「ジビエ」で地域おこし 獣害対策からグルメ食材へ
日経BPヒット総研 渡辺和博
低脂肪で高タンパクの鹿肉がグルメ食材として、若い女性を中心に注目を集めている。しかも女性が不足しがちな鉄分が多く含まれているのが特徴だ。エゾシカ協会によると、野生のエゾシカ肉の場合、牛肉や豚肉の5~6倍。鉄分の多い食材として知られるカツオやマグロと比べても3倍以上含まれている。
シカもイノシシも全国各地の山間部に広く生息しており、個体数が増えすぎたために農作物や森林資源を食べる「獣害」が大きな問題になっている。これは、天敵であった猟師の数の減少と高齢化が原因だと言われている。環境省によれば、1975年には51万8000人いた狩猟免許保持者は、2012年には11万8000人と4分の1以下に減った。その内訳も65%が60歳以上と高齢化している。
獣害対策として、ただ駆除するだけでなく、それが高級食材として都市部に出荷できれば、新たに地域ビジネスとしてそれに取り組む人が増えるだろうと、各自治体や地域の企業が「ジビエ料理」の開発に取り組んでいる。
先進エリアはエゾシカで知られる北海道だ。シーズンには札幌市内でもスーパーに鹿肉が並ぶほど、食材としてジビエは定着している。2012年には地元のホテルが監修してレシピを開発、コンビニチェーンのローソンが弁当などを商品化した。
全国チェーンも食材として注目
滋賀県では、2010年から地元でカレーチェーンCoCo壱番屋をフランチャイズ展開する企業が店舗メニューだけでなくレトルト食品としても「シカカレー」を販売している。長野県では「信州ジビエ」というブランドを都市部で浸透させるために、JRの商業施設と組んでプロモーション展開。島根県の出雲ジビエや和歌山県、三重県など各地でジビエの地域ブランド化を狙った試みが起きている。
現役の猟師がまだ34人もいる出雲市佐田エリアでは地域の宿泊施設やレストランでジビエ料理を提供している。
ユニークな取り組みをしているのは高知県だ。森林が県全体の面積の84%を占めている同県では、海産物や農作物とともに、森と野禽は貴重な資源でもある。高知県では、ジビエの食材として出荷しているだけでなく、観光資源としての開発に取り組んでいる。
2015年11月には、山間の猟場で猟師から狩りの話を聞いたり、ジビエのバーベキューを目玉にしたりしたパックツアーを実施した。ターゲットは東京や大阪など、都市部に住む女性客だ。自然体験とグルメ体験、さらに温泉など美容体験を組み合わせるなどして、旅好きな女性客を高知に呼び込む目玉の1つとしてジビエを位置づけている。
ジビエが地域ビジネスとして定着し、地域おこしに実質的に貢献できるようになるまでには、まだいくつか越えなければならないハードルがある。今後はもの珍しさやダイエットに向くなどの話題性だけでなく、広く慣れ親しんだ牛肉や豚肉と比べても、本当に美味しいかどうかが問題になってくる。それを妥当な価格で供給できる仕組みが作れるかだ。
シカ肉やイノシシ肉の味は、わな猟によるものか、銃砲によるものかといった猟の仕方や、解体処理の方法によって大きく変わってくる。適切に処理された肉は、臭みをほとんど感じない。
料理法についても、臭みがあるのを前提として発達してきた赤ワインや味噌で煮込むスタイルだけでなく、もっと開発される必要がある。食肉として流通するためには、保健所の認可を得た解体処理施設が必要になる。
狩猟免許取得者や料理人の育成も、都市部の市場への出口戦略を前提に地域ぐるみで開発する必要がある。こうした課題に各地が一斉に取り組み、互いにノウハウを共有することができれば、意外と早く、松坂牛や近江牛、伊万里牛などと同じようなブランド化したジビエを提供できる時代がやってくるかもしれない。
日経BPヒット総合研究所 上席研究員。86年日本経済新聞社入社。IT分野、経営分野、コンシューマ分野の専門誌編集部を経て現職。全国の商工会議所等で地域振興や特産品開発の講演やコンサルを実施。消費者起点をテーマにヒット商品育成を支援。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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