女性役員相次ぎ誕生 「お手並み拝見」が禁句の理由
日経BPヒット総研所長 麓幸子
「あの女性部長が会社初の女性執行役員に……」
「あの会社の女性マネジャーが執行役に就任。これはおめでたいな」
この春、女性役員・執行役員の誕生のニュースが相次いだ。かつて筆者が取材した管理職の女性たちもドンドン昇進しており、新聞紙上をにぎわせている。先日も、日本を代表する大手企業に勤めるワーキングマザーである知人が執行役員となり、お祝いの会を開いたところだ。
女性活躍を成長戦略の中枢に位置づけ、安倍晋三総理が「全上場企業でまずは役員に1人は女性の登用を」と呼びかけたのが2年前の2013年の春。今年度から有価証券報告書に女性役員比率等の記載が義務づけられることも追い風となっている。
外国人投資家は、日本企業のボードメンバーが「50代、男性、日本人」というひとつのスペックで固まっていることを奇異に思うという。ブラックスーツの中高年男性ばかりの経営会議――そこに女性が活躍できないその会社の構造的課題を見るのだろう。
女性役員の存在は、その会社の女性活躍の象徴であるとともに、近年株式市場で大きなテーマとなっている「ESG(環境・社会・ガバナンス)」に適切な配慮や対応をしているという証しにもなっている。「ESGのS(=Social)の主要構成要因の一つが女性の活躍であり、女性労働力という資源を積極的に活用しているということ。我が国の株式市場において外国人投資家のインパクトは大きくなり、一般の投資家もその動向を注目するなか、これまで以上に女性の活躍と資本市場での評価との関係は強くなる」と大和証券クオンツアナリストの吉野貴晶氏は予測する。
1910年の創業以来、日立製作所に初の女性理事誕生
女性役員登用で筆者が注目していた企業がある。13年5月に「2015年度までに女性役員登用、2020年度までに女性管理職1000人」という数値目標を掲げた日立製作所である。その「公約」どおり、15年4月1日付で、CSR・環境戦略本部長の荒木由季子氏を役員級の理事に登用した。役員級の女性理事は、1910年創業以来初のことである。
荒木氏は経済産業省出身。長くエネルギー分野を担当し、山形県副知事など多彩な経験を持つ。プライベートでは2児の母でもある。12年に日立に入社し、日立グループ関連の5財団を合併し日立財団に統合するなどCSR分野で実績を挙げた。同社は、ダイバーシティー(多様性)はイノベーションの源泉であり、成長エンジンと位置づけ、グループを挙げてその推進に取り組んでいるが、女性理事誕生により人材の多様化、多様な視点獲得の加速を狙う。
「『女性初』という称号は、実は初めてです」と荒木氏。出身の経産省は前身の通産省時代から女性の先輩が活躍していて、「女性だからと注目されることもなく意識することもなくのびのび働いていた」とほほ笑む。「今も自然体で自分らしい仕事をしながら、会社に貢献していきたい気持ちは変わらないが、女性活躍の流れがあり、初の女性理事という立場になった意味も十分理解している。会社側の期待も感じるし、いろいろな意味でサポートもしていただいている。日立には優秀な女性がいっぱいいる。その彼女たちの活躍の場が広がるように力を尽くしたい」と抱負を語る。
「社内の既存の仕組みに『ビジネスと人権』を組み込むなど実績を挙げてきた。経営層の一員としてさらにリーダーシップを発揮してもらいたい」とは人財統括本部人事勤労本部長兼ダイバーシティ推進センタ長の田宮直彦氏。
初の女性役員が誰になるのか。生え抜きか。外部からの登用か。女性活躍の深浅を測るポイントのひとつだが、日立の場合は前者とはならなかった。これに対し、田宮氏は、「2013年に女性役員登用の目標を定め、今回は荒木が理事となったが、もちろんこれが終わりではない。当社には部長クラス以上の優秀な女性もたくさんいる。今後は生え抜きも含め、女性理事が普通に出る時代になるだろう」と語る。
切れ目のない「採用→育成→登用」で母集団形成
生え抜きの女性役員が登場するには時間がかかる。日本の企業は、入社15年前後というキャリアの遅い時期から選抜が始まり、そこから、そのまま非管理職に留まるか、中間管理職、上位管理職、さらにはトップマネジメントまで昇進するかどうかに分かれる。つまり、生え抜きの場合、入社して15年以上組織に留まることが役員の最初の条件となるが、日立はまさに15年前の2000年からF.F.プラン(ジェンダー・フリー&ファミリー・フレンドリープラン)に基づき、女性採用数を拡大させている。女性採用比率は、全体では2000年度11%が14年度19.4%、技術系では同8.3%が14.8%、事務系にいたっては同26%が41.7%にもなっている。中間管理職から上位管理職へ、さらには役員へと女性がさらに活躍できる素地ができつつあるのだ。
その中での女性理事誕生は社内に少なからずインパクトを与えるだろう。
「社内の女性たちからお祝いのメールを頂戴した」と荒木氏。日立は、13年から「日立グループ女性リーダーミーティング」を開催している。これはグループ国内各社の部長相当職以上の女性たちを集めて開催するもので、初回の13年には113人、14年には125人が参加した。参加者は、会長や社長などの経営陣と意見交換しアドバイスをもらうとともに、女性がさらに活躍するための提言を参加者同士で議論し、経営幹部に提案した。その中で、女性同士のネットワーキングも促進されており、荒木氏はそこで知り合った女性たちと定期的に交流しているという。
「女性リーダーミーティングについて、最初は忙しいときになぜ女性だけが? と思っていたむきもあったようですが、部署を越えていろいろな女性たちと知り合えたことは大変よかった。私の実態を知っている社内の女性たちにとってたぶん『理事』が身近になったのでは。『あの人でもなれるなら私も』(笑)とチャレンジしてくれたのなら本意です。後に続く女性たちの背中を押す役目もあるのだろうと思います」
女性の昇進意欲を高めるのに、身近なロールモデルの存在は欠かせない。先輩女性を通じたキャリアの見通し獲得も重要である。リーダーミーティングという場は、その機能も果たしているようだ。本部長だった荒木氏が理事になっただけでなく、過去に参加した部長から本部長に昇進したケースが複数生まれている。
女性役員はブームではなくムーブメントに
「女性役員登用はブームではなくムーブメントです。大きな波が来ていると思います」と語るのは、松永真理氏。NTTドコモでiモードを成功させた後、バンダイ取締役に就任、現在はテルモ、ロート製薬などの取締役を務める。松永氏が02年にバンダイの社外取締役になったときには商法改正があった。今回も背景にコーポレート・ガバナンス改革があり、それにより社外取締役に女性が就任する機会が増えると松永氏はみる。
「日本は生え抜きの女性役員が誕生するにはもう少し時間がかかるが、社外取締役の女性がひとりいれば、組織に風穴があく。外から風が入り、中で変化の波が起こる。昇進は男性のものという固定観念が崩れ、男性の意識が変わる。女性を育成しようという意識が醸成されやすくなる。一方、女性には役員というポストを身近に感じられるようになる。女性たちをエンカレッジメントできる。それがひいてはプロパーの女性役員誕生につながります」(松永氏)
ダークスーツの男性の中にひとり女性がいるだけでも、風景が変わる。組織に影響が及んでいく。松永氏は、女性登用が企業に与えるインパクトに期待する。
「お手並み拝見」ではダメ。仕組みで支援を
日本経済新聞が上場企業に行った女性役員に関する調査によると、「5年以内に女性役員が誕生するか?」という問いに対し、過半数が「イエス」と回答している。今後女性役員が増えるのは間違いないと思われるが、女性役員登用を成功に結びつけるには何が必要だろうか。複数の企業で部門長を、あおぞら銀行、資生堂では役員を経験したSAPジャパン常務執行役員人事本部長のアキレス美知子氏は、「企業側のサポート体制」を指摘する。
「役員昇格は女性にとっては大きなチャンス。しかし、企業側が女性役員のお手並み拝見という態度ではダメなんですね。結果として女性役員が実績を残せないと、だから女性は……となりがちで、今度は女性登用が後退することにもなりかねません。女性役員登用が単なる数合わせではなく、本当に成功してもらいたいと思ったら組織が支援することです。部長レベルまではサポートするけど役員になったから不要、ではないんですね。女性役員一人では孤立する危険があります」(アキレス氏)
組織の紅一点の女性が、全女性を代表する「トークン(象徴)」となり、トークンゆえのプレッシャーやストレスに悩まされることになりがちだ。それを避けて女性役員を一気に4人登用した、09年の大和証券グループ本社の例もある。
「社内外のネットワークや情報獲得では男女で格差があることが多い。その場合は、メンターやスポンサーをつける、社内外に発信する機会を与える、全社横断的なプロジェクトのオーナーに任命するなど、仕組みでカバーすることが重要です」(アキレス氏)
日本では2020年までに指導的地位に占める女性の割合を30%にするという政府目標がある(これを略して「2030」という)。指導的地位とは民間企業では管理職を指すが、日本はまだ課長相当職で女性比率は8%台であり、女性役員比率にいたっては1%台である。一方、欧州では、2020年までに役員の女性比率を30~40%にしようという動きがある。同じ「2030」でも日本とはレベルが違うのだ。
ドイツの連邦議会(下院)では、この3月に、大企業約100社の監査役会に占める女性役員の割合を30%以上にすることを義務付ける法案が可決した。そういう動きと比較すると日本は何十年も遅れていると言わざるを得ない。「全上場企業で女性役員1人登用」程度や「女性役員のお手並み拝見」モードではとても追いつけない。その動きを加速させるような仕組みや制度が必要であろう。
日経BPヒット総合研究所長・執行役員。日経BP生活情報グループ統括補佐。筑波大学卒業後、1984年日経BP社入社。1988年日経ウーマン創刊メンバーとなる。2006年日経ウーマン編集長、2012年同発行人。2014年より現職。同年、法政大学大学院経営学研究科修士課程修了。筑波大学非常勤講師(キャリアデザイン論・ジャーナリズム論)。内閣府調査研究企画委員、林野庁有識者委員、経団連21世紀政策研究所研究委員などを歴任。経産省「ダイバーシティ経営企業100選」サポーター。所属学会:日本労務学会、日本キャリアデザイン学会他。2児の母。編著書に『なぜ、あの会社は女性管理職が順調に増えているのか』『なぜ、女性が活躍する組織は強いのか?』(ともに日経BP社)、『企業力を高める~女性の活躍推進と働き方改革』(共著、経団連出版)、『就活生の親が今、知っておくべきこと』(日経新聞出版社)などがある。
詳細はこちら→ http://ac.nikkeibp.co.jp/wom/0522wet2015s/
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