全国書店員が選ぶ、最新ベストマンガ2015

書店員によるマンガランキング「全国書店員が選んだおすすめコミック」が発表された。10年目の今回は、2360人もの目利きが参加。気になる上位5作品は以下の通りとなった。

上位は、深いつながりや絆を描こうとする作品が目立つ。少女と人ならざる者が心を通わせる1位『魔法使いの嫁』がその典型。2位『僕のヒーローアカデミア』は多くの人が「個性」という能力を持って生まれる世界でのヒーローアクションだが、ヒーローの個性が掛け合わさり、1×1が10にも20の力にもなるところが真骨頂である。5位『orange』は"高校生やり直し"ストーリーで、恋愛よりも友情を優先する内容だ。どれも男女間の恋愛にとどまらない関係性を描く内容ゆえに、読者層の広がりが期待できそう。

現実的でありのままの主人公たちも今回の特徴だ。常識なき若者世代を描いた3位『ニーチェ先生』や、4位『田中くんはいつもけだるげ』に登場するやる気のない高校生がその典型。世相すら見えてくる、旬を先取りしたマンガが楽しめる。それでは上位3作品について、じっくり見ていこう。

『このマンガがすごい！ 2015』オトコ編では惜しくも2位に終わった『魔法使いの嫁（まほよめ）』が、書店員の熱い支持を集めて堂々の1位を獲得した。

魔法使いと少女が紡ぐ、魔法ファンタジー。魔法使い×人、吸血鬼×人など、人外（じんがい）×人間の交流は古今東西の物語史上、数多く描かれてきた。本作もそのカテゴリーに分類されるものの、魔法使いの見た目の異形具合にまず衝撃を受ける。頭は馬か鹿のようなガイコツで、2つの鋭い角を持つ魔法使い・エリアス。そんな見た目の恐ろしい骨頭（ほねあたま）が、能力を秘めた少女・チセを競売で買ったところから幕は開ける。

チセは、弟子として、花嫁として暮らしを共にすることに。両親に捨てられ、身寄りも落ち着ける場所もなかったチセだが、エリアスの包み込むようなやさしさに触れ、心を開いていく。

血のつながりはもちろん、種族さえも違う2人が師弟として、時には恋人同士や親子のように心を通い合わせていく様は温かく、美しくさえある。エリアスの「僕は君を僕のお嫁さんにするつもりでもあるんだ」「僕らの家に帰ろうか、チセ」などの優しいセリフ、お姫様だっこ、頭ポンポンといった紳士然とした言動もグッとくる。読み進めるほどに、エリアスの怖いはずの外見に愛着を覚えてくるから不思議なものだ。

緻密な作画によって作り込まれた世界観も、大きな魅力。舞台となるのは現代イングランドの片田舎で、エリアスは精霊や悪魔の力を借りて奇跡を起こす魔法使いの1人。おしゃべり好きの妖精・空気の精（エアリエル）、魔法使いの右腕となる使い魔（ファミリア）、アイスランドに巣を持つ竜（ドラゴン）など、人ではないこの世界の住人たちが次々と登場する。さらには、9つの命を持つ猫が治める村、妖精の国といった幻想的な場所も。海外の良質な童話や神話を読んでいるような味わいだ。

明かされていない謎もストーリーをけん引している。チセの秘めた魔法の威力は断片的には描かれるものの、「夜の愛し仔スレイ・ペガ」としての彼女の能力の全容への疑問は尽きない。人間嫌いのエリアスがチセを選んだ理由、チセの悲しい過去…それらの要素が2人の関係にどう作用していくのか気になるところだ。

作者のヤマザキコレは、古書店を舞台に年の差カップルの恋愛を描いた『ふたりの恋愛書架』で2013年にデビューした新人。本作は、創作同人誌の即売会で編集担当の目に留まったことが始まりという。あとがきで「昔から海外の児童文学が好き。人間でないものと人間の触れ合いは大好き。『まほよめ』は夢の形」と語っているように、作者の"好き"を端々で感じる。おとぎ話が好きな人には、たまらない1冊だ。

・人間以外×少女、という組み合わせにときめく人は買って損なし。そうじゃない人は、読んで目覚めてください（須原屋 蕨店・鎌田裕美さん）

・チセちゃんの絶望的な生い立ちや運命を、おとぎ話のような世界が明るく優しく導いてくれる。ほっこりした気持ちになれます（宮脇書店 野木店・玉野佑季さん）

・異色の設定ながら中身は王道ファンタジー。緻密に描かれる世界観と距離を縮めていく2人に引き込まれ、たまらなくいとしくなる（文学館 六甲アイランド店・黒川博美さん）

1巻の発売は2014年11月と今ランキングの集計期間内ギリギリだったにもかかわらず、2位に堂々ランクイン。

多くの人が「個性」という超常能力を持ち、ヒーローたちが闘い続けてきた社会。そこに「無個性」で生まれた主人公の少年。正義感は人一倍強く、行動力も情熱もあるものの、力なしにヒーローになれるほど現実は甘くない。だが、ある事件で彼のヒーロー精神が認められ、能力を譲渡される。まだ力を制御できない軟弱な少年が、個性を悪用するヴィラン（敵）と戦うため、ヒーロー養成校に進学し、仲間たちと成長していく。

とにかく、主人公がいい。天性の才能はなく、個性格差社会の末端にいる地味な存在。だが情熱だけはある。そして、どこまでも努力を重ねる。こんなにも汗まみれでひたむきな主人公は久しぶり。一方で、根性論だけで押し通さず、後天的に個性の芽を与える設定は、納得感がある。

少年に力を授けた、おっさんヒーロー「オールマイト」も魅力的だ。前髪を角のように2本立てた金髪に筋骨隆々、1人だけアメコミ調の画風で、決めゼリフ「もう大丈夫だ！ 私が来た！」と共に登場する。戦いでの後遺症から、ヒーロー活動の限界は1日3時間で、個性が解除されるとガリガリにやせた別人になる設定も「やせ我慢して格好つけるプロ」として、特に大人の読者は共感することだろう。

オールマイトのみならず、多彩なヒーローにも心躍る。個性を消せる抹消ヒーロー「イレイザー・ヘッド」や治癒力を活性化できる「リカバリーガール」など、巧みにデザインされたキャラたちは華やか。

面白いのは、少年が高校で出会う、ヒーローの卵たちの個性と個性の掛け合わせ。「汗で爆破できる」「触れたものを無重力にできる」と各人が持つ個性は、攻撃向き・守備向きと様々。1人では役立ちそうにないものも多いのだが、組み合わさったときの力は無限大。伸びしろだらけの生徒たちがどんな超能力バトルを繰り広げるのか、ワクワクが止まらない。

作者の堀越耕平は、2007年に『赤マルジャンプ』でデビュー。『逢魔ヶ刻動物園』、『戦星のバルジ』で『週刊少年ジャンプ』連載を経ての本作だ。繊細で躍動感ある画力や魅力的なキャラクターを高く評価されながらも、前2作は5巻未満で終わった。だが、三度目の正直か。『ジャンプ』の看板となり得る勢いとパワーを感じる。

・『NARUTO』完結後の『ジャンプ』を引っ張る超面白い作品です。"平和の象徴"として活躍するナンバー1ヒーロー・オールマイ トのかっこよさをぜひぜひ読んで知ってほしい（岡本書店 恵庭店・内藤慎さん）

・誰もが個性という超能力を持つ世界で、無個性で夢に向かって地道に努力し、困難に立ち向かっていく主人公。そのまっすぐな姿に勇気をもらえます（ふたば書房 大久保店・小林真由美さん）

小顔で長身のスリム体形に、すべてを見透かしたようなクールな瞳――。深夜のコンビニバイトに入った新人は、「さとり世代」の大学生で、無駄な努力はしない。達観した言動で周囲を見事に黙らせる。「お客様は神様だろうが！」と怒る客を、「神は死んだ」と哲学者・ニーチェの名言で撃退し、「このお店は何時までですか？」とたずねたおばあちゃんには、「0時開店で24時閉店です」と神がかり的な機転を発揮する。

そんな姿勢は、仕事仲間にもブレない。「わからないことがあれば遠慮なく聞いてね」と声をかけてくれた先輩には、「何故生きているのですか？」と神妙に問いかけ、はたまたクリスマスの夜に接客する寂しさを嘆く先輩には、「クリスマスに限らず年中無休で孤独じゃないですか」とナイフで一突き。タブーのない「ニーチェ先生」には、客も上司も常識も関係ない。社会の理不尽やままならなさを、想像のななめ上をいくやり方でぶった斬る。

そんな新人の暴挙に、胸の内でツッコミを入れてくれるのは、バイトの先輩で常識人・松駒くんだ。松駒くんは新人の大物ぶりに冷や汗を流しつつも、そのツッコミは的確。2人の不思議なやりとりは、完成度の高い漫才を見ているような気持ち良さがある。

自分好みで商品を発注するオーナー、宝くじを当てて億万長者を夢見るベテランバイトなど、準レギュラーとして登場するキャラたちも個性的で楽しい。

本作はもともと、ツイッターでのつぶやきがはじまり。実際にコンビニでアルバイトをしていた原作者の松駒が、ニーチェ先生のモデルとなる新人の言動、それに対する自身のツッコミを交えて"業務日誌"のように投稿。人気のアカウントとなっていた。

駄菓子をブラックカードで買う謎の大富豪、子どもへのクリスマスプレゼントを取りに走るお父さんといった、コンビニを訪れる客たち、客と店員との人間模様もリアル。こんなコンビニ、あったら行きたい。

・深夜のコンビニで「ニーチェ先生」が、どんな面倒なお客様にも神対応をしています（笑）。超大型新人の登場に目が離せません（いまじん 中川戸田店・光井麻衣さん）

・浮世離れした新人バイトくん、ありえない！ だからこそ大爆笑。こんなコンビニが実際にあったら…どうしよう（ブックエース 小名浜店・永山恭子さん）

（ライター　平山ゆりの）

［日経エンタテインメント！ 2015年3月号の記事を基に再構成］