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「小説が科学を抜きつつある」 人類・文明の本質描く 第2回「星新一賞」グランプリに2作品

2015/3/26

 「私も書いてみます」。3月14日に東京の国立新美術館で開いた第2回日経「星新一賞」の授賞式の後、審査員の石黒浩・大阪大学教授は居並ぶ受賞者らの前で宣言した。

 

第2回日経「星新一賞」を受賞した方

 石黒教授いわく、「小説が科学に追いついてきた。抜きつつあるかもしれない。小説家が科学を学ぶより、科学者が小説家になった方が有利な気がしてきた」。

一般部門グランプリに輝いた「次の満月の夜には」の著者、相川啓太氏

 教授は人間そっくりのアンドロイドの開発で知られる。ロボット研究の最先端を走る科学者にそう言わしめるほど、今年の「星新一賞」の候補作には科学・技術的リアリティーを備えた作品が多かった。

 一般部門グランプリに選ばれた「次の満月の夜には」は、サンゴのゲノム解読や二酸化炭素(CO2)排出権取引など現在進行形の話題を道具立てに活用して「科学の暴走」を描いた。科学的にありうるストーリーで、技術的な裏付けがしっかり書き込まれていた点が高い評価を集めた。

 人類絶滅の危機を予感させる終末モノのSFともいえるが、その終末のイメージが美しく、同時に実に愚かしく感じられる点も審査員の支持を集めた要因だろう。

 著者の相川啓太氏は第1回の準グランプリ受賞者であり、第1回の応募作品でも3D(3次元)プリンターという話題の技術をコミカルに扱った作品で審査員をうならせていた実力派といえる。

「次の満月の夜には」(著者・相川啓太氏)のあらすじ
サンゴゲノムの解読を行う研究者が、サンゴの力を利用した二酸化炭素排出権取引のビジネスを共同研究しないかと持ちかけられる。事業は大成功し研究者は大金を手にするが、それから十数年後、自然環境中に流出した変異体サンゴが想定外の大増殖を起こし始める。

 

 ジュニア部門の「回路」は幸福の意味を問う作品といえる。審査員の生命科学者、冨田勝・慶応義塾大学教授は「幸福とは、つまるところは脳内の化学反応にすぎないという科学的な本質に迫る作品だ」と評した。ウイルス感染で遺伝子発現を細工し脳内回路を調整する手法も理論的にありうる。

ジュニア部門グランプリを受賞した「回路」の著者、利根悠司氏

 多くの人が信じて疑わない事柄を、冷徹な科学的事実で覆し、世俗的な価値観を揺さぶるシニカルな語り口は、SFの正統的な手法であり、星新一の作風を受け継いでいるともいえる。SFは科学文明の未来を語るが、礼賛ではなく、文明の根本的な批判者として描くことが多い。そんなSFの神髄をとらえた著者、利根悠司氏は中学生だ。

「回路」(著者・利根悠司氏)のあらすじ
今から100年後の世界。科学の進歩で周囲の環境はずいぶん豊かになってはいたが、人々の心からはいまだ負の感情が消えることなく残っていた。デ・マール博士は、その負の感情を科学の力で消そうと考え、新型のウイルスを発明する。

 

 ジュニア部門は審査員の意見が分かれて、作品を絞りきれず、グランプリ、準グランプリのほかに、5作品を優秀賞とした。

 審査員は6人。科学者が2人、SF作家、宇宙飛行士、技術系の企業役員、新聞記者がそれぞれ1人。数多い文学賞のなかでも異彩を放つ審査員構成で、星新一賞のユニークさを象徴している。

 審査員が偶数名であるため、投票を繰り返しても容易に決着がつかない場面が何度もあった。科学的な理屈に合わない設定に対し科学者の審査員は「ドラえもん的」と呼んで辛い点をつける傾向がある。「タケコプター」のように物理的制約を無視した道具は受け入れがたいと主張する。

 一方、SF作家の谷甲州氏やIHI執行役員の水本伸子氏は、非科学的な設定であってもそれを前提として細部が書き込まれリアリティーを感じさせることができれば、エンターテインメントとして優れているとみる。なかなか根深い対立があった。

 結局、多くの場面で議論の調整役になったのは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙飛行士、古川聡氏だ。チームワークを何より大切にする宇宙飛行士の人間力があって、8時間に及んだ審査を無事乗り切れたともいえる。

 今年、2015年はSFファンにとって気になる年である。1985年に第1作が公開され人気を博した映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズの第2作は、2015年を舞台にしている。

 マイケル・J・フォックスが演じる主人公がタイムトラベルで30年後の未来に行く物語で、立体的に飛び出して見える屋外広告や浮遊するスケートボードといった「未来技術」が登場していた。

 また、今もなお根強い支持があるテレビアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」で、「使徒」と呼ばれるナゾの生命体が次々と襲来するのが2015年だ。テレビ東京系列で、このアニメの放送が始まったのが1995年だから、20年後の未来を想定していたわけだ。

 地球規模の大異変「セカンドインパクト」は起きなかったが、米国の同時テロを一つの契機に世界情勢は混迷の度合いを増し、日本は東日本大震災と原子力発電所事故を経験した。現実の2015年がどのような1年になるのかはわからないが、ほぼ確実に言えるのは、文学賞に(おそらく世界で初めて?)人工知能が応募する年になることだ。

 公立はこだて未来大学の松原仁教授は「星新一賞」の協力者のひとりであり、ショートショートを書ける人工知能の開発に取り組んでいる。賞の発足前から人工知能による応募を目指してきたが、満を持して第3回に応募するという。

 第2回の応募作品は一般部門が1187作品、ジュニア部門が767作品に及び、3次審査を通過したそれぞれ21作品、19作品から最終審査で優秀作品を選んだ。激戦のなかで、果たして人工知能は最終選考まで残れるだろうか。

 人工知能は一般なのかジュニアなのか、判断が困難なため「人工知能部門」の新設も検討課題だ。その場合、応募が一作だけになるのも困った事態だ。人工知能になりすまして人間が応募する恐れもあり、作品だけから人とコンピューターを見分けることができるか、審査員の眼力も問われるだろう。

 賞を運営する事務局はいま、頭を悩ませている。

(編集委員 滝順一)

日経「星新一賞」とは
星新一氏が残した創造性にあふれる作品は、現実の世界で科学に取り組む人たち、未来を創ろうとしている人たちを刺激してきました。日経「星新一賞」は形式やジャンルにとらわれない理系的な発想力・想像力を問う新たな文学賞として2013年に新設。第2回の最終審査員は谷甲州(SF作家)、石黒浩(大阪大教授)、古川聡(宇宙飛行士)、冨田勝(慶応義塾大教授)、水本伸子(IHI執行役員)、滝順一(日本経済新聞社編集委員)の6氏で、一般部門グランプリの賞金は100万円。受賞作は日経グループの電子書籍販売サイト「日経ストア」で無料ダウンロードできます。「星新一賞」の公式サイトはこちら。

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