晩秋の温泉宿で至福のひととき
北陸温泉紀行(上)~富山~
晩秋を迎え、温泉の湯煙が恋しくなるころ。3月に開業した北陸新幹線で首都圏との時間距離が大幅に短縮された北陸3県には趣向を凝らした温泉が多い。3回にわたって、北陸を旅するなら一度は訪れたい各地の温泉を紹介する。初回は富山県。
川面に映える夕景…地産地消のフランス料理に舌鼓
2015年のノーベル物理学賞の受賞が決まった東大宇宙線研究所長の梶田隆章氏の自宅があることで脚光を浴びた富山市郊外の大沢野。ここを流れる神通川沿いに建つ瀟洒(しょうしゃ)なリゾートホテルが、春日温泉郷のひとつ「リバーリトリート雅楽倶(がらく)」だ。富山市の表玄関、富山駅から車で約40分の距離にある。
雅楽倶は段ボールの製造販売や環境関連事業を手がけるアイザック(富山県魚津市)が2000年、県の施設を買い取って開業した。「全国にないものを打ち出したい」。石崎由則社長はこのコンセプトを16年にわたり堅持する。施設や温泉、料理、売店の土産に至るまでほかとは違うこだわりが見て取れる。
まず玄関先で出迎えてくれるのが「出会い」と名付けられたアルミ製のオブジェ。彫刻家で清水焼の陶芸家としても知られる清水九兵衛氏の作品だ。同氏を含め、様々な造形作家の作品が随所に配置されている。「ここは美術館か、それともホテルかと言われることがある」と石崎社長は笑う。
館内にある2種類の天然温泉のうち、大浴場には内湯と露天風呂(岩風呂)がある。神通川が一望できる露天風呂で川面をわたる風を受けて夕景を見ながら湯につかると、日ごろの疲れも解消されるようだ。北陸電力の神通川第3ダムも視界に入る。ダムを見ながらのんびりできる温泉はそうはないだろう。もうひとつが、ジャグジーやサウナ、炭酸泉などの「Spring Day Spa」だ。両温泉とも泉質はナトリウム塩化物泉。神経痛や筋肉痛に効能があるとされる。いずれも加水、加温している。
一風呂浴びた後の夕食はダイニングルーム「レヴォ」で、富山風にアレンジしたフランス料理を楽しむ。レヴォは14年5月に開業。地産地消にこだわるオーナーシェフの谷口英司氏が腕を振るってくれる。この日は新湊のアナゴ、ノドグロ、山田村(現富山市)のエゴマ、氷見のウリボーなどが食卓に並んだ。
谷口氏は週2日は生産者を訪ね、これはと思う素材を探し歩く。料理を引き立てる食器やテーブルクロスなどにもこだわりが見られる。皿は越中瀬戸焼に高岡銅器、コップは富山ガラス工房、テーブルクロスは城端しけ絹というように、いずれも県内伝統工芸の職人の手によるものだ。
宿泊料は2万5000円(2食付き、税別、2人で予約した時の1人分の料金=以下同じ)から。超有名芸能人夫妻が定宿にしているという噂もあるが、うなずける。
北陸新幹線で東京からグッと近くなった富山県のお薦め温泉はほかにもある。
野趣あふれる天然洞窟野天風呂
黒部宇奈月温泉駅から車で約30分の場所にある1軒宿の「小川温泉元湯 ホテルおがわ」(朝日町)。東日本旅客鉄道(JR東日本)が車内誌やウエブで管内のお薦め温泉を紹介する企画「地・温泉」でも県内で唯一選ばれた。
「歴史があって、しかも客室収容力がある温泉は県内でもそう多くはない」。ホテルおがわを経営する小川温泉(朝日町)の鹿熊裕二社長はこう語る。
開湯は約400年前とされ、県内でも1、2位を争う古い温泉とされる。県外でも知名度が高い宇奈月温泉は黒部の電源開発に伴い開かれたため、歴史は90年と意外に新しい。これに対し、同ホテルの創業は明治19年(1886年)で、来年開業130年を迎える。約50の客室があり、湯治客用に格安で泊まれる別館(不老館)も併設する。
ホテルには5つの湯があるが、名物は野趣あふれる天然洞窟野天(露天)風呂だ。ホテルを出て、渓流に架かる橋を渡って徒歩7~8分の場所にある。湯の華が凝固した洞窟で湯につかっていると、別天地に来たような気分になる。ただし、混浴だ。洞窟風呂は既に大正時代にはあったというから、こちらも古い。
現在は洞窟上部の落石防止の工事をしているため、工事時間帯(午前9時~午後4時)は入浴できない。そのため一時的に宿泊客専用となっている。通常は日帰り客も午前9時から午後2時半まで入浴できる。工事完了は11月中下旬の見通しだが、例年12月から翌年4月中旬は雪で閉鎖されるため、日帰りで洞窟風呂に行く時は事前に入浴可能か電話で問い合わせた方が無難だ。
泉質は炭酸水素塩泉。加水、加温なしの100%源泉掛け流しだ。神経痛やリウマチ、婦人病などによいとされる。宿泊料は1万3000円(税別)からだ。
「棚湯」からは黒部川の絶景
宇奈月温泉(黒部市)で最近話題の宿をひとつ紹介しよう。同温泉は北陸新幹線の黒部宇奈月温泉駅から徒歩数分の所にある富山地方鉄道の新黒部駅で乗り換え、約30分で到着する。
駅前では宇奈月のシンボルである温泉の噴水が出迎えてくれる。ひたすらモーツァルトの音楽を流す喫茶店やおでんと釜飯が名物の店など、そぞろ歩きも楽しい。来春には懸案だった宿泊客でなくても入れる公衆浴場、総湯が完成する。
その宇奈月温泉で、北陸新幹線の開業と同じ3月14日に改装開業したのが「宇奈月杉乃井ホテル」だ。オリックス不動産が前身の宇奈月ニューオータニホテルを買収し、再スタートさせた。別府温泉(大分県)で再建した「杉乃井ホテル」の手法で、食事どころを個人客を念頭に置いたバイキングレストランにしたり浴場を改装したりしている。
その中の目玉が、かつてのナイトクラブを改装して9月にオープンした展望露天風呂「棚湯」だ。3つの湯船を棚田のように高さを変えて配置し、黒部川の絶景を異なる視点から楽しめる。棚湯を含む温泉の泉質はアルカリ性単純温泉。神経痛や筋肉痛などに効くとされる。宿泊料は9800円(税込み)から。
県内にはこのほか、船でしか行けない秘境にある「大牧温泉観光旅館」(南砺市)や世界遺産の合掌造り集落で知られる南砺市五箇山にある「五箇山温泉 五箇山荘」、四方(よかた)漁港にも近く、2種類の泉質を持つ「鯰(なまず)温泉」(富山市)、宇奈月温泉の元湯にあたる黒薙温泉の「黒薙温泉旅館」(黒部峡谷)など、一度は訪れてみたい温泉は多い。
これから年末にかけては寒ブリやベニズワイガニ、深海魚のゲンゲなど、富山湾の冬の味覚を味わうには絶好の季節だ。ただ、食事だけではもったいない。併せて趣向を凝らした温泉巡りを楽しむのはいかがだろう。
(富山支局長 吉田力)
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