものの、例えば今回の原稿の締め切り。
「ピンポイントで締め切りを守ろうとするから失敗してしまうんだよ」
という「三好メソッド」の神髄を知っている僕は、締め切りの前にいくつものオリジナル期限を設けることで、無事に入稿することができました。
今回、「三好メソッド」を公開する以上、事前に許可をとるべく彼に電話をかけようと思ったのですが、残念ながら無理でした。
最近携帯を紛失してしまい、登録していたほとんどの電話番号を失ってしまったことが原因というわけではなく、僕の小中高の同級生にそもそも「三好」という名字の人間など1人もいなかったことを思い出したからです。
三好君という同級生はいなかったけど、それでも「三好メソッド」だけは僕の中に生き続けています。
(次回3月2日は立川談笑師匠の予定)
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