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睡眠

添い寝の功罪 日本の子どもの睡眠は超短時間

日経ナショナル ジオグラフィック社

2015/12/15

ナショナルジオグラフィック日本版

 日本では「川の字になって寝る」という表現がある。

 よく知られているように、小さな子どもを真ん中に挟んで親子3人仲むつまじく眠るさまを漢字で表したものだ。

 寝相の悪い子どもが2人いた筆者にとっては、その当時は「川」というよりは「少」、時には「爪」、酷いときは「升」といった感じで、妻が出張で不在の時など息苦しくて目を覚ますと「干」になって窒息しそうになっていた時もある。

 とはいえ、眠りを邪魔されるのは子どもの側も同じである。トドのように寝床で子どもを押しつぶすということではない。アジアに多い添い寝の習慣が子どもの睡眠不足を助長しているのではないかというお話である。

(イラスト:三島由美子)

 後でも紹介するが、日本を筆頭にアジア圏の多くの国々の子どもは睡眠時間が短いことが知られている。その理由は各年代で異なるが、乳幼児の睡眠時間が短いのは子ども用寝室で早めに寝かしつける習慣がないからだと指摘する研究者がいる。今回のテーマである添い寝の習慣がある国ではどうしても「もう少し後に一緒に」とか「ママが寝るまで起きていたがる」などといったことも起こりがちだ。

 添い寝は親子のスキンシップ、反対論があるのは解せないとお思いの方も多いだろう。私も反対論でよく持ち出される「子どもの自立を妨げる」という主張には、「そこまで大げさな問題か」と反発する気持ちが無いわけではない。

 ただ、私自身も日本の乳幼児の睡眠時間調査を行う機会があり、その結果を見て諸外国との違いを目の当たりとしたときには「このままではマズイな」と考えを改めた。政府が打ち出した「一億総活躍なんとか」はともかく、共働き家庭が増加する中で、親世代と子世代はそれぞれの年代にあった睡眠習慣を確保できるように添い寝は避けた方が良いのではないかと。

■望ましい睡眠時間はどのぐらい?

 先頃、National Sleep foundationという米国の公益団体が「各年代にとって望ましい睡眠時間」を発表した。ハーバード大学の有名な睡眠研究者が代表を務めており、この団体に所属する十数名の睡眠科学、睡眠医学のエキスパートが共同で出したオピニオンであるため、かなり睡眠研究者の耳目を引いた。

 その勧告では、既存の科学的データをもとに、新生児期から老年期に至るまで幅広い年代における「推奨される睡眠時間」、「許容される睡眠時間」が提唱されている。ここでは前思春期(ティーンエイジャー)までの若い年代層での推奨および許容睡眠時間を表にまとめたので見ていただきたい。

 さて、推奨時間はそれとして、実生活における子供たちの睡眠時間はどの程度であろうか。これまでに世界各国で子どもの睡眠習慣に関するさまざまな調査が行われているが、よく引用されるのはスイス(チューリッヒ)の子ども約500人を16年以上にわたり追跡調査した研究である。参加人数は少ないが同じ子どもの睡眠の発達を長期間観察した研究結果は貴重である。

図1:スイスと日本の子どの睡眠時間の比較  全ての年代で日本の子どもの睡眠時間はスイスの子どもを下回っている(スイスの子どもの睡眠時間が青で日本の子どもが赤)。両国とも睡眠時間の定義は床上時間(就床から起床までの長さ)であるが、この年代の場合はその大部分で眠っている。 (Iglowsteinと筆者らのデータから作成。日本の子どものデータは、2歳児が西東京市、5歳児(就学前児童)が東京都多摩地区、7-13歳が全国小中学校調査の結果を用いた)

 その結果を図にまとめてみたのでご覧いただきたい(図1の上段)。成長とともに睡眠時間が徐々に大人の睡眠時間に近づいていく様子がよく分かる。『ゾウとネズミ、よく寝るのは…睡眠時間は「燃費」次第』の回でも触れたが、この間にダイナミックに減少するのは徐波睡眠(深い睡眠)である。逆に言えば、乳幼児の頃は1日の半分以上を寝ているが、その約25%(1/4)にあたる3時間以上を徐波睡眠に費やしている。この長時間の徐波睡眠中に成長ホルモンが大量に分泌される。ちなみに睡眠時間に占める徐波睡眠の割合は40歳台で15%、70歳台では10%を切る。

 それにしても「スイスの子どもはよく寝るな」というのが率直な印象である。なにせ、すべての年代で睡眠時間の平均値がNational Sleep foundationの推奨時間内に入っているのだからびっくりである。しかも96%の児童が許容範囲内にある(図1の中段)。

 この調査の対象児は無作為に選ばれたと言うが、一般のスイスの子どもも同じようにしっかり寝ているのだろうか……。そうであって欲しいような、欲しくないような。というのも、日本の子どもの睡眠時間はというと……ご明察通り「非常に短い」からである。スイスの子どもと比較するとクラクラするほど短い。

 たとえば、私たちが日本の子どもを対象にして行った睡眠習慣の調査結果を重ねてみたものが図1の下段である。日本の子どもの睡眠時間の平均は、どの年代でもほぼぴったりスイスの子どもの「下位2%」に留まっている。許容範囲内にあるとはいえ、この程度の睡眠時間で十分なのかといえばそうではないだろう。睡眠不足が原因となってイライラや注意集中困難を呈している子ども達の存在が問題になっているからだ。

 私たちの調査結果の中で最も気になったのは2歳児の睡眠時間がとりわけ短いことだ。そこでもう1つ、乳幼児の睡眠時間の国際比較調査の結果があるので紹介する。

■添い寝率と睡眠時間の関係は?

(C)PIXTA

 やはりこの調査でも日本の乳幼児の睡眠時間が調査対象国の中で最も短いことが分かる。そのほか、ぱっと見て気づくのはアジア圏の子どもの睡眠時間が短いことだろう。実はその原因の1つが添い寝ではないかという指摘があるのだ。

 乳幼児の睡眠習慣に関するある調査では、添い寝(親と同じベッドで寝る)頻度が低いのは、イギリス(5%)、ニュージーランド(6%)、オーストラリア(9%)、カナダ(12%)、アメリカ(15%)などである。寂しがる子をベッドに寝かしつけ、おでこにチュッ、なんて欧米映画のシーンは一度ならず目にしたことがあるだろう。

 逆に添い寝の頻度が高いのは、ベトナム(83%)、タイ(77%)、インドネシア(73%)、インド(71%)、日本(70%)、韓国(61%)などアジア諸国が続く。添い寝習慣のある国々の乳幼児の睡眠時間は押し並べて短いことが分かる。

 ここで科学に強い読者の方はある疑問を抱くと思う。アジアの乳幼児の睡眠時間が短いのは添い寝が原因ではなく、睡眠時間が短くて済む体質(遺伝的特性)があるのではないかと。確かに『遺伝と環境 睡眠時間の長さを決めるのはどっち』の回で取り上げたように必要睡眠量の「個人差」には遺伝的な影響が認められる。しかし、現時点では必要睡眠時間の「民族間差」のはっきりした証拠はない。

図2:3歳以下の乳幼児の睡眠時間の国際比較(Mindellらのデータから作成)

 さて、乳幼児の睡眠時間の国際比較をもう少し細かくみてみよう(図2)。さすが添い寝率が低いイギリス、ニュージーランド、オーストラリアは睡眠時間が長いな。で、添い寝率の高いアジア圏の国の睡眠時間はやっぱり短いな……ん? 添い寝率トップのベトナム、睡眠時間が長めじゃないか! そもそも「夜寝+昼寝」って何?

 実はこの国際比較では乳幼児の夜寝すなわち夜間睡眠と昼寝の合計(1日の総睡眠時間)をランキングしている。乳幼児期の睡眠はもともと夜寝だけではなく昼寝もかなり長く(多相性睡眠と呼ぶ)、昼寝も心身の健康を維持するのに重要だからである。

 そこで、夜寝と昼寝に注目して図2をもう一度よく見てみるとベトナムも含めて添い寝の高い国の大部分は夜寝が短いことが分かる。

 ベトナムの乳幼児は「低添い寝率御三家」に次ぐ睡眠時間をたっぷり昼寝をして勝ち得たのである。そして夜寝がベトナムよりやや長いにもかかわらず日本の乳幼児が総合最下位に沈んでいるのは昼寝が圧倒的に短いからなのである。 

 ちなみに、図1で示したスイスと日本の子どもの睡眠時間は夜寝のデータである。昼寝を加えた総睡眠時間を計算すると、乳幼児についてはスイスとの差は更に開く。

 最近は「保育園からの幼児教育」とやらが人気らしいが、たっぷりと昼寝はとらせてやっていただきたい。頭が切れる子ではなく感情がキレやすい子どもになってしまうかもしれない。実際、その危険性を示す研究データもある。

(イラスト:三島由美子)
三島和夫(みしま・かずお)
 1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大精神科学講座講師、同助教授、2002年米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授を経て、2006年6月より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。これまで睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者を歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2015年10月29日付の記事を再構成]

8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識

著者:川端 裕人, 三島 和夫
出版:日経BP社
価格:1,512円(税込み)

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