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東京交響楽団、2つのマーラー交響曲 ノット指揮「第3番」と秋山指揮「第2番《復活》」 多彩な世界を映す大行進曲

2015/9/26

 クラシック演奏会で今やいずれも中心演目を占めるほどポピュラーになったグスタフ・マーラー(1860~1911年)の全10曲の交響曲(「大地の歌」を含めれば11曲)。東京交響楽団は8月に秋山和慶指揮で「第2番《復活》」、9月にはジョナサン・ノット指揮で「第3番」を演奏した。桂冠(けいかん)指揮者の秋山、2026年3月まで音楽監督を務めることが決まったノット。東響の2人の顔が引き出すマーラーの魅力を聴いた。

ジョナサン・ノット指揮東京交響楽団、藤村実穂子(メゾ・ソプラノ)、東響コーラス、東京少年少女合唱隊によるマーラー「交響曲第3番ニ短調」の演奏風景(9月12日、東京都港区のサントリーホール)=(C)池上直哉/東京交響楽団

 マーラーの交響曲は日本のどこかで毎週鳴り響いているといえるほど演奏の頻度が高い。筋金入りのマーラー信奉者でも食傷気味になりがちだ。それでも演奏会はどこも満席に近い。ウィーン世紀末を生きたユダヤ人作曲家のどこに人々はひかれるのか。世界全体を映し出すような巨大なロマン性、人間臭い感情の爆発、崇高さと俗っぽさが入り交じった多彩なサウンド。そしてベートーベンの「第九」に比肩する感動、カタルシスをもたらす交響曲群だからだろう。

 9月12日、サントリーホール(東京・港)でのノット指揮東響の「交響曲第3番」。マーラーの交響曲の中でも最長の大作で、全6楽章の演奏時間は約100分。世界トップクラスのメゾ・ソプラノ藤村実穂子を迎え、東響コーラス、東京少年少女合唱隊も加わる大編成はまさに鬼気迫る誇大妄想の作曲家の作品らしい。「(約35分を要する)第1楽章が鍵を握る」とノットは指摘する。その第1楽章は全体が前代未聞のスケールの行進曲といえる。マーラーが第1楽章に付けた標題は「夏が行進してくる(バッカスの行進)」。雄大な夏の自然を想起させる生命力あふれる行進曲によって、いきなり感動の頂点を築かなければならない。

 第1楽章冒頭は8本のホルンによるファンファーレの斉奏。行進曲風の画然としたニ短調のテーマだが、ノットの指揮では6~7小節目で大胆なアドリブ風の緩急法を加え、揺らぐ雰囲気を出したのが面白い。ティンパニと大太鼓の弱音、極端に長い休止、それに続くトロンボーンとチューバの低音域での葬送行進曲風のテーマが奥行きのあるサウンドを生み出す。

マーラーの「交響曲第3番」で東響を指揮する音楽監督のジョナサン・ノット(9月12日、東京都港区のサントリーホール)=(C)池上直哉/東京交響楽団

 打楽器と金管楽器が岩山の崩れ落ちるような硬質で激烈な破裂音を生み出し、弦のトレモロが突風にそよぐ樹木を思わせる。その曲調はアルプスの高山の雰囲気を醸し出す。哲学者ニーチェが自らの著作について「高山の空気」と指摘した文章を思い起こす。実際、「第3番」は第4楽章でメゾ・ソプラノにニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」の一節を歌わせるなど、「生への意志」の思想を反映した「ニーチェ交響曲」でもあるのだ。

 「第3番」が持つ独特の高山の大自然の雰囲気を味わうには、マーラーがこの交響曲を作曲したオーストリアのアッター湖畔を訪ねてみるのも有意義と思われる。アルプス山麓ザルツカンマーグート地方のアッター湖畔シュタインバッハにマーラーは小さな作曲小屋を設け、過密な指揮活動がオフとなる夏休みの期間にそこにこもってこの大作を書いた。

 公衆便所のような作曲小屋だが、そこからは小波が寄せる清らかな湖面、岩肌を現した山々が見渡せる。マーラーがいかにアルプスの自然から霊感を受けてあのような巨大な交響曲を作曲したかが分かる。英国人のノットはマーラーが「交響曲第9番」と「大地の歌」を書いたドロミテアルプス山麓の現イタリア北部ドッビアーコ(旧オーストリア帝国時代の名称はトブラッハ)の作曲小屋を訪ねたことはあるが、アッター湖畔には行っていないようだ。少し残念な気がする。

 第1楽章がいよいよ行進曲風を強めるのは、オーボエによる非常に魅力的な民謡風の旋律が登場してからである。この旋律に鳥のさえずりのような木管群、ファンファーレ風のトランペット、鼓笛隊風の打楽器群など多彩な音響が絡まって変奏していき、途方もないクライマックスを何度も築く。まさに夏の行進、白日の下での「ワルプルギスの夜」といえる。子供の軍楽隊のようなどんちゃん騒ぎ。マーラーを聴く楽しみの一つだ。

 しかしノットの指揮にはなぜか聴き手として没入しきれない面があった。生き生きとしたマーチではあるが、どこか一本調子でスマートなところがあるのだ。せっかく冒頭で揺らぎの表現を見せたのだから、もう少し異形の行進曲、正体の知れない動物たちが次々とひょっこり現れてくるような、マーラーの怪物性の側面があってもいい気がした。

マーラーの「交響曲第3番」第4楽章でニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」からの詩を歌うメゾ・ソプラノの藤村実穂子(9月12日、東京都港区のサントリーホール)=(C)池上直哉/東京交響楽団

 第1楽章全体で金管や木管群の音量が大きいわりには弦楽合奏の響きが弱い感じがした。行進曲の要の部分で顔を出す第1バイオリンの独奏では、ソロ・コンサートマスターの大谷康子が控えめでかれんな一輪のエーデルワイスのような風情を聴かせた。だがこれも魅力的な旋律がもう少し明快に伝わってほしいところだ。終結部も小太鼓がマーチのリズムを刻んで多彩な音響を巻き込んでいく場面などは爽快だ。それでも最後のクライマックスは大音量のわりに説得力に乏しく、物足りなさが残った。ただ、この楽章自体がものすごい効果を発揮する作品であるだけに、曲をあまり知らなかった人には驚きと感動を持って迎えられたことだろう。

 要の第1楽章が終わってしまった後こそ「第3番」の演奏は難しい。あの大行進曲よりも盛り上がる曲想はもうないからだ。そこで穏やかな天上的美しさに耳を傾けることになる。第4楽章の藤村実穂子の「ツァラトゥストラ」の独唱がこの日の白眉だった。ワーグナー歌手として欧州で高い評価を受ける藤村は、厳しさを込めて決然とした歌唱を披露した。

 第5楽章で歌う児童合唱隊が舞台にいないのが気になっていた。客席の後方で鐘が鳴った。ノットが振り向いて合図を送り、客席に控えていた東京少年少女合唱隊が「ビム、バム、ビム、バム」とドイツ民謡詩集「少年の不思議な角笛」の詩を歌い始めた。鐘と合唱、管弦楽のタイミングが微妙にずれているのが気になったが、そこに入り込む藤村の厳しさに満ちた歌唱には心を揺さぶるものがあった。

 第6楽章「アダージョ」は澄み切った弦、明快な木管の響きが対位法の音のあやの美しさを引きだして秀逸。全曲が終わった時、客席からブラボーの歓声と拍手の嵐が異常なほどの勢いで立ち上がり、いかにこの交響曲が聴き手を感動の渦に巻き込むかを示していた。

「フェスタサマーミューザKAWASAKI2015」最終公演のマーラー「交響曲第2番ハ短調《復活》」で東京交響楽団を指揮する桂冠指揮者の秋山和慶(8月9日、川崎市のミューザ川崎シンフォニーホール)=提供 ミューザ川崎シンフォニーホール 
秋山和慶指揮東京交響楽団、東響コーラス、竹本節子(メゾ・ソプラノ)、天羽昭恵(ソプラノ)によるマーラー「交響曲第2番《復活》」の演奏風景(8月9日、ミューザ川崎シンフォニーホール)=提供 ミューザ川崎シンフォニーホール 

 これに先立つ8月9日、川崎市のミューザ川崎シンフォニーホールで開かれた「フェスタサマーミューザ2015」の最終公演、秋山和慶指揮東響のマーラー「交響曲第2番《復活》」。日本発の指揮法「斎藤メソッド」の申し子である秋山の熟練の正確なタクトによって第1楽章が始まった。低音弦が葬送行進曲のリズムを厳格に刻む。曖昧さのないクリアな響きがいい。決然とした軍楽隊風の指揮が一糸乱れぬ行進曲を生み出す。その厳しさの中から暗い感情のロマンが爆発する。その直後に一転して誇大妄想の明るくきらびやかな曲想が一瞬立ち上がる。これぞ分裂気質のマーラーの醍醐味だ。

 秋山の「復活」の解釈は分かりやすい。第1楽章で優勢だった葬送行進曲のとがったリズムの刻みを終楽章の激烈な展開部まで強調させる。その後、「復活」の詩による感動的な合唱が立ち上がってくる頃までには、その厳格なリズムの刻みが蒸発するように消えていき、タテの音響のイメージからヨコに滑らかに流れる響きへと全体の重心を移行させていくといった印象だ。

 広島交響楽団の音楽監督も務める秋山は、長崎原爆の日のこの公演で、平和を祈念する思いから「復活」を演目に選んだという。終楽章の終結部で合唱と管弦楽が織りなす緩やかなクライマックスでは、とがった響きが姿を消し、戦いから平和へ、心の平安を象徴するような、地平線のように長く伸びた悠遠の響きを醸し出していた。

ゲオルク・ショルティ指揮シカゴ交響楽団&合唱団、ヘルガ・デルネシュ(メゾ・ソプラノ)らによるマーラー「交響曲第3番」の2枚組CD(ポリドール)
ゲオルク・ショルティ指揮ロンドン交響楽団・合唱団、ヘレン・ワッツ(アルト)、ヘザー・ハーパー(ソプラノ)によるマーラー「交響曲第2番《復活》」のCD(ユニバーサル)

レナード・バーンスタイン指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、ニューヨーク・フィルハーモニック、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団らによる「マーラー交響曲全集」の11枚組CD(輸入盤、ドイツ・グラモフォン)
ジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管弦楽団らによる「マーラー交響曲全集」の12枚組CD(輸入盤、ドイツ・グラモフォン)

 日本でのマーラーの人気は相変わらず根強い。エリアフ・インバル指揮東京都交響楽団による交響曲の全曲連続公演が昨年一巡したのに続き、山田和樹指揮日本フィルハーモニー交響楽団による連続公演が進行中だ。聴き手の生涯にかかわる作曲家はいる。どんな状況の変化があってもその都度、人々を励ます効力を持つ作曲家の一人がマーラーだ。ノット、秋山の指揮でも新しい側面が聴けた。優れた指揮者は新鮮なマーラー像を引き出し、聴き手を新たな地平に向かわせる。

(文化部 池上輝彦)

マーラー:交響曲第3番

演奏者:ショルティ(ゲオルグ), シカゴ交響合唱団, グレン・エリン少年合唱団, デルネッシュ(ヘルガ)
販売元:ポリドール

マーラー:交響曲第2番「復活」

演奏者:ショルティ(サー・ゲオルク), ワッツ(ヘレン), ハーパー(ヒザー), ロンドン交響合唱団
販売元:ユニバーサル ミュージック クラシック

Mahler: Die 10 Symphonien

演奏者:
販売元:Deutsche Grammophon

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