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世界で山火事の煙害が広域化、死者は年間34万人

日経ナショナル ジオグラフィック社

2015/11/14

ナショナルジオグラフィック日本版

「ラフ・ファイア」と呼ばれる米カリフォルニア州の山火事。7月下旬から燃え続けて国立森林公園や国立公園に広がり、焼失面積は約615平方キロに及ぶ。大量の煙は数十キロ離れた市街地にも届いている。(Photograph by Stuart Palley, Zuma/Corbis)

 インドネシアや米国カリフォルニア州で大規模な山火事が続いている。呼吸困難を引き起こす粒子や有毒な化学物質を含む煙が山や海を越えて広がり、問題となっている。

 2015年9月のある日、カリフォルニア州にある病院にプラビーン・ブディガ医師が出勤すると、予期した通り待合室は満員だった。上空からは雪のようにも見える白いものがひらひらと舞い降りている。

 落雷に端を発してセコイア国立森林公園に広がった山火事は、すでに約615平方キロメートルを燃やし、煙やすす、灰を上空に舞い上げていた。その煙は約56キロ離れたフレズノの町に達し、ブディガ医師が担当する患者の肺にも入り込んでいた。

 アレルギー専門医であるブディガ医師は、山火事が人体に深刻な脅威をもたらすとわかっていた。特に、ぜんそくや心臓病を抱えた人々にとっては致命的にもなり得る。「世界共通のサインですが、高齢の患者は両手で喉を覆い、若い患者は自分の胸を指さして症状を訴えます。山火事による被害は深刻です」

■煙による死者は年間34万人

 世界中で大きく強い山火事が発生し、それにともなって膨大な数の人々が危険な煙にさらされている。

 「こうした傾向は我々も確認しています。山火事の煙に含まれる物質は、人々の健康に甚大な影響をもたらします」と語るのは、米環境保護局の国立健康環境影響研究所(NHEERL)で環境・公衆衛生部門を率いる医師、ウェイン・カシオ氏だ。

インドネシア、パランカラヤの街。泥炭火災による黄色く不快な煙に覆われている。火災と煙の勢いが衰えないことから、政府は国家非常事態を宣言するとみられる。(Photograph by Bay Ismoyo, AFP, Getty Images)

 研究者たちの推定では、山火事の煙による死者は世界で年間33万9000人に上り、特にアジアやサハラ以南のアフリカで多い。また別の研究では、居住地が山火事の煙で覆われると、喘息の発作や救急室での受診数、入院患者数が10倍に増えるという。

 現在、東南アジアの広い範囲が濃い煙で覆われている。原因はインドネシアの泥炭火災で、終息に数カ月はかかるとみられる。インドネシアの5つの州の住民4000万人が有害な煙を吸っていると推定され、政府は国家非常事態を宣言する見込みだ。

 NASAによると、泥炭が燃えると「他の炎よりもはるかに多くの煙と空気汚染」をまき散らすという。NASAはインドネシアの山火事について、今後さらに悪化し、より広範囲に及ぶだろうと警鐘を鳴らす。

 煙が山脈や大陸、海を越えることは衛星画像でも確認されている。米ニューメキシコ州アルバカーキでは約400キロ離れた場所の山火事が原因で救急車が要請され、カナダのケベック州で起きた山火事では1300キロ近く離れた米ニューヨーク州まで煙が流れ、息苦しさを感じる人が続出した。

■肺胞に届く煙、発がん性も

 山火事は、鎮火に何カ月も要する場合があり、さらに米国西部では大気が拡散せず安定した状態となる「逆転層」が頻繁に発生するため、地表近くに煙が滞留しやすい。国が決めた大気汚染の基準値をはるかに超える日もあるのだ。

NASAの衛星画像がとらえた、インドネシアの山火事の煙。ここでは農家が焼畑農法を行うため、泥炭火災が頻繁に起こる。(Photograph by NASA Earth Observatory)

 煙の最も恐ろしい点は、空気に乗った非常に細かい粒子が、体の防御システムを通り抜けて呼吸器系の最も奥深くにある肺胞まで届いてしまうことにある。こうした粒子が血中に入り込むと、血液に粘りが生じる。また、煙には心臓に長期にわたってダメージを与える一酸化炭素や、発がん性があることで知られるベンゼン、ホルムアルデヒドなどの化学物質も含まれている。

 南カリフォルニア大学の研究者で呼吸器科医のジョナサン・サメット氏は、「大気汚染物質、特に粒子にはたいてい発がん性があります」と話す。「植生が燃える山火事の場合でも、それは変わりません」

 心臓は煙による悪影響を受けやすいという新たな証拠も最近見つかっている。米環境保護局の研究者たちは、2008年にノースカロライナ州東部で起こった泥炭火災で、煙の濃度が最も上がった後、心不全による救急室の受診数が37%増加したことを確認した。また、呼吸の問題で救急救命室に駆け込んだ人は66%増えていた。

9月、煙に覆われた米カリフォルニア州ミドルタウン。すすやガスが喘息発作や心臓病の原因になり得ることから、医療専門家らは煙の濃い日には外での運動をしないようアドバイスしている。(Photograph by Stephen Lam, Getty)

■大規模な山火事を防げるか

 山火事の規模と被害がいずれも増大傾向にある理由はいろいろあるが、最大の要因は人と地球の関係の変化だ。都市の中心部から火災の起きやすい郊外へと移り住む人々が増え、特に米国ではカリフォルニア州、テキサス州、フロリダ州でその傾向が強い。米国西部では、数十年間にわたり野焼きが禁じられていたことも、現在山火事が激化する一因となっている。世界的に見れば、伝統的な農法の1つである焼畑が、耕地を作る目的で大規模化している。東アジアでは、パーム油のプランテーションを行うために森林が燃やされているのだ。

 山火事の煙に苦しむ人が増えているのには、気候変動も関係している。米国学術研究会議は2011年、地球の平均気温が1度上がるごとに、米国西部で山火事の被害に遭う面積が2~4倍に増えるという予測を出した。

 これに対し、人々や社会は何ができるのだろうか? 残念ながら、選択肢は限られている。「空中に巨大なフィルターを作って煙を防ぐことなどできません」と語るのは、米バージニア工科大学の経済学者で、山火事による損失について研究しているクラウス・モルトナー氏だ。それでもやはり、できるだけ煙にさらされないようにすることが山火事対策の目標になるだろう。「人口集中地域の風上から始めるといいかもしれません」

 また、人為的に狭い範囲を燃やしておけば、大きな火災の燃料をなくすことができる。米国林野局で煙害対策を担当するピート・ラーム氏は、「やるしかありません。いくつもの生態系が焼失する恐れがあるのです」と語る。だが、こうした対策にはハードルもある。多くの州や地域の大気質規制により、人為的な野焼きが認められるケースは制限されている。また、一般に、煙が近隣に届きそうな場合の野焼きはガイドラインで禁じられている。

 現在煙に覆われている地域について、専門家は「屋内に留まり、窓を閉めて、エアコンとエアフィルターを作動させる」ようアドバイスしている。「空気ににおいを感じるようなときには、自転車に乗ったりランニングをしたりしない方がいいかもしれません」とサメット氏は話す。

(文 Randy Lee Loftis、訳 高野夏美、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2015年11月4日付]

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