トラベル

トラベルセレクション

都会に疲れ思い出に浸りたくなったら いすみ鉄道に

2015/12/26

 仕事を離れてゆっくり休みたい、最近のはやりを体験したい……。目的は何であれ、ちょっと出かけてみたくなるときがありませんか? 日経電子版では「トレンド探検隊」を新たに結成し、世の中で話題になっていたり、人気を集めたりしているスポットに出向き最新の情勢などを探ります。休日のひととき、ユルッとした動画とともにお楽しみください。

 

 「電車には いつ乗るのだろう この旅は」。前回に引き続き、アシスタントの松本千恵です。思わず五七五(字余り)でつぶやきそうになった後半戦。到着した上総中野(かずさなかの)駅に、30代半ばの都会に疲れたOL(=私)の求めていた鉄道が待っていました。濃い緑の葉と、色づいた葉と、少しふるぼけた行き先案内板。「いすみ鉄道」は思い出に浸りたいとき、東京から電車で2時間ほどで一人の優しい時間を過ごすことができる路線でした。今回は、女性視点でノスタルジックに参りたいと思います。

上総中野駅にたたずむ苅谷編集長と松本
上総中野駅でそろって出発を待つ、いすみ鉄道(左)と小湊鉄道の列車

■経営手腕「何もない」ブランド力

 「上総中野駅」は、「いすみ鉄道」に乗るための始発駅であり、小湊鉄道との接続駅でもあります。到着すると、なぜか駅には車やバイクがいっぱい。どうやら、一日に数本しかないいすみ鉄道と、小湊鉄道の合流を撮影すべく、鉄道ファンが集まっていたのでした。実際、列車が通り過ぎると、観光客の半分ほどは列車に乗らず、車で立ち去ってしまいました。少し悲しい。

上総中野駅に到着した、いすみ鉄道の急行列車

 実はこの「いすみ鉄道」、押し寄せる少子高齢化の波にもまれ、何度となく廃線の危機と闘ってきたローカル線として、鉄道ファンのみならずビジネスの視点からも一部注目を集める鉄道会社なのです。

 もともと、いすみ鉄道の前身は1930年(昭和5年)に開通した旧国鉄木原線。乗客数の少ない赤字路線として廃止の検討が進んだものの、存続を希望する地域住民との間で話し合いがもたれ、1987年に千葉県や小湊鉄道の出資による第三セクター方式で「いすみ鉄道」として生まれ変わりました。それでも、赤字体質は変わることなく厳しい経営状況が続いていたため、2008年に改善の見込みが立たなければ廃止の検討をするという危機的な状況に追い込まれていました。

 09年、公募で社長に就任したのがブリティッシュ・エアウェイズの旅客運航部長だった鳥塚亮氏でした。鳥塚社長のユニークな「観光鉄道化」手法が功を奏し、10年6月は前年比で乗客数が2.5倍に。年ごとに増減はあるものの、14年度も乗客数は前年比9.7%増の年間約40万人と、好調なペースです。

 「観光鉄道」といえば、よくある話のように聞こえますが、いすみ鉄道の売り出し方は一風変わっています。「この沿線の魅力は『何もない』こと」と話すのは、鳥塚社長。「多くの人々が日々激しい競争にさらされている現代、こんな自然と平和以外に”何もない”地域に魅力を感じてくれる人は決して少なくない。いすみの地は日本の”ムーミン谷”だと思う」。

 実際、里山を走る黄色のかわいらしい「ムーミン列車」は、14年8月10日掲載の日経プラスワン「乗って満足、見て楽しいキャラクター列車ベスト10」でも7位にランクイン。列車には、女性客も多く乗っていました。ほかにも、国鉄のディーゼルカーを改装したレストラン列車「レストラン・キハ」も好評で、売り上げは昨年度の倍近くを見込んでいるそうです。

 何より、空と生い茂る緑、秋であれば紅葉のなかでひっそりと座れば、一人の時間にひたることができます。恋人と歩いてもいいかもしれません。私も、体重80キロ強の小太りおじさんとではなく……。(悪かったねえ←かりや)

■都会からすぐの秘境駅「久我原駅」

いすみ鉄道を待つ(上総中野駅)

 さて、すっかりノスタルジックな気持ちになった筆者を待っていたのは、さらなる秘境。「久我原駅」です。生い茂る森にひっそりとたたずむ、古びた駅の待合室。聞くところによると、この駅の定期券を持つ乗客はたった一人! いすみ鉄道の方に尋ねたところ、当然のように顔見知りだそうです。

 待合室にそっと置かれたノートには、おとずれたファンからの温かいメッセージがあふれていました。駅を出ても、周りは生い茂る木々ばかりです。どうやってこの駅にいくのだろう、と思うと、けもの道を整えたような入り口に、木の看板がありました。「久我原駅」。台風がきて倒れてしまったら、この先に駅があるとは誰も思えないことでしょう……。

駅があるかどうかは木の案内板のみが伝える

 ちなみに、この久我原駅。正式名称を「三育学院大学久我原駅」といいます。いすみ鉄道は、命名権を販売していて、ほかにも大多喜駅、国吉駅にそれぞれ名前がついています。

■秘境駅から進んで大多喜へ

 秘境駅をあとにしたわれわれは、「道の駅たけゆらの里おおたき」まで足を伸ばしました。もちろん目的はグルメです。

 実は、大多喜町のウリは山から採ってきた新鮮な「イノシシ肉」。もともと、畑を荒らす害獣として退治されていたイノシシ。脂肪分の少ないヘルシーな肉として人気があり、大多喜をおとずれた人の隠れた人気となっているようです。

黄色がイノシシの肉まん、ピンクはゴマのあんまん
いのしし肉は、豚よりもヘルシーな味わい

 イノシシ肉で作った肉まんならぬ、「ウリ坊まん」もいただきました。実は、イノシシ年の筆者は、前から食べるべきか、後ろから食べるべきか、残酷なのはどこからだろうか…… と少しためらってしまいました。が、おいしくいただきました。

 最後は、高台にある大多喜城(県立中央博物館大多喜城分館)で締めました。大多喜城は、徳川家康の側近、本多忠勝が城主を務めた由緒あるお城。残念ながら当時の建物は現存せず、本丸跡に建てられた博物館で、その時代の名残が感じられます。夜はライトアップされ、大多喜の街を一望することができます。

 いすみ鉄道沿線は、美しい自然と静かな時間、日本の歴史を振り返ることのできる数少ない場所。本を持って、鉄道の旅に挑戦してみたい、という特に30代女性の方! お薦めです。(懐かしの名曲「いい日旅立ち」が似合う路線です。古いですね←かりや)

(メディア開発部 松本千恵)

次回は新年1月2日に「正月スペシャル」を公開予定です。「大物ゲスト」も?

トラベル新着記事