働く女性を支える知の基盤 「教養力」はこう磨く
~WOMAN EXPO TOKYO 2015から
トークセッションは、池上さんの次のような話から始まった。
池上 「教養(リベラルアーツ)」という言葉への関心度が高まっています。
新入社員の教養のなさが取り沙汰され、高学歴者による犯罪が目立ちはじめたのは、大学の授業から「教養科目」が姿を消して以降のことではないでしょうか。実用的ですぐに役立つ専門領域の学びを、偏重しすぎたためではないでしょうか。そんな憂慮もあり、近年になって見直されているのが「教養」なのです。
時代が変わっても色あせない「知の基盤」を
草野 2012年から、東京工業大学のリベラルアーツセンターで教授を務めていらっしゃいますね。学生たちが教養を身につけることには、どのような意義があるのでしょうか。
池上 いつ役に立つか分からない教養よりも、社会に出て早々に活用できる能力を身につけるほうが、合理的だと思われるかも知れません。しかし、「すぐに役に立つもの」というのは「すぐに役に立たなくなるもの」です。
以前、マサチューセッツ工科大学に取材に行きました。世界最先端の技術を教えることに注力していると思いきや、違いましたね。技術は日々革新され、4年も経てば古くなる。だから知識力ではなく、最先端を走り続けるための教養を培うべきだと、大学は考えていたのです。
草野 なるほど。何十年後もその人を支える「知の基盤」こそ、価値があるというわけですね。
バイアスをかけずに情報と向き合う「複眼的思考」
池上教養力を磨く上で大切なのが、ものごとを立体的に捉える「複眼的思考」です。
草野 池上さんは、国際情勢や歴史的背景などの幅広い知識を交えながら、多角的にニュース解説をされています。複眼的思考で情報と対峙しているからこそ、できることなのでしょうね。ちなみに、今注目されている国際的な動きはありますか?
池上 最近、イスラム国のニュースを目にすることが少なくなりました。しかし決して問題が解決したわけではなく、『CNN』や『BBC』では今も大きな話題です。多くの日本人に「もう大丈夫なのだろう」という正常化バイアスが働いて、「見たくないものを見ないだけ」になっているのではないかと懸念しています。
ネットを情報源にすることの落とし穴
草野複眼的思考を鍛えるには、情報収集力が求められますよね。でも、インターネットの普及によって日々膨大なニュースに触れるようになり、情報を精査する力が低下しているように思います。
池上 新聞であれば、主要なニュースは一面に出ているから分かりやすい。しかしネットニュースは、芸能ネタなどページビューを稼げそうなトピックがトップにきていることが多いですよね。しかも、どの見出しも並列になっていて等価に見えますから、その中から肝心なものを選び取るのは至難の業です。
草野 新聞は、記事スペースの大小も重要度の目安になりますが、ネットニュースの場合は見極めが難しいですね。
池上 引きが強いものだけクリックして、パッと見ただけで分かった気になってしまう。情報源をネットニュースに頼りすぎると、視野に偏りが出かねないので要注意です。
自分なりの「なぜ」を追究し、情報をストックする
草野 収集した情報を教養へと昇華させるためには、どうすればいいのでしょうか。
池上 分からないことがあったら「なぜ分からないと思ったのか」を掘り下げてみることですね。自分なりの引っかかりや違和感をきちんと拾い上げる。そして、一つひとつの「なぜ」に対して関連する本を読んでみることです。
草野 スマホで簡単に調べるだけでは終わらせない。
池上 そうです。本を探すときには、ネット書店ではなくリアル書店を活用すること。ネット書店の場合は、本のタイトルに検索ワードが含まれるものにしか出合えません。リアル書店なら、タイトル以外の要素も目に入りますから情報に広がりが生まれます。
草野 そうした情報が結びついて、複眼的思考が養われるわけですね。
池上 日々のニュースはフローであり、フローの情報を補強するうちストックになります。そして、ストックがあるからこそフローへの理解も深まっていく。こうした積み重ねによって、教養力が磨かれていくのだと思います。
(ライター 西門和美)
[nikkei WOMAN Online 2015年6月9日付記事を再構成]
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