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大学進学・ネット普及… 将棋界「記録係」不足に悩む

2015/11/16

 将棋界が「記録係」の不足に悩んでいる。プロを目指す10、20代が担うが、確保が難しくなっているのだ。背景には大学進学者の増加やインターネットの普及といった時代の変化がある。

 9月11日、東京・千駄ケ谷の将棋会館4階に見慣れない光景があった。C級2組順位戦、石井健太郎四段(23)対佐藤紳哉六段(38)。将棋盤を挟む2人の横で対局の様子を記録しているのは、2年前の王座戦で羽生善治王座(45)を土俵際まで追い詰めた気鋭の若手プロ、中村太地六段(27)だった。

記録係はプロ棋士の卵の修業の意味合いもある(羽生善治王座=手前右=が防衛を決めた10月の王座戦第5局では、川崎直人三段=奥の右から2人目=が記録係を務めた)

 通常、記録係を務めるのはプロ棋士の卵である奨励会員(三段~6級)。まだ半人前の若者が先輩プロの対局姿を間近で見て勉強する、といった修業の意味合いもある。それだけに、タイトル戦出場経験のあるプロ棋士が記録係をするのは異例だ。この日の中村六段は、記録係の仕事の一つである対局者へのお茶出しも行った。中村六段は「ずいぶん久しぶりだったので、やり方を忘れていないか緊張しました」と苦笑する。

 将棋のプロ公式戦の多くは平日の朝から行われ、深夜までかかることも珍しくない。今回の対局があったのは金曜日。中村六段までが駆り出されたのは、平日に都合のつく奨励会員が減ってきているからだ。

 大きな理由の一つが大学進学者の増加。奨励会員のうち、過酷な戦いを抜けてプロ棋士になれるのは一握り。かつては義務教育を終えたら“将棋一本”というケースも多かったが、現在ではプロになれなかった場合も考え、保護者や師匠と相談の上、大学に進む奨励会員が珍しくない。

 昨冬に初タイトルを獲得した糸谷哲郎竜王(27)は、大阪大学大学院で哲学を学んでいることが話題になった。中村六段も早稲田大学を優秀な成績で卒業。広瀬章人八段(28)は2010年、早大在学中に王位のタイトルを獲得した。大学で視野を広げることは頂点を目指す上でマイナスにならない、という考えも一般的になりつつある。

 将棋を勉強するための環境の変化も一因となっている。現在、関東奨励会の幹事として若者たちを指導している近藤正和六段(44)は「昔は、将棋会館に来ないとプロの将棋は見られず、指す相手もいなかった」としみじみと振り返る。

 だがインターネットが当たり前のものになり、注目対局は生中継されるようになった。自宅にいながら、強い相手とネット対戦もできる。一日中座って記録係を務めることは「勉強法として必ずしも効率的でない」と考える奨励会員が増えているようだ。ある奨励会員は「奨励会に入ったのは強くなってプロになりたいから。記録係をするためではない」と率直に語る。

 一方で、近藤六段は「やはり頑張って記録係をしている子はよく昇級・昇段しています」とも明かす。

奨励会では10、20代の若者たちがプロ棋士を目指してしのぎを削る

 こうした現状を踏まえ、日本将棋連盟は現在、常務理事の島朗九段(52)を中心に来年度からの対策を検討している。「朝から夕方までは1人の奨励会員が2局の記録係を務め、夕方以降は学校を終えた奨励会員が加わり1人1局を記録する」「これまで各50分だった昼食・夕食休憩を各40分に短縮する」「対局が遅くまでかかった場合、局後の感想戦の前に記録係が帰宅するよう推奨する」「従来、1分未満の考慮時間は切り捨てとされていたが、一部の対局ではこれを切り捨てず消費時間に加算する」といった内容だ。

 狙いは大きく2つ。学校帰りの奨励会員が夕方からでも記録係をできるようにすることと、対局を早く終えて記録係の負担を軽減することだ。近藤六段は「現在の記録係不足は、誰が悪いわけでもない。時代に合わせて、なんとか工夫してやっていきたい」と話す。

 日本将棋連盟会長の谷川浩司九段(53)は「いい棋譜を残すことが、棋士の、将棋界の務め」と守るべき伝統を強調する。時代に合わせつつ、いかに伝統を守るか。来年度からの“新手”の成否に注目が集まる。

(文化部 柏崎海一郎)

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