木星の追跡に高度な幾何学、古代バビロニア
古代バビロニアの粘土板が解読され、14世紀にヨーロッパで発明されたのと同じ数学的手法で木星の見かけの動きを計算していたことが明らかになった。
米科学誌「サイエンス」2016年1月29日号に発表された論文によると、古代バビロニア人は、夜空の中の木星の見かけの動きを時間を追って観察した結果を台形で表し、その面積を計算することで、木星の運動を追跡していたという。このような幾何学的手法が発展したのは、少なくとも1400年後の14世紀ヨーロッパだと考えられていたことから、歴史書を書き換える大発見となった。
米カリフォルニア大学バークレー校のニーク・フェルトハウス氏は、今回解読された粘土板は「バビロニアの数学的天文学と幾何学をついに結びつけました」という。これは、過去100年以上にわたり、研究者を悩ませてきた問題だった。なお、フェルトハウス氏はこの研究には参加していない。
13年がかりの解読
現在のイラクにあたる地域に住んでいた古代バビロニア人は、高度な数学技術を持っていたことが分かっている。彼らは今から4000年近く前に2の平方根の近似値を導き、ピタゴラスの定理を理解していた。ピタゴラスが生まれる1000年以上も前だ。
バビロニア人は天文学の才能にも恵まれ、毎晩夜空を観測して詳細なカタログを作り、ハレー彗星(すいせい)の通過まで記録していた。計算により天文現象を予測することもあった。
けれども、高度な純粋幾何学の知識を天文学の計算に応用した実例は、これまで発見されていなかった。独フンボルト大学ベルリンのマチュー・オッセンドライバー氏は、じつに13年もの歳月を費やして、2000~2400年前に書かれた「4枚の粘土板に記された奇妙な台形の計算」を解読した。
これらの粘土板は1880年代から大英博物館に収蔵されていたが、木星に関係のある内容が記されていることに気づいたのはオッセンドライバー氏が初めてだった。しかし、バビロニア人が木星の見かけの運動のさまざまな局面(例えば、地平線上に最初に現れるとき)までは解読できず、粘土板に書かれていたことの意味までは分からなかった。
オッセンドライバー氏はその後、大英博物館の膨大な収蔵品の中から、木星の見かけの動きの1周期を完全に記録した、未解読の、保存状態が非常によい粘土板を発見した。これにより、ほかの粘土板に書かれている内容を理解できるようになった。
解読の結果、古代バビロニアの天文学者は、台形を使って、速度や時間や位置を抽象的に表現していたことが分かった。例えば、ある日から別の日までの間に夜空で木星の見かけの位置がどのくらい変化したかを知るためには、それぞれの日の木星の見かけの速度を測定して平均をとり、平均速度を経過時間と掛ければよい。
粘土板の台形の辺は速度と経過時間を表しており、台形の面積の計算と木星の見かけの位置の公式が明らかに結びつけられていた。
未知の宝物はまだある
古代バビロニア人の計算技術は、同時代のギリシャやエジプトの天文学者が用いた計算技術より優れていて、「オックスフォード計算家」と呼ばれる14世紀の英国の学者集団が発展させた「中間速度定理」という数学的運動表記法と驚くほどよく似ている。
今回の発見は、おそらく数学の氷山の一角にすぎない。オッセンドライバー氏は、「さまざまな博物館に、解読されていない粘土板が何千枚も眠っています。粘土板の字面だけ解読できても、ずっと後になるまで意味を理解できないことも少なくないのです」と言う。
長年にわたる戦争や過激派組織「イスラム国(IS=Islamic State)」の活動により、イラクの考古学遺産の多くが損傷され、破壊されている。オッセンドライバー氏が新たに解読した石板は、こんな現状に心を痛める研究者を元気づけるものだ。
「これほど重要で、ほぼ完全に保存されている資料が入っていたのですから、大英博物館などの収蔵品の中には、未知の宝物がまだまだ眠っているはずです」とフェルトハウス氏。
こうした発見はまた、人間の「発見の精神」についても物語る。それは、驚きをもって夜空の星を見つめていた古代の天文学者と、宇宙の真理を求める現代の研究者のどちらにも通じるものだ。
(文 Michael Greshko、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2016年2月2日付]
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