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「笑うと健康になる」を遺伝子レベルで検証する 体と心に効果あり

2015/2/16

日経Gooday(グッデイ) カラダにいいこと、毎日プラス

 「笑う門には福来る」と言うが、これは健康についても同様に言えることだろうか。笑うと気分がすっきりするから、心の健康には確かによさそうだが、体の健康となるとどうだろう。笑うと病気にかかりにくいとか、病気が治る、なんてこともあるのだろうか。

 「笑いの健康効果については、いろいろな研究で確かめられています。そもそもの始まりは、1976年に米国のジャーナリストのノーマン・カズンズが書いた闘病記。彼は笑うことで自らの難病を克服したと発表しました。これを皮切りに医学的な研究が始まり、笑いによって免疫力が上がる、痛みやストレスを感じにくくなるといった研究報告が相次ぐようになりました」。こう説明してくれたのは、東京家政大学家政学部栄養学科准教授の大西淳之氏だ。大西氏は、筑波大学名誉教授の村上和雄氏らと共同で、遺伝子レベルで笑いの健康効果を研究している。

■笑いは健康に良い遺伝子のスイッチをオンにする

 こんな興味深い研究がある。“笑いの総合商社”吉本興業の協力の下で行った実験だ。

 参加したのは中高年の糖尿病患者19人。500kcalの食事を摂った後、1日目は糖尿病についての単調な講義を受け、2日目には吉本興業の芸人による漫才を鑑賞して大笑いした。そして、いずれの日も食事から2時間後に採血をして、血糖値がどのくらい上がったかを調べた。その結果は―。講義を聞いた日の食後血糖値は平均で123mg/dL上がったのに対し、漫才を鑑賞した日は77mg/dLの上昇だった。つまり、漫才で爆笑した日は講義を聞いた日に比べ、食後血糖値の上昇が46mg/dLも抑えられていたのだ。

“笑い”は糖尿病患者の食後血糖値の上昇を抑制した

2型糖尿病患者19人が対象。退屈な講義を聞いた場合と漫才で大笑いした場合(いずれも40分間)で、食後2時間の血糖値を比較した。結果は、大笑いした時の方が46mg/dLも血糖値の上昇幅が少なかった。(出典:Diabetes Care.2003;26:1651-1652. Personalized Medicine Universe.2012;1: 2-6)

 また、がん細胞などを殺す「NK(ナチュラルキラー)細胞」を調べたところ、大笑いした後は、もともとNK細胞の働きが低い人は高くなり、高すぎた人は低くなって、適正な状態に落ち着いていた。

 さらに、血液中の白血球を遺伝子レベルで調べてみるとどうだったか。「笑った後には、感染予防やNK細胞の活性化などに関わる遺伝子群の発現が高まり、一方で、糖尿病や抑うつ、炎症反応に関わる遺伝子群の発現は低下するという傾向が認められました。つまり、健康にとって良い遺伝子のスイッチがオンになり、逆に健康を損なうような遺伝子はオフになっていたのです」と大西氏。このような遺伝子レベルでの変化が起こった結果、食後血糖値の上昇が抑えられたり、免疫力が高まったりしたと考えられるわけだ。

 「そもそも糖尿病の患者さんは、不安や恐怖、悲しみ、痛みなどのストレスがあると、血糖値が上がりやすくなることが分かっています。ところが、笑うと、それとは逆の現象が起こる。笑いは、喜びや楽しみ、心地よさ、満足感といった“快”の感情が表に現れ出たもの。そういった前向きな心の状態が身体によい影響を及ぼすのです。まさに『病は気から』ですね」(大西氏)

■笑うことでストレスに強くなる

 笑いが体の健康に役立つことは分かったが、心の健康についてはどうか。大西氏らは、ラットに毎日笑いの刺激を与える「笑うラット」の実験で、継続的な笑いの効果を調べてみた(Neuroscience Letter.(2013); 536:85-89)。「えっ、ラットが笑うの!?」とまずは驚かされるが、実験はこんな風に行われたという。

 生まれて間もないラットを母親や兄弟から引き離して1匹だけで飼育すると、ラットはストレスに対して非常に敏感になる。その“孤独ラット”を2つのグループに分け、一方はそのまま飼育し、もう一方には毎日5分間、お腹をこちょこちょする「くすぐり刺激(Tickling)」を2週間与える。

 ラットはくすぐられると、ある周波数の鳴き声を発する。これは兄弟たちとじゃれ合って遊んでいるときに発する鳴き声と同じなのだという。つまり、その声は楽しさやうれしさといった“快”の感情を表す「笑い声」であり、それを発するとき、ラットは「笑っている」とみなされる。

 2週間後、ラットには気の毒だが、恐怖心を植え付けるための実験を行う。ある音が鳴ると、床に電気が走って「痛い!」と感じるのだ。するとラットは音が鳴っただけで、恐怖を覚え、すくんでしまうようになる。ところが、くすぐり刺激を継続的に与えられたラットは、そうでないラットに比べ、音が鳴っても恐怖ですくむ回数が明らかに少なかったというのだ。

 「毎日継続的に笑っていたことで、恐怖の記憶が薄らぎ、ストレス反応が緩和されたと考えられます。私たち人間もこのラットのように、笑いにつながる“快“の感情を日々重ねていくことで、ストレスをうまく乗り切ったり、心の傷を癒やしたりすることができるようになるかもしれない。日ごろからよく笑うことで、そんな効果を期待できるかもしれません」(大西氏)

■“作り笑顔“にも効果がある

 笑いは体と心に効く。家族や友人同士で冗談を言い合って笑うもよし、漫才や落語で爆笑するもよし、飲み会やカラオケで大笑いするもよし。楽しい“快”の感情が増えれば、緊張もほぐれ、人間関係も潤う。ただ、そうは言ってもなかなか笑えないという日もあるだろう。そんな時にぜひ試してほしいのが、“作り笑顔”だ。

 「笑うと、口角を上げる大頬骨筋(だいきょうこつきん)や目の周りの眼輪筋(がんりんきん)などの表情筋が動いて、笑顔ができる。別に楽しいことがなくても、この表情を作るだけで脳は笑っていると錯覚し、気分がほぐれてきます。箸を歯で横にくわえて、“作り笑顔”をするだけでも、脳のドーパミン系の神経活動が活発になって、快の感情が引き起こされたという報告もあります」(PLOS ONE (2009) Jun 1;4(6):e5754)。大西氏はそう言って、積極的な笑顔作りを勧める。

 『幸福論』を書いたフランスの哲学者・アランは、こんな言葉を残した。「幸福だから笑うのではない、笑うから幸福なのだ」。これは医学的にも正しい。人生、笑ったもの勝ちである。

(佐田節子=ライター)

Profile 大西淳之(おおにし じゅんじ)
東京家政大学家政学部栄養学科准教授
1964年生まれ。筑波大学大学院博士課程生物工学学際カリキュラム修了。博士(学術)。専門は生化学、精神栄養学。米国National Institutes of Health留学、北海道大学大学院理学研究科助教、東京医科歯科大学難治疾患研究所准教授、財団法人 国際科学振興財団主任研究員を経て、2010年より現職。筑波大学名誉教授の村上和雄氏が主宰する「心と遺伝子研究会」のメンバーでもある。笑いや瞑想(めいそう)、そして食がもたらす心と身体の相互作用について研究中。

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