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85歳でも枯れない音楽家、宇野功芳の「やりたい放題」

2015/10/23

 宇野功芳(うの・こうほう)。日本のクラシック音楽ファンで宇野を知らない人はいないと思われる評論家だ。演奏の良しあしを一瞬で聴き分け、熱く語り、時には一刀両断で切り捨てる。独特の文体を未確認飛行物体(UFO)になぞらえ、UNOと呼ぶ人も。

■「語りの名人」だった父の衣鉢継ぐ

 5月に85歳を祝った今年、演奏家や作曲家、同業者と対談あるいは往復書簡で激論を交わした対話集「演奏の本質」(音楽之友社)を出版したのに続き、大阪交響楽団を指揮したベートーヴェンの「交響曲第9番『合唱付き』」(オクタヴィア)、仙台フィルハーモニー管弦楽団を指揮し、ヴァイオリンの佐藤久成(ひさや)と共演した「宇和島ライブ2015」(キング・インターナショナル)の新譜CD2点を発売。かくしゃくとしている。

「よい演奏」を語るとき

 宇野が実のところ、二世アーティストであることはあまり知られていない。父は映画の弁士から解説者、漫談家として名をなした牧野周一(1905~75年)。弟子のポール牧、牧伸二が「牧」の一文字を受け継いだほどの語りの名人だった。宇野によれば「映画解説者はお笑い芸人ではないから、人を笑わせる才能には欠けたが、物語を生き生きと再現するのは、とても上手だった。70歳で亡くなる前日まで現役を貫いた」という。「この演奏の良さがわからない者は、呪われてしまえ」「切ればサッと血のほとばしるような演奏」「光彩陸離たる棒さばき」……。「UNO語」は間違いなく、牧野の衣鉢である。

 音楽好きでレコード収集にも熱心な父の影響で、童謡会に入って歌い出したのが4歳。かつて父が受験に失敗した進学校、東京府立第四中学(現在の東京都立戸山高校)に入学したものの合唱に熱中し、合唱指揮者を将来の目標に定めた。せっかく合格した大学も「合唱部の水準が低い」との理由でやめ、6年がかりで国立音楽大学声楽科に入学した。

 在学中に結核で療養生活を送った時期、たまたま書いた文章が注目を浴び、1950年代前半から音楽評論活動を始めた。批評キャリアは60年を超えるが、「音楽評論を本業と思ったことは一度もない。いつクビになっても構わないけど、合唱指揮者だけはクビになりたくない」と、宇野自身は絶えず公言する。いくつもの合唱団を指揮してレコードを制作、高田三郎作曲「水のいのち」をはじめ、名盤とされる録音も多い。合唱指揮においても自らの感性を最大限に発揮し、作曲者の指定とは異なる表現にあえて踏み込む瞬間がある。

■朝比奈隆の巨匠性を世に広める

 一方、評論の分野ではドイツ・オーストリア系の交響曲を偏愛してきた。まだ評価の定まらなかった朝比奈隆をブルーノ・ワルターやハンス・クナッパーツブッシュ、オットー・クレンペラー、ロヴロ・フォン・マタチッチら歴代の巨匠と同列に論じ、世に広めた。

 合唱指揮のキャリア、ドイツ音楽への傾倒の両面から「いっそのこと、自分でオーケストラを指揮してみてはどうか」との声が日増しに高まり、アマチュアの日本大学管弦楽団を初めて指揮したのは78年だった。

 オーケストラ指揮デビューから何年間かは「この部分はクナッパーツブッシュ風」「追い込みの加速はフルトヴェングラー調」「ポルタメント(滑るように少しずつ音程を変えていく奏法)はメンゲルベルク流」など、長年の評論体験を通じて感動、感心した表現の数々がモザイク、もっと悪い言葉を使えば「福笑い」のように羅列されていて、統一感を欠いた。最近の演奏にも「奇跡の名演」から「音楽への冒涜(ぼうとく)」まで毀誉褒貶(きよほうへん)の評価が渦巻くが、「やりたい放題」のUNOワールドでは一貫する。

 本人は「オーケストラ指揮も最初、『本業ではないから』と逃げ腰だった。でも80歳を過ぎて、それでは格好悪いでしょ? 心を入れ替えて本腰を入れ、微妙なアヤの部分まで練り上げた解釈をCDに残したくなった」と、指揮者としての「円熟」を分析する。「合唱で自分の気迫、音、色彩を出せるようになったのは80年ころ。オーケストラの指揮でも『ああ、いい音が出ているな』と思えたのは、ごく最近のことだよ」と、打ち明ける。

「つまらない演奏」に失望するとき

 「音楽評論を続けてきて良かったのは、悪い演奏をたくさん聴き、ダメな演奏のデータを蓄積できたことかな? どうしてこの人、こんなにつまらないのかと考え、少なくとも自分はそうした愚をおかさないよう努められるからね」。いよいよ、言いたい放題だ。

 例えばベートーヴェンの「交響曲第7番」。80歳の2011年9月19日、東京の上野学園石橋メモリアルホールで「宇野功芳傘寿記念日本大学OB管弦楽団」を指揮したライヴ録音盤(キング・インターナショナル)と、今年4月11日に愛媛県の宇和島市立南予文化会館で仙台フィルを指揮したライヴ録音(同)を聴き比べる。部分的に近衛秀麿改訂版を引用したり、テンポを激しく動かしたりする基本は変わらないが、最新盤では唐突さが影を潜め、楽曲全体の構造をより尊重しようとする姿勢が際立つ。

 カップリングのチャイコフスキーの協奏曲は、対話集にも登場した佐藤の独奏。これまで数々の小品集、室内楽のCDで激烈な演奏を繰り広げ、宇野の「お気に入り」となった佐藤だが、対話集ではオーストリアの音楽学者シェンカーの演奏理論を延々と説くなど、学究肌の意外な一面をかいま見せる。チャイコフスキーでも悪趣味な名人芸には背を向け、独自に究めたスローテンポの解釈でオーケストラの大音量と渡り合い、堂々の協奏曲初録音に仕上げた。伴奏指揮の宇野は拍子抜けするくらいに控えめで、ただただ佐藤の個性を際立たせる側に徹した。

 3カ月後の7月4日、大阪・いずみホールで収録したベートーヴェンの「第9」は中規模の演奏会場の特性を生かして威圧感をそぎ、モーツァルトのように清新な解釈を指向する。時々、往年の巨匠指揮者の大技を模したはったりが顔を出すが、基本は美しく透明な響きと、丁寧なフレーズの弾かせ方だ。合唱団は絶叫せず、独唱者も小ぶりで大歌手4人が声を張り合う「いやらしさ」(宇野)を排し、「品のいい音楽」をひたすら目指す。

■「いい音」を得て深まるUNOワールド

 オーケストラ指揮でのUNO語法もいよいよ、円熟境にさしかかったらしい。「なかなかさわやかな『第9』でした」と感想を伝えると、「いやあ、オーケストラが良い音を出してくれたからだよ」と照れた。ふと評論家の表情に戻り、「ここ何年かで日本はもとより、世界のオーケストラが格段にうまくなった。複雑に音が入り組んだマーラー、ショスタコーヴィチの交響曲には以前にも名盤が存在したが、指揮者の解釈はともかく、オーケストラの性能は十分とはいえなかった。今ようやく、作曲者の意図した音が細大漏らさず、出てくるようになった気がする」と、「いい音」が得られた背景を語りだした。

 オーケストラの指揮で「いい音を引き出せる手応え」を深め、実際に楽団の性能も向上しているのであれば、卒寿(90歳)を目がけ、さらなるUNOワールドの展開を期待したいところ。本人は「文章も演奏会も、若い人が読んだり来たりしてくれなくては、さびしい」といい、あくまで新たな音楽ファンに出会うための「やりたい放題」だとしている。

(電子編集部 池田卓夫)

宇野功芳対話集 演奏の本質 (ONTOMO MOOK)

著者:宇野功芳
出版:音楽之友社
価格:1,944円(税込み)

宇野功芳 傘寿記念日本大学OB管弦楽団 特別演奏会ライヴ (Beethoven : Symphony No.7 / Franz Schubert : Symphony No.8)

演奏者:宇野功芳, 宇野功芳傘寿記念日本大学OB管弦楽団
販売元:King International

佐藤久成 + 宇野功芳 / 宇和島ライヴ 2015 ~ チャイコフスキー : ヴァイオリン協奏曲 | ベートーヴェン : 交響曲 第7番 (Live at UWAJIMA in 2015 / Hisaya Sato (Violin), Koho Uno, Sendai Philharmonic Orchestra) [Live Recording]

演奏者:佐藤久成, 宇野功芳, 仙台フィルハーモニー管弦楽団
販売元:SAKURA

功芳の「第九」

演奏者:大阪交響楽団,神戸市混声合唱団 宇野功芳, 丸山晃子, 八木寿子, 馬場清孝, 藤村匡人, 神戸市混声合唱団
販売元:オクタヴィアレコード

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