朝ドラの土屋太鳳「演じることに向き合った1年間」
日経エンタテインメント!
―― ここ数年、NHK連続テレビ小説(以下、朝ドラ)が若手女優の登竜門となり、次々と人気女優を生んでいる。『純情きらり』(2006年上半期)で宮崎あおいが初めてオーディションを経ずにヒロインにキャスティングされてからは井上真央、堀北真希、杏、吉高由里子ら、既に実績のある女優が起用される一方、オーディションで選ばれた能年玲奈、シャーロット・ケイト・フォックスらが朝ドラ主演で脚光を浴びた。2015年上半期朝ドラ『まれ』のヒロインを演じた土屋太鳳も"オーディション組"だが、ソニー・ミュージックや角川映画などが合同で開催した新人女優オーディションで、小学生のときに審査員特別賞に選ばれて芸能界入りしてから15年で10周年。『鈴木先生』や『真夜中のパン屋さん』などでヒロインを演じ、演技経験は豊富だったが、『まれ』での活躍で本格的に女優としての高い能力が開花。多くの人に知られるようになり、可憐な存在感とまっすぐに演技と向き合う姿が共感を集めている。
『まれ』の主題歌の歌詞「さあ翔(か)け出そうよ」(注:主題歌の作詞は本人が担当した)と同じように、駆け抜けたなって思います。『まれ』に出演したことで、いい意味で「迷い」を得ることができました。今まではお芝居ができることのうれしさしかありませんでしたが、今はいろいろ考えることが多くなりました。迷うっていうことは、それだけ自分が前に進んでいるということだと思うので、前向きな変化だと受け止めています。
オリジナル脚本の現代劇だったので、先が見えない。モデルの人物がいるストーリーとは違って、逆算してお芝居ができない難しさがありました。「この演技は、ちゃんと希(まれ)ちゃんの未来につながっているのかな」と常に緊張感を持って、演じていました。
―― 体育大学に通う現役大学生でもあり、日経エンタテインメント!誌14年11月号のインタビューに登場してもらったときにも「体力作りのために、毎日4~5キロ走り込んでいる」と語っていた土屋だけあって、しっかりと自己管理をしながら、長丁場の朝ドラ撮影を無事、完走した。
ずっとスタジオで屋内にいるから、合間の時間はなるべく外に出るようにしていました。休憩時間にはジャージに着替えて、走ったり(笑)。
現場では、笑っていることが多かったと思います。田中裕子さんや大泉洋さんのアドリブに笑いをこらえるのが大変で、「お願いだから、笑わせないで」っていつも思いながら撮影していました(笑)。
草笛さんからの温かい言葉
共演者のみなさんが、「体調、大丈夫?」といつも私を心配してくださいました。最終週に、草笛光子さんが演じた希の祖母のロベールさんの言葉に「この道は険しい道よ。でも、素晴らしい道」というセリフがあったんです。そのシーンの本番前に、草笛さんから「このセリフは、希に言うのではないの。あなたに言いに来たの。私からの言葉です」と言ってくださって。すごくうれしかったです。これからいろいろなことがあると思いますけど、その言葉を心の支えにして、しっかり頑張りたいです。
―― 土屋は、11年上半期の『おひさま』では、井上真央が演じる主人公が教師として最初に赴任した国民学校の教え子のひとりを演じ、14年上半期の『花子とアン』では吉高由里子の妹を演じた。『まれ』は、3度目の朝ドラ出演だった。
井上真央さんとお姉やん(吉高由里子)は、どうやって朝ドラの現場を盛り上げていたんだろうって、改めて感じました。お2人のことを尊敬していて、私も最初のうちはお2人のように、気配りをして、現場が明るくなるように、いろいろ挑戦していました。
朝ドラの現場って、学校の部活みたいだなって思って。その学年によってキャプテンのコミュニケーションの取り方が変わるじゃないですか。私は座長というより、みなさんに支えられているタイプだから、最終的には自分らしさを貫いて、無理はせずにやっていきたいなと思っていました。
地方でロケをしていると、「希ちゃーん」と声をかけてもらうことも多くて、反響の大きさを実感しました。能登で撮影のためにお借りしていたお家に、小さい女の子がやってきて「希ちゃん、遊ぼう」と言っていたという話も聞きました。撮影が終わった今でも、そこに行けば会えると思っているんだなって、ちょっと切なくなって、飛んで行って抱きしめてあげたいような気持ちになりました。
―― 朝ドラ終了後も、出演作が続く。朝ドラがクランクアップした12日後には早くも、高野苺による人気漫画を原作とする主演映画『orange-オレンジ-』の撮影がスタート。しかも、相手役は、『まれ』で夫婦役を演じた山崎賢人だ。
映画で"圭太"と再会
映画がクランクインする前に、1日だけお休みをいただきましたが、朝7時に起きて、7時半から走って、次の日の撮影のために体調を整えて、筋トレして、鍼に行ったりしているうちに、結局何もできずに、おやすみなさいっていう時間になりました(笑)。でも、それも楽しい。
『まれ』で圭太役だった山崎賢人くんと再びの共演でしたが、また新たな世界で出会ったような感覚になりました。たまにふざけて、『orange』の本番前にお互いが演じた翔(かける)と菜穂のセリフを能登弁に変えていました。「どういうこと?」っていうところを「なして?」って(笑)。ロケをした長野県の松本市には初めて行きましたが、やさしさと、切なさを感じる街で、空と山との境界線がきれいでした。
『まれ』では、賢人くんとのシーンは、「ここはどういうふうに演じよう」って2人で相談しながら、アクションを組み立てるように演じていましたが、『orange』では「頑張ろうね」って声をかけ合って、お互いが登場人物の記憶を作っていって、現場で演技をぶつけ合うという感じでやっていました。
私は高校時代、ガンガン部活をやっていて、女子校でもあったのでキュンとした思い出が少なくて(笑)、マシュマロのようにふわんとした菜穂の雰囲気と切ない気持ちをどう演じようか、難しかったです。『orange』の世界にすんなりと入れたのは、同級生の仲良しグループを演じた竜星涼くんや山崎紘菜ちゃん、桜田通くん、清水くるみちゃんたち、みなさんのおかげです。最高の仲間でしたね。紘菜ちゃんとくるみちゃんとは、3人で朝5時に集合して、一緒に走りました。それも、楽しかったです。
―― 一方で、池井戸潤の小説をドラマ化したTBSの『下町ロケット』では、阿部寛が演じる主人公のひとり娘を演じ、多感な年代の高校生の感情を鮮やかに表現した。
阿部寛さんが優しすぎて、もう、大好きです(笑)。「今日は何時に起きたの?」とか、撮影の合間にも気を遣って声をかけてくださって。
私はこれまでにも、阿部さんの娘役のオーディションで最終まで行って落ちたことが3回くらいあったんです。やっと、たどり着いたという感じで、うれしくて。その話を阿部さんにしたら、「おっ、そうなのか」と喜んでくださって。
今まで、1週間ぐらいひとつのシーンのことをずっと考えてしまって不安になることもよくありました。でも、阿部さんから「緊張感が大事」とお話ししていただいて、そういうふうに悩むのは間違いではないんだな、って。むしろ、この苦しさを感じなくなってしまわないようにしよう、と思います。
私くらいの年齢の人って、お父さんたちが会社で頑張ってくれているからこその「ちゃんと自分を見てもらってるのだろうか」という寂しさや、生きづらさがあると思います。そうした裏側で支えている家族が持つ感情の部分を、物語の中で担当していきたいです。
―― 映画『orange‐オレンジ‐』は、10年後の自分から手紙が届くことから始まる物語だが、それにちなんで、もしも朝ドラの撮影が始まる前の1年前の自分に手紙を書くとしたら? と聞いてみた。
楽しいことも、つらいこともあって、不安になると思うけど、そのまま前に進んでいいよ。周りの共演者の方々やスタッフさんに感謝しながら、笑顔でいれば、大丈夫だよ…と伝えたいです。
『まれ』は、私の誇りです。演じることの楽しさと、今を生きる大切さを実感したので、2016年も一瞬一瞬を大事にして、思ったことをその場で伝えることを意識しながら、過ごしたいですね。
(ライター 高倉文紀)
[日経エンタテインメント! 2016年1月号の記事を再構成]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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