「競合他社の社員とは結婚禁止」は認められるか
競合他社の社員との結婚を禁止するルール
某IT(情報技術)企業に勤務する茉緒さん。茉緒さんの会社は、ここ数年で急成長して、従業員数もだいぶ増えてきました。それに伴い、会社のルールもいろいろと整備され、上司の承認や手続きなども増えてきましたが、仕方ないものと思っていました。
ところが最近になって、茉緒さんは信じられないルールを目にしました。それは、競合他社に勤務している社員とは結婚を認めない、というもの。これは機密情報に関する漏洩リスクを減らすためのものだといいます。また、今後採用する従業員についても、こうしたルールに同意することを前提とする方向性だといいます。
茉緒さんはそれを知って、大変動揺しました。職場の同僚には内緒にしていましたが、実は茉緒さんは競合他社のやり手営業マンとおつきあいしていたのです。正式な婚約はしていませんが、「将来は一緒になれたら…」と真面目に考えています。
はたして、こうしたルールで従業員の結婚を制限することは認められるのでしょうか。
まず、基本的な考え方を確認してみましょう。
婚姻制限の是非について
憲法では、婚姻について「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」と定めています(憲法第24条2項)。
つまり、個人における結婚の自由を基本的人権としてうたっています。したがって、結婚の自由を制限するだけの根拠があり得るのかどうか、検討しなければなりません。
これについて、会社側は、機密情報に関する情報漏洩リスクを減らすことを制限の目的としています。それならば、守秘義務や競業避止義務を課す方法も十分に考えられるでしょう。実際に、身内が競合他社に勤務しているケースもあるでしょうし、競合他社に勤務していないまでも、会社の機密情報を漏洩してはならないことは従業員として当然の義務といえましょう。こうしたことより、結婚の自由を制限することの合理的な理由があるものとは認められません。
婚姻制限に関しては、女性従業員を採用する際に、結婚または満35歳に達したときは退職することを定めた念書を提出させ、結婚したときに解雇し得ることとした事案で、こうした念書の定めを公序良俗に反するものとして無効とした裁判例もあります(住友セメント事件 東京地裁 昭41.12.20判決)。
合理的な根拠がない限りは、いくら会社が結婚を制限するルールを就業規則に定めていても、またあらかじめ念書等で同意を得ていたとしても、公序良俗に反するものとして無効となります。
なお、男女雇用機会均等法では「女性労働者が婚姻し、妊娠し、または出産したことを退職理由として予定する定めをしてはならない」(同法9条1項)と定めており、「女性労働者が婚姻したことを理由として、解雇してはならない」(同法9条2項)と定めています。
会社のルールは大切ですが、それがすべて正しい、というわけではありません。そうしたことを見分ける目を養うことも、長い職場生活においては大切になってくるといえるでしょう。
家族や職場の理解・協力が得られればそれに越したことはありませんが、結婚という人生における重要なライフイベントは、どうぞ自分の気持ちを大切にして決めてください。
社会保険労務士。米国企業日本法人を退職後、社会保険労務士事務所等に勤務。2005年3月、グレース・パートナーズ社労士事務所を開設し、現在に至る。女性の雇用問題に力を注ぎ、「働く女性のためのグレース・プロジェクト」でサロンを主宰。著書に「採用と雇用するときの労務管理と社会保険の手続きがまるごとわかる本」をはじめ、新聞・雑誌、ラジオ等多方面で活躍。
[nikkei WOMAN Online 2015年12月8日付記事を再構成]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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