「介護か育児をしながら働く人」が社員の多数派になる
T社は介護休業取得者の70%が男性。M社は社員の15%が介護中
労働力人口が減っている今、企業は「いかにして優秀な人材を確保するか」という課題に直面しています。
例えば大手証券のD社では、12人いる役員のうち、4人を女性から大抜てきしたことで話題になり、男女ともに就職人気企業ランキングの順位を急上昇させました。それによって、男女ともにいい人材を採用しやすくなっています。
では、建設業や商社などの、男性比率が9割近くの業界の場合はどうでしょうか。これまで通り、男性を中心に採用していればいいと思われるかもしれませんが、実はそんな企業で新たな問題として浮上しているのが介護中社員の増加です。
2013年、メーカーのT社では介護休業を取った社員の70%が男性でした。また、商社のM社で調査したところ、社員の15%が主たる介護者として既に介護に携わっていることが分かり、そのうちの80%は男性でした。
2017年からは団塊世代が70代になっていきます。この"大介護社会"突入までに残された時間は、あとたった1年です。つまり、あと2年すると要介護者が急増するのです。これからは、「育児をしながら働く女性」だけでなく、「介護をしながら働く男女」の割合が、どんどん上がっていきます。
自動車メーカーT社の試算では、現在6万8000人いる社員のうち、4年後に親の介護を抱える社員は、1万4000人。つまり社員のうちの5分の1です。介護は平均して10年ほど続くので、介護中社員の割合は5分の2、5分の3…と累積していきます。その結果、親の介護のために早く帰らなくてはならない人が増え、長時間働ける人は少数派になっていくのです。
介護セミナーなどの場でこの話をすると、「うちは妻が専業主婦だから大丈夫」という意見が出るのですが、専業主婦が孤独に介護に当たっているうちに、深刻なうつ病を患うケースも増えています。
また、夫婦それぞれの両親を合わせると親は4人になります。この4人のうちの複数人が、同時に要介護状態になったとしたら、妻1人ではとても対応しきれません。
企業によっては、育児で休業する女性より介護で休業する男性の人数のほうが多いというケースもあります。ダイバーシティ推進というと「女性の活躍推進」を指すというイメージが強いのですが、今後は女性だけでなく、介護を抱える男女もダイバーシティ人材[注]になっていきます。男女に関係なく、「時間に制約がある人が主流」というイメージを持って採用していく必要があるのです。
[注]ダイバーシティ人材:性別や年齢、既婚・未婚、子どもの有無、介護の有無といった、属性によらない「多様な人材」を指す)
介護するのは両親だけではない。祖父母やおじ・おばなどを介護する可能性も
「まだ親を介護する予定はない」と思っている方も多いかもしれませんが、実際はどうでしょうか?
自分の両親、祖父母、おじ・おば、兄弟姉妹にまで範囲を広げてみてください。今後5~10年以内に介護が必要になる可能性がある方もいるでしょう。また、持病や体調不良を抱える方がいれば、突然要介護になる可能性もあります。
「もし母親が要介護になっても、父親に頼めるだろう」と思っていても、父親に家事の経験がなくすべて母親に頼りきりだった場合は、介護を頼むどころかむしろ父親の食事や日常の世話をする必要まで出てきます。
母親が父親の介護を担っている場合は、その介護疲れで母親が倒れ、同時に2人の介護が子どもに降りかかってくるケースもあります。独身のおじ・おばについても、介護が発生した際に頼られる可能性があります。
このように親族全体に範囲を広げると、今までは「介護なんて私にはまず関係がない」と思い込んでいた人でも「実は間もなく複数の人の介護をする可能性がある」という事態に気付くことになるのです。また、介護には育児と違って、突然始まって終わりが見えにくいという特徴もあります。
時間に制約のある働き方をする社員は「育児中の女性」だけではなく、「介護中の男女」という側面から見てもどんどん増えていくことが確実なのです。
企業のダイバーシティ対策が、「親の介護」をキーワードに一気に進むことも
企業のダイバーシティ対策を進めるには、「長時間労働をやめよう」「働き方を見直して、女性が活躍しやすい仕組みをつくろう」という視点から始めるより、「誰もが家族を介護する可能性がある」という視点から始めたほうが、効果が上がる場合もあります。
私たちワーク・ライフバランスが提供する企業研修では、自分とパートナー(妻、夫、恋人)を含めた家系図を書いてもらい、「あと何年後かに介護が必要になりそうな人は誰か」「その人を誰が看ることになりそうか」を「見える化」するグループワークを行います。するとメンバー同士が「○○さんは2年後に介護の可能性があるんですね」「私は5年後からです」「誰もが当事者になり得るのですね」というように、介護を"自分事"として捉えられるようになります。
自分事として考え始めると、「介護に備えるためにも、今から働き方を見直す必要がある」「そうすれば結果的に育休明けの女性社員も仕事をしやすくなるかもしれませんね」と、社内での合意を取りやすくなります。
職場の働き方を見直そうとしても、一部の人の思いだけではなかなか改革は進みません。新しい働き方に変えられない人、どうしても時間内に帰らない人などが出てきて、マネジメントが困難になります。そのため、上司はメンバーが課題を自分事として捉えられるように、このようなワークを通して、介護をキーワードに職場で話し合いを持つのもよい方法です。
また、社員の9割近くを男性が占める企業でセミナーを行う場合は特に、社内研修を「女性活躍セミナー」という名前で開催しても、なかなか参加者が集まりません。でも、「仕事と介護の両立セミナー」と銘打つと、大勢の方が参加して真剣にメモを取り、「勤務時間を見直す必要性が理解できました」と納得してもらえる場合が多いようです。
最近では、弊社への介護セミナーの依頼も増える一方です。私自身も2010年に介護に直面し、それをきっかけにヘルパー2級の資格も取りました。その経験も踏まえて『介護準備ブック』という本を執筆しました。介護と仕事を両立するための介護保険制度などを全て詳しく解説しています。
ぜひ職場に合ったアプローチで、長時間労働を削減するための働きかけを始めていただきたいと思います。
株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役社長。2006年、ワーク・ライフバランスを設立。900社以上にコンサルティングを提供し、残業を削減して業績は向上させるという成果を出している。2014年9月からは安倍内閣で産業競争力会議の民間議員として、政府の経済成長の方針「日本再興戦略」に長時間労働是正と女性活躍こそが日本の経済成長の鍵であることを盛り込んだ。二児の母。『残業ゼロで好業績のチームに変わる仕事を任せる新しいルール』(かんき出版)、『30歳からますます輝く女性になる方法 仕事も結婚も子育ても何もあきらめなくて大丈夫』(マイナビ)など著書多数。
[『女性活躍 最強の戦略』の内容を再構成]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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