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立川談笑、らくご「虎の穴」

見習いの見習いは落語家のインターンシップだ 立川談笑

2015/4/9

 就職、進学の春です。職場や学校、みなさまの周りにもフレッシュな新人さんが仲間に加わったことでしょう。今回は落語家の弟子の育て方についてお話をします。珍しい業種ではありますが、何かのヒントになれば幸いです。
高座に上がる落語家の立川談笑さん

 まず、東京の落語界には階級が3つありまして。という説明から。

 「前座」は修行中、落語家未満です。「二つ目」は落語家で、一応一人前。「真打ち」は師匠と呼ばれ、弟子を取ることができます。

 私は真打ちで、二つ目の吉笑(きっしょう)と笑二(しょうじ)。前座の笑笑(わらわら)と3人の弟子がいます。

 落語界は閉鎖的ギルド(職能集団)です。徒弟制度の下、師匠に弟子入りをして修行を経た者でなければ「プロの落語家」として認められません。

 私自身、二十数年前師匠談志に弟子入りをしたから落語家になれました。そして真打ちになった今は、私が弟子を引き受ける立場でもあるのです。

 

 弟子入り志願に際して、普通は所属事務所に電話やメールで挨拶をして履歴書(!)を送るなりした上で面接を受けます。私が書類や面談で審査するのは、彼が一般常識を備えているかどうかです。単に自分の弟子というだけでなく、今後の落語界を構成する一員になる(かもしれない)という目線で見ています。

 その後弟子入りをして「前座見習い」となるのが通例ですが、私の場合さらに「見習い」期間を設けています。見習いの見習い。弟子入り未満の一般人、私の客分として楽屋に入れるのです。働くこともなくただ立っているのはつらいことですが、重要だと思っています。お客さんの立場では見ることがない楽屋の様子を、見学者として体感するインターンシップです。

 特に注意させているのは、あちこちの楽屋で出会う様々な芸人さんたちや関係者が見せる行動や言動です。例えば前座さんから「おはようございます!」と挨拶された時、どんな表情でどんな言葉で応えるのか。笑顔で「おはよう!」と返す人、不機嫌そうに目も合わせず無言の人、いろいろです。ふるまい、言葉遣い。身なりから彼らの平素の心情や暮らし向きなどを想像して、この場に身を置きたいのかじっくり考えてごらんなさい、と。

 「見習いの見習い」をひと月ほど経た後、本人の意思を確認して弟子入りを認めます。

 

 どんな職種でも同様でしょうが、新入りはまずは会社あるいは業界にふさわしいように自分を適合させるべく努力します。業界でのしきたりや現場でのルール、心構えなどをその身に沁み込ませる一連の作業です。私はそこで、「必ずしも業界に浸りきってしまうな」とブレーキをかけています。新入生は、良い慣習も悪弊も区別がつかぬままに飲み込んでしまうのです。少なくとも、自分自身が抵抗を感じたり疑問に思った点については日記なりの記録に残しておくべきだと指導しています。

 結果、書き連ねられた初々しくも悩みに溢れたメモの多くは未熟者ゆえの至らない反省ばかりでしょう。しかしそのノイズの中に、業界がはらんでいる問題点が紛れているかもしれません。業界に浸りきった後では見えなくなってしまう、初心者ならではの視点をそのメモに残すことができると考えています。

 

 一例を挙げます。先人に敬意を払ったり先輩を立てるのはどの業界でも共通だと思います。ことに落語は伝統芸能で職能集団でもあるため、他業種よりもその色彩は濃いといえます。ところがこれがどうかすると「あの名人が演っていたやり方が絶対に正しい。変えてはいけない」「先輩後輩の序列が何よりも優先だ」という、堅苦しい硬直的な体質となり、落語は過去の芸能として埋もれてしまう危険があるのです。

 落語にはもうひとつの側面があります。落語は伝統芸能であると同時に大衆芸能でもあるのです。時代と共に移り行く現代の人々の心に寄り添う必要がある。「時代に合わせて柔軟に対応する」「肩書きより実力が優先する」。柔軟な自由競争の発想です。とはいえ、こちらばかりが強調されるとルール無用の身勝手な暴走が横行して業界の枠組みが破たんしかねません。

 どこかの会社にありそうな対立の図式ではありますが、ここはやはりバランスが重要です。この相反するギャップを意識しないままに新入りが吸収すると、自身の中に矛盾を抱えてしまいます。私の弟子たちはまだまだ若いので、今のうちはやりたいようにやっていればいい。キャリアを重ねるうちに、いつかしっかり意識する必要を感じるでしょうし、その時にきっとメモが活用できるはずです。

 

 また私は弟子に入門直後からブログを書くように命じています。落語業界のルールに照らして言うと、前座は修行中の身、あくまで落語家未満です。半人前は他人さまに向かって物申すなんてとんでもない! ブログなんてもっての外なのです。それでも書かせているのには理由があります。

 

 まずは立場をわきまえて発言する訓練です。前座という本来ブログを許されていない立場で、制約の中でどう工夫をして自分を表現するか。そもそも、素性を隠して言いたい放題ならいざしらず、誰もが最低限の社会常識など何らかの制約の中で発言をしています。我々落語家は世間一般以上にその場に合わせた発言をしなくてはならない職業です。企業相手、結婚式、メディアなどその時々によって制約も様々です。そこで制約を気にするあまり単に当たり障りのない発言しかできないのか、それとも制約を上手にかいくぐって楽しくて心に響く話ができるのか。その訓練の第一歩ということです。

 また、師匠と弟子とはいえいつも一緒にいるわけではありません。ブログを通じて言葉遣いや行動、考え方などを見て、必要を感じれば師匠として指導することができます。

 

 最後に、弟子育成に関して深刻な話をします。残酷なようですが、私は弟子をクビにします。落語家に向いていないから、ではありません。一人前の落語家としてそこそこやっていくのは、実はハードルの低いことなのです。

 しかし、「そこそこ」ではなくて「しっかり」やる落語家になるには努力のほかに才能が不可欠です。そこそこの活躍に満足できず日々不全感を抱える落語家は、私の下で生みたくありません。見習いの見習いとしてインターンシップ見学を課している背景には、こんな意味もあります。

 本人の才能を早いうちに見極めて、「きっと他に活躍できる道があるはずだから、落語家以外の職業を探しなさい」と勧めて、これまで数人の若者に私の下での修業を諦めさせました。

 

 若者がやってきて「落語が大好きで落語家になりたいんです!」。業界としてはありがたい人材です。これをどう育てるかは引き受け手である師匠の責任であり、手元で育てずに別な環境に導くこともまた人生の先輩としての責任なのだと考えています。

(次回は4月22日更新予定)

 立川談笑(たてかわ・だんしょう) 1965年、東京都江東区で生まれる。海城高校から早稲田大学法学部へ。高校時代は柔道で体を鍛え、大学時代は六法全書で知識を蓄える。予備校講師など様々なアルバイトを経験し、93年に立川談志に入門。立川談生を名乗る。テレビの情報番組でリポーターを務めながら芸を磨く。96年に二つ目昇進、2003年に談笑に改名。05年に真打ち昇進。古典落語をもとにブラックジョークを交えた改作に定評がある。十八番は「居酒屋」を改作した「イラサリマケー」など。
<今後の予定>都内での独演会4月21日、5月13日、6月13日、7月14日、吉笑(二つ目)、笑二(同)、笑笑(前座)の弟子3人とともに武蔵野公会堂(東京都武蔵野市)で開く一門会4月24日、5月29日の予定。
立川談笑HP http://www.danshou.jp/ 

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