「卵でコレステロールが増える」はもう古い
血液中のコレステロールが増えると、血管の壁に付着して動脈硬化を引き起こし、脳卒中や心筋梗塞といった虚血性心疾患などの原因になります。1960年代、食事中のコレステロールが、血液中の総コレステロールおよび悪玉(LDL)コレステロールのレベルを上昇させることが示唆され、コレステロールの制限が推奨されるようになりました。米国心臓協会が1日のコレステロール量を制限することを推奨し始めました。
その後長年にわたり、コレステロール制限は、米農務省や米厚生省のガイドラインの主流となりました。1980年「米国人のための食生活指針」では、1日300mg以下の制限が推奨されました。例えば卵の場合、1個当たり約200mg前後(米農務省のデータでは可食部50g当たり186mg)のコレステロールを含みます。そのため卵はコレステロール量の多い食品として摂取を控えることが広く推奨されてきました。
食べても血中に影響がない
ところがその後、飽和脂肪酸やトランス脂肪酸に比べると、食事中のコレステロールは、血液中のコレステロールへの影響が非常に少ないことが示されました。また、個人によって、食事中のコレステロールの血液中コレステロールへの影響が異なることや、食事中のコレステロールの摂取量と心疾患のリスクの関係が一貫しないという疫学研究が発表されました。
1999年、ハーバード大学の研究者たちの調査では、健康な男性約4万人(40~75歳)を8年間、健康な女性約8万人(34~59歳)を14年間追跡したところ、1日当たり最大1個の卵を摂取しても、虚血性心疾患や脳卒中のリスクにほとんど影響しませんでした。
たとえコレステロールを含む食品を摂取しなくても、私たちは肝臓でコレステロールを合成します。2006年、米コネチカット大学マリア・ルツ・フェルナンデス教授によると、コレステロールを多く含む食品を摂取しても70%の人は血中コレステロール値がほとんど変化しないか、軽度の増加のみでした。卵の摂取も、体質的に感受性が高い人などを除けば、血中コレステロールに悪影響を及ぼしません。
さらに2013年には、中国の華中科技大学同済医学院とハーバード大学の研究者たちが、1966~2012年に報告された、卵摂取と心血管疾患に関する論文17報(対象者約26万人)を網羅的に解析しました。その結果、1日1個までなら卵の摂取と虚血性心疾患や脳卒中のリスクは無関係でした。
これらの研究から、2015年2月、「米国人のための食生活指針」草案では「食事中のコレステロール量と血中コレステロール値には関連性が示されず、コレステロールの摂取を制限する必要はない」と報告されました。日本も米国の流れに追従する形で、4月に「日本人の食事摂取基準(2015年版)」においては以前に設定していた目標量を撤廃しています。コレステロールの摂取量は控えめに抑えることが好ましいととどめている程度です。
ただし、これらの研究の対象は健常者です。日本動脈硬化学会では、「高LDL(悪玉)コレステロール血症患者については当てはまらない」とし、食品中のコレステロール量に留意を促しています。また、糖尿病の人も、虚血性心疾患のリスクが懸念されるため注意が必要です。高LDL血症や糖尿病の人は、卵の適量を主治医の先生とご相談ください。
執筆者プロフィール
医師。東京女子医科大学卒。2007年4月より、ボストンのハーバード大学に留学し食生活と病気の発生を疫学的に研究。著書に『健康でいたければ「それ」は食べるな』(朝日新聞出版)ほか多数。
参考文献「Harvard T.H. Chan School of Public Health『Is butter really back?』」
(編集 日経ヘルス、写真 スタジオキャスパー)
[日経ヘルス2015年9月号の記事を再構成]
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