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グルジアはジョージアが正しい? 国名呼称の不思議

2015/5/27

 4月14日、黒海沿岸にある国「グルジア」の呼び名を「ジョージア」と改める法律が日本で成立した。国連加盟国の多くが「ジョージア」と呼んでいることが理由の一つだが、同国の現地語での正式名称は「サカルトベロ」で「ジョージア」は英語読み。今回の変更は現地語に合わせたわけではない。国名呼称はどのようになっているのだろうか。

 旧グルジアについては国連加盟国の大多数がもともと英語由来の「ジョージア」と呼んでおり、ロシア語由来の「グルジア」としていたのは日本や韓国、中国、それに旧ソ連の国々ぐらいだった。2008年にロシアと武力衝突した旧グルジア政府は、翌年からロシア語に由来する呼称を変更するよう各国に要請していたが、これまで日本政府は応じていなかった。

在日大使館の表記も英語名の「ジョージア」に変わった(東京都港区)

 外務省に理由を尋ねると、「外国の国名・地名を変更するには3つの基準があるため」(大臣官房総務課)ということだった。まず、相手国との関係。次に他の国や都市との混同の恐れがないか、最後に世間に浸透しているかどうかだという。このうち混同については米にジョージア州があるが、「文脈から判断できる」(総務課)としてOKで、世間への浸透度については外務省が「今後受け入れられるよう広報に力を入れる」(同)としている。

 そして「相手国との関係」。これは言い換えれば「どのくらい真剣なのか」ということのようだ。今回は旧グルジア政府が何度も要請し、大統領来日の際にも安倍晋三首相に直接働きかけるなどしたことで真剣度が伝わったようだ。

 とはいえこの基準をすべて満たしていればすぐ変更できるものではないと外務省はいう。「外国の要請を受けるたびに頻繁に呼称を変えていたら国名の安定性が損なわれるので慎重に判断している」(総務課)

 国名変更の基準はわかったが、それでは日本の場合、海外の国の呼称はどのようになっているか。調べると実に多種多様だ。主要20カ国(G20)を調べてもイギリスを除く英語圏はほぼ英語読み。それ以外のたとえばイタリアやインドネシアは現地語の読みだ。一方ドイツやイギリスは日本独自の呼称だ。

■外国の呼称は現地語と違うものが多い

 現地語ではない言語で呼ばれる国の呼称を「エクソニム(exonym)」という。英和辞典にもあまり掲載されていない、一種の専門用語だが、国際会議などの場では使われる。日本でエクソニムが生まれたのは、様々な理由が考えられる。たとえばイギリスやオランダ、ポルトガルといった国名は日本国語大辞典(小学館)によると、室町時代から江戸時代に鎖国が実施されるまで日本との交流があったポルトガルでの呼び名であると記されており、それがそのまま残った形だ。

 韓国、中国など漢字文化圏の国は漢字の読みがそのまま使われていることが多い。アフリカのカメルーンやコンゴなど、19~20世紀前半の帝国主義時代に列強の勢力下にあった国は、支配下に収めていた国での呼び名が定着していることが多いようだ。ただ、スペインなど日本とゆかりは深いが英語読みの国もある。このあたりについては外務省も「それぞれ個別の事情と歴史があるので、慣例だからというしかない」と説明する。

■日本の呼称はジャパン、それともニッポン?

 では諸外国における日本のエクソニムを調べると、漢字文化圏を除くとJapan(英語)、Japon(フランス語)、Giappone(イタリア語)、Hapon(タガログ語)などの小さな差異はあるが、「ジャパン」「ジャポン」という呼ばれ方が大勢だ。「日本国の中国語音を13世紀、中国の元朝時代にイタリアの探検家であるマルコ・ポーロが耳で聞き『東方見聞録』に『ジパング』と書いた。これが西洋で『Japan』に変化した」(笹原宏之・早大教授)というのが由来とされる。

 日本語での国名は「ニッポン/ニホン」だ。だがこう呼ぶ国は見当たらない。政府としては「相手国がどう呼んでいるかはその国に任せ、日本としては特に働きかけはしていない」(外務省)のが基本スタンスだ。外務省外交史料館の新見幸彦氏によれば、戦前に外国との条約で国名を「Nippon」とすべきだという議論が巻き起こったが、1927年に「一国の国号をどうすべきかは結局は便宜の問題であり、『ジャポン』または『ジャパン』という語を国号として条約の原文などに使用しても、なんら国の威信を損ずるものではない」という趣旨の政府見解が作成されたとの記録があるという。現在も日本の外国名をどう呼ぶかというきまりなどは特にない。

 そういえば昔のスポーツの国際大会などでは日本の選手は「NIPPON」と書かれたユニホームを着ていたが、現在はたいていが「JAPAN」だ。これも当該組織がどう表示するかを決めるもので、政府としては関知していないという見解だ。

 ちなみに日本オリンピック委員会(JOC)は「ユニホームをつくる際に国名表記を決めるが特に規則はない。現状では海外で一般的な『JAPAN』にしているが将来は『NIPPON』を使う可能性はある」としている。

 この考え方は他の国でも同様のようだ。たとえば現地語読みで「マジャロールサーグ」となるハンガリーは、「それぞれ国の事情もあるだろうし、外国から全く違う呼ばれ方をしても気にならない」(駐日ハンガリー大使館員)という。自分の国が外国からどう呼ばれているかについては、自国語での呼称よりも相手国の慣例を尊重する、これが暗黙の了解のようだ。

 2006年に在日オーストリア大使館が、オーストラリアとの混同を避けるため「オーストリー」と呼んでほしいとキャンペーンを展開したことがある。しかし、この「慣例の壁」の前に結局立ち消えになった。今回のジョージアのケースでは日本に対して「『サカルトベロ』の呼称は国内でしか使わない。独立当初から国際機関には『ジョージア』と登録している」(同国大使館)と主張、いわば「国際的慣例」を前面に出して変更を求めた。これが功を奏した面もありそうだ。

■国名呼称にも「先進国vs途上国」の構図

 こうしてみると外国国名の慣例呼称をなくすのはなかなか難しそうだが、国際会議の場では現地語読みを推奨しようという動きもある。1967年からほぼ5年に1回開かれる、国連地名標準化会議だ。国名や地名の統一を議論する国際的な会議で、日本も外務省や国土地理院などから代表団を送っている。日韓両国が日本海の呼称問題で議論しているのもこの会議だが、ここでは80年代から「国の名前はできるだけ現地固有の呼び名で呼ぶべきだ」という議論が何度もされている。

 国土地理院による第4回会議(83年)の報告書をみると、「一般に先進国はエクソニムをなくすと地名を表す言葉が無くなるので不都合だと主張、一方でアラブ諸国や発展途上国などは、エクソニムを使用されることは当該国の人々にとって不愉快きわまりないので早急に解消すべきだと主張している」と書かれており、「国際的に問題を引き起こすエクソニムは控えめに用いられるべきだ」という決議も採択されている。さらに第8回会議(02年)では会議を実質的に運営する国連の組織、「国連地名専門家グループ(UNGEGN)」の中にエクソニム削減問題を取り扱うための作業部会が設けられた。

 実際問題、すべてを現地語読みにすれば各国の国民の間で大きな混乱が生じることが予想され、これらの決議は一種の理想論という側面も大きい。ただ、今後新興国などの国際社会での発言力がさらに高まってくれば、外国名の呼称変更問題が俎上(そじょう)に載るケースが増える可能性もありそうだ。

(石川雄輝)

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