初心者でも疲れない山登り、三浦豪太さんがコツを伝授
エベレスト登頂経験もあるプロスキーヤーの三浦豪太さん。「初めての山登り」に役立つイロハのうち、今回は、初心者でも疲れない「登り方」と「下り方」のコツを伝授してもらった。
一番気をつけなければいけないのは、最初の30分
――少し山登りをやってみたい気持ちがわいてきたのですが、できるだけ楽に登りたいとも思います。何か秘訣はありますか?
豪太さん初心者の方は、山をよく知っている経験者と一緒に登ることをお勧めします。山登り経験がなく、体力がないことを伝えた上で、ゆっくりと先導してもらいましょう。1人で登ったり、経験が浅い者同士で登ったりすると、ペース配分が分からず、最初から"飛ばしすぎて"しまうので、想像以上に疲れてしまいます。
結果、「登山はきつい、もういいや……」となり、リピーターにならずに終わってしまうケースが多いんです。周囲に経験者がいなければ、山登りのイベントや教室に参加してみるのも一つの手かもしれません。
――うっ、確かに身に覚えがあります……。
豪太さん 山登りで一番気をつけなければいけないのは、最初の30分です。最初の30分に速く登り過ぎると、途中で必ずペースが落ちます。50分間継続して歩けないようだったら、そのペースは自分にとって速すぎるという合図です。
――スピードの目安はありますか?
豪太さん 「ペチャクチャと会話ができる」速度ですね。それがその人の体力レベルに合ったスピードだと思ってください。息切れして話すこともできない、というときはペースを緩めましょう。
最近は、心拍計(ハートレイトモニター)や、心拍数を計測できるタイプの腕時計などがあるので、できればそれらを使って心拍数(1分間の拍動数)を計り、自分の疲労度合いを知ることをお勧めします。
目標心拍数の目安を知っておこう
豪太さん 登山で目標にしたい心拍数(ターゲット心拍数)は、「180-自分の年齢」で計算できます(マフェトンの公式)。
ただ、これは目安なので、体力に自信がない人、病み上がりの人などは、ターゲット心拍数から「-5~-10」の緩めのペースに設定し、普段から何らかのトレーニングを積んでいる人は「+5」で計算してみてください。40歳の人なら、1分間の心拍数130~145が目安になります。私は、上りのときは130くらいを目安にしています。
とはいえ、初心者がいきなり心拍計を用意するのは大変です。もっと手軽に心拍数を計るには、私が実践している「6秒計算法」がお勧めです。
――それはどういったものですか?
豪太さん 計測方法と計算式はいたって簡単。首の動脈に人さし指と中指を当て、時計を見ながら6秒間の心拍数をカウントするんです。それを10倍するだけで、1分間の脈拍が分かります。
――なるほど! それなら私にも簡単にできそうです。
豪太さん その人の体格や筋肉の違いによって、ベストなピッチやストライドも変わるので、「これが理想の登り方」と一概には言うことはできません。同じ歩幅、ストライドで登れる状態が維持できるようなスピードを意識することが、登山初心者には一番大事です。
楽に登りたかったら「ウサギ戦法」より「カメ戦法」
――山登りでは、途中で休んでもいいのでしょうか?
豪太さん もちろん。特に登り始めは、体が温まってきて汗も出てきますので、30分で一度休憩して、衣服を調整するといいでしょう。その後は、50分登って10分休む、というペースを目安にしましょう。
登山はスピードを競う競技ではないので、「ウサギとカメの法則」でいいんです。速いスピードで歩いて30分ごとに休む「ウサギ戦法」か、ゆっくり会話しながら歩いて50分ごとに休む「カメ戦法」のどちらが疲れにくいかといったら、後者。「あれ、もう50分たったの?」と時間の経過を短く感じ、結果的にラクに登ることができます。マイペースな性格の方ほど、登山との相性はいいでしょう。ただ、猛暑など気候の変化に応じて、休憩を増やし、頻繁に水分補給するなどの対応は必要になります。
――休憩するときは、腰を下ろしていいんですか。座らない方がいい、という説も聞いたことがあるのですが……。
豪太さん 腰を下ろしてしまって大丈夫ですよ。できればリュックサックも下ろしてください。長時間ザックを背負っていると、背中や肩の周辺の血流が悪くなりますので、背伸びをしたり、深呼吸をしたり、肩を回したりなどの体操を取り入れるといいですね。
1.初心者はできるだけ経験者と一緒に登る
2.疲れにくいのはおしゃべりをしながら登れるペース。特に最初の30分を飛ばしすぎないことが大事
3.心拍数の目安は「180-年齢」(体力に自信がない人はさらに5~10低く)
4.休憩は50分に1回を目安に
「後ろ向き」で下りるのが一番ラク?
―上りよりも下りの方が難しいといわれますが、下りでは、どのようなペースや歩き方をすれば、疲れにくいのでしょうか。
豪太さん 下りは上りのような激しい運動量ではなく、エネルギーを使わないし、心拍数もさほど上がりません。そんなに休まなくてもゴールにたどり着くことができます。でも、ブレーキをかけながら下りるので、脚の筋肉に与えるダメージは大きいんです。
筋肉が弱い人ほど十分にブレーキをかけられないので、加速がつきがちです。意識しないと、どんどん足が勝手に前に出てしまいます。その加速に身を任せて下りてしまうと、膝関節の骨と骨同士が当たるような乱暴な下り方になり、関節内部に損傷を起こし、クッションの働きを担う半月板や軟骨などにダメージを与えてしまいます。
基本の下り方は、足の指の付け根を地面につけてから、かかとを下ろすイメージです。足の指の付け根から着地すると、自動的に膝が曲がります。そうすると、足首と膝の2段階クッションが機能して、着地の衝撃を分散することができるのです。着地を意識しすぎて脚を前に出しすぎないよう、体の真下で着地するようにしてください。
ただ、連続した下り坂で足の指の付け根からの着地を続けようとすると、疲れも伴います。それほど急勾配でなければ、かかとからの着地でも構いません。
また、膝が内側や外側に向いていないか、まっすぐ前を向いているかは常に意識してください。同じようなテンポとストライド、そして左右のバランスを崩さないようにしましょう。
それでも本当に足が動かなくなったら、最後の手段は後ろ向き歩行で下ることです。
下りで脚が動かなくなったら「後ろ向き」で下る!
――えっ、後ろ向きですか? 進行方向が見えない状態で下るのは、ちょっと怖いです……。
豪太さん後ろの障害物を気にしながら下りるぐらいのゆっくりしたスピードです。登山家の中でも推奨しているのは私ぐらいですが、秘伝の下り方です(笑)。
私が主催している登山教室で、富士山などの高い山に登ると、参加者の1割くらいは下りで足が動かなくなってしまいます。そんなとき、「じゃあ、後ろ向きにゆっくり一歩ずつ下りましょう」と言うんです。皆さん最初は驚きますが(笑)、やってみると、一歩も歩けなかった人が、ゆっくり下りることができるんです。結果的に、前を向いて下りるよりも速かったりします。
――へえ~、そうなんですね。
豪太さん もちろん、後ろ向きで下るのは、他の登山者が少なくて、ベテランの登山者が見守ってくれる時、足元が安定していて、見通しが良く、ある程度、道のパターンが予測できている時に限ります。細い道で、木の根っこが大量に出ていたり、曲がりくねった山道ではお勧めできません。でも、広い登山道がずっと続くような下りであれば、後ろ向きでも大丈夫。脚が疲れてしまい、もうこれ以上下れないという人でも、後ろ向きにゆっくりと歩けば、まだ歩くことができるんです。
――それはいったいなぜなんですか?
豪太さん 実は人間の骨格は、正面を向いて下りるのには向いていません。膝が逆向きに曲がらない限り、下りのように体重を前にかけながら膝を曲げる動きは不自然なんです。後ろ向きなら、膝が山側に曲がるため、自分の体重が膝に一気にかかることはなく、地面を蹴らなくても済むので、膝にも足首にも負担がかかりにくいんです。
試しに階段を後ろ向きに下りてみるといいでしょう。手すりを持ちながらゆっくりと後ろ向きで降りてみると、思ったよりも安定感がありますし、足へのストレス、膝への負担も前向きに比べて少ないと感じると思います。
山登りの日の朝ごはんは、パンよりご飯がお勧め
――登山前や登山中の栄養補給についても教えてください。
豪太さん 登山は最もエネルギーを使う有酸素運動です。山で使うカロリーの目安は、「自分の体重×運動時間×5kcal」です。
例えば、私の体重は80kgなので、1時間の山登りで消費するのは、400kcal。往復5時間の山では、その5倍の2000kcalを消費することになります。
――それだけで、普段の1日に必要なカロリー量と変わらないですね。
豪太さん そうなんです。ですから、糖質ダイエットをしている人なんかがいきなり山を登ると、「低血糖」になり、途中で体が動かなくなってしまうことがあります。これはとても危険です。登山の時は、自分の体を守るために糖質をちゃんととるようにしてください。
まず朝食で600から800 kcalを目安に摂取し、おやつなどの行動食を準備してこまめに補給しましょう。たとえ2000kcalをとっても、それに相当する量の運動をするので決して太りませんし、続けていくうちに基礎代謝は上がり、筋肉がバランス良く引き締まって痩せてきます。しっかり食べておいた方が、登山後の回復力も高まります。
――山歩きで痩せようと思ったら、きちんと食べることが大事なんですね。朝食は何がお勧めですか?
豪太さん ご飯かパンかと聞かれると、ご飯の方がいいかもしれませんね。パンは血糖値を素早く上げる分、吸収も速いのですぐにお腹が空いてしまいます。ご飯やパスタの方が血糖値をゆっくり上昇させる分、腹持ちがいいんです。一方、登山中の行動食には、すぐにエネルギーに変わるパンがいいかもしれません。
おやつは、糖分に加え、筋肉のけいれんを予防するカリウムを含むバナナを持って行くといいですね。ドライフルーツやチョコレートでもOK。カロリーのあるスポーツドリンクも、補食としても考えられます。
――水分補給はどのようにすればいいですか?
豪太さん これにも分かりやすい目安があって、「自分の体重×行動時間×5mL」が必要な水分量です。たとえば東京の高尾山を、ケーブルカーやリフトを使わず徒歩のみで往復すると、3時間前後かかります。体重80kgの人であれば、1200mL=1.2Lの水分が必要です。もちろん、気温条件により異なりますので、これは目安です。暑ければ、1~3割増しで水分を補給してください。
水はとても重いので、途中の沢やロッジで補給できるのであれば、その場所までにかかる時間を目安に、必要量を準備しておくといいかもしれません。ロッジで販売している水は、麓のものより価格が高いですが、登山の途中で調達した方が体力の消耗を防ぎ、ラクに登れます。
――事前に、水場を調べておくのは重要なんですね。
豪太さん 水場までの行動時間や、必要な水分量を調べ、水場がない時には、往復分用意するなどの準備は大事だと思います。体温調整、心臓の負担の軽減、それから筋肉のけいれんの防止において、水分補給は大事です。脱水症状を起こしてしまうと、死にも至ります。カロリーと同じく、こまめに補給してください。
水分としては、筋肉の収縮を防ぐカリウムが入っているスポーツドリンクがお勧めです。たいていのスポーツドリンクにカリウムは含まれています。スポーツドリンク特有の甘味に抵抗があるという人は、薄めて飲んでもいいですし、スポーツドリンクよりも電解質濃度が高く糖質濃度が低い経口補水液でも大丈夫です。
――ウーロン茶や緑茶など、カフェインが入っているドリンクは避けたほうがいいですか?
豪太さん ウーロン茶や緑茶でも悪くはないのですが、カフェインには利尿作用があるので、飲みすぎると脱水になる可能性も否めません。ほどほどにしておいた方がいいでしょうね。
でも実は、その利尿作用が高所でのむくみ防止に役立ったりもするんです。われわれが高い山に登る時は、よく紅茶やコーヒーを持っていって、むくみ防止の為に飲んでいます。この場合の「高所」は、初心者が登るような山ではありませんが、高所で飲むコーヒーは格別においしいです。
1.計算式を参考に、出発前、および登山中に必要なカロリーをしっかり摂る
2.水分補給はスポーツドリンクがおすすめ。おすすめのおやつはバナナ
3.途中の水場を調べ、そこでも飲み物を調達するよう計画を。往復分をリュックに入れる必要がなくなり、体力の消耗を防げる
(高島三幸=フリーライター)
プロスキーヤー、冒険家、医学博士
1969年、神奈川県鎌倉市生まれ。米国ユタ大学卒業。フリースタイルスキーのモーグル日本代表として94年リレハンメル五輪、98年の長野五輪に出場。現在は解説者としても活躍し、2014年ソチ五輪では名解説が話題に。13年、父・三浦雄一郎氏の世界最高齢(80歳)でのエベレスト登頂に同行し、親子同時登頂を果たした。現在は順天堂大学医学部非常勤准教授として加齢制御(アンチエイジング)を専門に研究する傍ら、幅広い年齢層の人々やアスリートに向けた、トレーニングやアウトドアプログラムを手掛ける。日本経済新聞の夕刊コラム「三浦豪太 探検学校」でもおなじみ。
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
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