気鋭の作家が「子供小説」 ぼくらの世界に新たな視座
子供の世界を描く小説が相次ぎ登場している。当たり前の日常に注目したり、異文化体験の最前線を書いたり。気鋭の作家たちがそれぞれの手法で、新しい「子供小説」を生み出している。
「様々なことに驚き、感動できる子供の世界はあこがれでしかない。でも大人になっても取り戻せる。今回の小説では不思議だと思われることも含め、世の中の出来事をフラットにとらえることを心がけました」
温泉街に住む小学5年生の「ぼく」と謎めいた転校生「コズエ」との出会いを描いた長編「まく子」(福音館書店)を、今月下旬に出版する西加奈子氏(38)はそう話す。昨年「サラバ!」で直木賞を受賞して以来初めて書いた小説だ。ボーイ・ミーツ・ガールの物語の中に、大人になることや他者を受け入れるとはどういうことか、といった哲学的な問いかけが潜む。
「人はなぜ生きるのか、といった問いは私自身のもので、答えを知りたくて書き進めた。もちろん、答えは一人ひとり違うわけですが。ただ、私自身が最も素直になれた作品だと思う」
2005年に野間文芸新人賞、12年に三島由紀夫賞を受賞した青木淳悟氏(36)も昨年12月、小学5年生が主人公の連作短編集「学校の近くの家」(新潮社)を出した。学校近くに自宅があることへのうっとうしさなど小学生の視点で物語はつづられる。
「小学生を主人公とする村田沙耶香さんの小説『マウス』(08年)を読み、スクールカースト(教室内の見えない格差)に興味を持った。6年生では卒業式という大きなイベントがあるので、小学生の日常を描くのは難しいと思った」
両親との微妙な関係などは描かれるが、特に大きな事件が起きるわけではない。「分かりやすいものに陥らず、微妙なところで勝負したい」と青木氏。何気ない日常が描かれることがリアリティーにつながるという、独特な味わいの「小学生小説」である。
「海外で暮らす子供たちは最初は日本人だが、次第にその国の人間に変わっていく。そのアイデンティティーの変化に興味があった」と話すのは、デビュー作「さようなら、オレンジ」で14年の大江健三郎賞を受賞した岩城けい氏(44)。昨年9月刊行の長編「Masato」(集英社)は、日本からオーストラリアの小学校に転校した「真人」の葛藤と成長を描く。
20年以上の豪州での生活から生まれた作品。「たちまち親より英語がうまくなる子供は多いが、そこには彼らの頑張りがある。子供は残酷なので少し間違うと笑われる。悔しいから覚えるのだと思う」と話す。
12年に野間文芸新人賞を受賞している山下澄人氏(50)は昨年7月、中学生の日常を描いた「鳥の会議」(河出書房新社)を刊行した。中学生の仲間4人を中心とする群像劇で、「ぼく」が他校の男子に左目を殴られた時はみんなで仕返しに行く。
「中学時代を振り返ると『きつかった』という思いしかない。世界には理不尽な暴力があることを身をもって感じた」と山下氏。語り手の視点が移り変わり、現実と妄想が入り交じる点も持ち味。「子供のころは他人の話を自分のこととして語るのはよくある。そもそも『私』は確固としたものではないでしょう」
このほか芥川賞、谷崎潤一郎賞などを受賞した川上未映子氏(39)も小学生の男女を描いた「あこがれ」(新潮社)を昨年10月に出した。成長に伴って忘れてしまいがちな感覚がよみがえる点で、いずれの作品も共通している。
(文化部次長 中野稔)
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