吉笑・笑二、ネットで公開修業だ! マクラ合戦だ!
仕事がら日本全国あちこちにうかがうわけですが、それぞれのお土地柄というものがあります。私は東京の下町育ちのせいか、せっかちなんですねえ。常に気がせいているというか、何でも手早く済ませたがります。ところがごく温暖な気候の地方にうかがうと、どうかすると私から見るとものすごく気の長い人々が暮らす土地があったりしまして。
ある地方にTVのロケで行きました。ロケ車2台に分乗する、わりと大所帯で。カメラマンが2人と音声など技術担当が2人、ドライバー2人、これにディレクターとリポーター=私と、総勢8人。
「現場に着く前に昼飯でも食べていきますか」
という話になりましたが、すでに車は山あいに入っていてファミレスなんかは見当たりません。そんな時、ちょうどドライブインみたいな食堂があって、「じゃあ、ここにしようか」と。車を停めて、我々8人がどやどやどやーっと店に入りました。
いい感じにひなびた木造平屋建てで、店内は意外に広くて40~50人も入れるでしょうか。午後2時を回った遅い時間でもあり、我々のほかにはお客さんの姿はありません。おじいさんとおばあさん2人で切り盛りしている店らしく、おじいさんが出てきました。
「はい、いらっしゃい。ご注文は?」
「ええとね、こっちは焼肉定食に、冷や奴をつけてもらおうかな」
「じゃあこっちは、カツ丼と、もりそば!」
おじいさんは、
「はい。はい。はい。はーい」
そっくり注文を聞くと厨房に入っていきました。驚いたのは我々です。
「すごいね。8人分ぜんぶ覚えちゃった」
「メモもしないで。さすがだねえ」
なんてひとしきり感心して、それぞれスポーツ新聞を開いたりテレビのニュースを眺めたり。しばらく経ったころに再びおじいちゃんが現れました。手にはメモと鉛筆。
「で、ご注文は何でしたっけ?」
あらら!また最初からやり直しです。
「焼肉定食に、冷や奴」
「こっちはカツ丼と、もりそば」
おじいさんは、
「はい。はい。はい。はーい」
メモを取るとまた厨房に消えていきました。で、おばあさんと2人で一生懸命作ってるんでしょうね。ずいぶん時間がかかってようやく定食が一人前だけ出てくる。それを食べ終わっちゃった頃に、次のが出てくる。また食べ終わった頃に次のが…という具合。
ずいぶん時間はかかったけれども、みんながあらかた食べちゃって、
「じゃあ、そろそろ行こうか」
と言ったディレクターに「待った」がかかりました。
「どうしたの?」
「俺が注文したもりそばがまだ来てないんだよ。あ、おまえも頼んだよな。もりそば2人前、まだ来てないよ」
「いいよ。おじいさん、きっと忘れちゃったんだよ。行こう」
「いや、忘れてないよ。ちゃんとメモしてたんだからさ」
「じゃあ、厨房をのぞいてみて、作ってたら待とう。まだ作ってなかったらキャンセルして店を出よう」
ディレクターが戻ってきて、
「ダメダメ。ちょうどそばを上げてるところだった。もう出てくるよ」
「じゃあ、待とうか」
ところが待てど暮らせど出てこない。
「おいおい。そばが伸びちゃうよ。いったい何をしてるんだ?」
あらためて厨房をのぞきに行った。そしたらおじいさん、おばあさんと差し向かいで座ってそばを食ってた。
☆ ☆ ☆
我々落語家が高座に上がって冒頭、落語の本題に入る前に「マクラ」というおしゃべりをします。「頭に添える」ところから「枕」。楽しいマクラは、現代の落語家にとって必須といえます。今回のこの話は私が実際の高座でよく披露するマクラで、実話です。わはは。
この連載は私と2人の弟子=吉笑(きっしょう)、笑二(しょうじ)が順番に執筆をしていくエッセイです。内容は、身近なできごとや、幼少時代のエピソード、わきあがる妄想、何でもあり。ただし、私が出す共通のテーマに沿って書くのがルール。そう、これはエッセイ大喜利でもあるのです。さあ、師弟が競作する三つどもえの「枕投げ」が始まります。
誰が読者のみなさんに笑ってもらえるか。よーし、気合い入れていくぞ!
最初のお題は『学校にいた、すごいアイツ』。初回だからストライクゾーンを広めに設定しておいたぞ。じゃあ、まずは笑二から!
(この連載は2回目以降は毎週水曜日に公開します。次回は17日の予定)
<今後の予定>独演会は3月6日、4月13日の予定。吉笑(二ツ目)、笑二(同)、笑坊(前座)の弟子3人とともに武蔵野公会堂(東京都武蔵野市)で開く一門会は2月21日、3月25日の予定。
立川談笑HP http://www.danshou.jp/
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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